倒れても、立ち上がり、走れ ⑥




 ――頭の上に、ひんやりとした感触がある。

 体中がだるくて、重い。

 そして、何だか首とか背中の辺りがめちゃくちゃ痛い……。


 その痛みに引っぱられるように、僕の意識は少しずつ浮き上がっていった。


 重たいまぶたを苦労して持ち上げる。

 目を開けて、まず真っ先に飛び込んできたのは――。


「叔父さん!」


 莉子りこちゃんの顔だった。

 大きな目を潤ませて僕の顔をのぞき込んでくる莉子ちゃんの横に、目を丸くして僕を見つめてくる陽太ようたくんがいる。

 そして、その隣には、マキさんとタケさんもそろっていた。


 仰向けのまま見回してみると、ここはどうやら三の丸庁舎の控え室だ。

 わざとらしく溜息をついてタケさんが言う。


「熱中症だってよ。

一瞬、ほんとに死んだかと思ってこっちの寿命が縮んだわ。

体冷やして安静にしとけばいいってさ」


 額に手をやると、冷たく濡れたタオルが押し当ててあった。

 なるほど、ステージで暴れたあげくに熱中症で倒れて、ここにこうして寝かされていたというわけだ。

 しかし、寝かされているのは、パイプ椅子をつなげて並べた即席ベッドというのはあんまりじゃなかろうか。

 ……寝心地悪すぎて背中痛い。


 ささやかな苦情は胸の中にしまって、僕はタケさんに尋ねる。


「えーっと、今どういう状況ですか? ショーはもう終わりました?」

「ショーは終わって、今は撮影会中。

他のスタッフはみんなそっち行ってるよ。

俺たちはお前の看病ってことで」

「それは……どうもお手数おかけしまして」

「本当よまったく!」


 突然の大声に、僕はぎょっとして思わず身を起こした。

 見ると、マキさんが憤懣ふんまんやるかたないという様子で僕をにらみつけて言う。


「何であたしたちに何にも言ってくれなかったわけ? 

あんな格好でショーに乱入してきたりして! 

不審者かと思って警察呼んじゃうとこだったじゃない!」

「え……あ、すみません……」

「一言相談してくれたってよかったじゃない、この馬鹿もんが!」


 ぷりぷりと顔を真っ赤にしているマキさんの横で、タケさんは逆に笑いながら言った。


「いやー、タツキングの暴れっぷりかっこよかったわー。

しかし、あれね、時空鉄拳くらって生きてるとか、タツキングこそ実はヒューマロイドじゃね?」

「からかわないでくださいよ……」


 僕は力なく溜息をつく。


 ふと、さっきからずっと黙ったままでいる莉子ちゃんに視線を向けた。


「あー、莉子ちゃんにも、ごめんね? 

もしかして、心配かけちゃったよね?」

「…………」

「あの……莉子ちゃん?」

「……ずるい」

「はい?」

「叔父さんずるい! ひどい! 何で教えてくれなかったの!」

「え、何が?」


 僕が首をかしげると、莉子ちゃんはつかみかからんばかりの勢いで、


「ショーに出るって! 教えてくれてたらカメラ用意してたのに! 

動画撮っておばあちゃんにも見せてあげられたのに!」

「それはさすがにやめて」

「もーっ! いきなりすぎてびっくりしたからカメラ準備できなかったじゃん! 

もったいない! ずるい! ひどーいっ! 

もう叔父さんなんて嫌い!」

「嫌い!?」


 かわいい姪っ子の突然の嫌い宣言に、僕の心は粉々に打ち砕かれた。

 叔父さんがんばったのに。

 意気消沈する僕の肩を、陽太くんが慰めるようにたたいてくれた……。


 そんな僕らのやり取りを見て、にやにやとした笑みを浮かべてタケさんが言う。


「そんじゃ、タツキングも平気そうだし、俺たちも撮影会に行きますか。

姪っ子ちゃんたちも写真撮るでしょ?」

「はい! 初代様と写真撮りたいです!」

「よーし、じゃあ、あたしが撮影係してあげよう。

おねえさんがかわいく撮ってあげるからねー」

「だから、おばさんの間違いじゃ……」

「うっさい、おっさん!」


 にぎやかなやり取りの余韻を残して、四人はそろって控え室を出て行ってしまった。

 すっかり置いてけぼりにされてしまって、僕は閉じた控え室の扉を呆然と見つめた。

 ……いつの間にあんなに仲よくなったんだろう。

 何だか仲間はずれにされた気分だ。


 僕は机に突っ伏した。

 まだちょっと体がだるい。


 けだるい疲労感に身を任せてうとうとしながら、僕は一抹の不安を感じていた。


 やりたかったことは、やりきった。


 イバライガーに伝えたかったことは、伝えられた、と思う。


 だけど。


 今日、僕の起こした行動は、本当に何か意味のある結果を作れたのだろうか。




 次に目を開けたとき、控え室は西日が差し込んできてほんのり赤く染まっていた。

 一瞬うとうとしただけのつもりだったのが、思いの外長く眠ってしまっていたらしい。

 慌ててスマホで時間を確認する。


「げっ」


 夕方の六時をとっくに回っている。

 いくら何でも休みすぎた。もう撤収の時間じゃないか!


 僕がわたわたと椅子から立ち上がると、ほぼ同じタイミングで控え室の扉が開いた。


「ああ、起きたね。具合はもう大丈夫か?」

「ボス! すみません、寝過ごしました」


 控え室に現れたボスに、僕は焦りながら駆け寄る。

 しかし、ボスは笑って、


「いや、熱中症だったと聞いたから。

もうよくなったみたいだね」

「はい、もう大丈夫です。

今から撤収準備、手伝いますんで」

「それは大丈夫。

他のスタッフでもう片づけはあらかた終わってるから。

もうあとは、ここの荷物をまとめるくらいだ」


 やらかした。

 申しわけなさに顔が上げられなくなる。


「すみませんでした……」

「いいんだ、具合が悪かったんだから休んでいてくれて」

「いえ、それだけじゃなくて、その……」


 言いよどむ僕の言葉を、ボスは黙って待ってくれた。


「その……今日のショー、勝手なことして、台なしにしてしまったかなって……」


 それ以上、僕は言葉を続けられなかった。


 黙り込んでしまった僕を、ボスも黙って見つめていた。


 だが、しばらくして。


「君の思いは、確かに受け取った」


 ボスの言葉に、僕はようやく顔を上げた。

 ボスは静かな眼差しで、僕の顔を見据えて言う。


「九月に石岡でのイベントへの出動が決まったよ」

「えっ」


 僕の驚いた顔を見て、ボスはにやりと笑って見せた。


「君ももちろん一緒に出動してくれるだろう?」

「……はい、もちろん!」


 僕は力一杯うなずいた。


 出動が決まった。

 またイバライガーと出動できる。

 これからも、イバライガーと一緒に戦える……ヒーローができる。


「ボス、イバライガーはこれからもずっと、僕たちと一緒にいてくれますよね」


 思わず聞いてしまった僕に、ボスは笑ってうなずいてくれた。


「それがヒーロー、イバライガーだからね」

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