エピソード5「ヒーローが生まれた日」

ヒーローが生まれた日 ①




「……どういうことですか? 

ヒーローできなくなるって……」


 声を絞り出して、そう聞き返すのが精一杯だった。

 タケさんの言ったことが頭の中で意味に結びつかない。

 言葉の音だけが、耳の中で反響している感じがした。


 表情を曇らせているタケさんの横で、マキさんが慌てた様子で取りつくろうように言う。


「待ってよ、はっきりそうだと決まったわけじゃないんだから。

タケくんの勘違いなのかもしれないし」

「勘違いなら、いいんだけどな……」


 言って溜息をつくタケさんに、マキさんもそれ以上フォローできない様子で黙り込んだ。

 僕は二人の顔つきを交互に見やって、焦る。


「どういうことなんです? 

全然意味がわかんないですよ。

僕らがヒーローできなくなるなんて、そんなことあるんですか? 

何があったのか説明してくださいよ」

「……昨夜さぁ……」


 かみつくように言う僕に、タケさんは目を向けないままで重たげに口を開いた。


「基地で、ボスが電話してるのたまたま聞いちゃったんだ。

盗み聞きする気なんかなかったんだけど、すごい深刻そうな感じに聞こえたから、気になって……」

「それで?」

「全部は聞き取れなかったんだけど……何か、もうこのまま活動続けるのは難しい、とか、そんな感じのこと言ってた」

「そんな……」


 愕然として、僕はとっさに反論する。


「そんなの……わかんないじゃないですか。

たまたま聞こえただけの話でしょう。

団体のことを話してたのかどうかだって、わかんないじゃないですか。

勘違いなんじゃないですか」

「わかんないよ、確かに。

けど、マキは思ったことなかったか? 

こんな活動、いつまで続けてられるんだろうって」


 タケさんの言葉に、僕はすぐさまマキさんの方へ視線を向ける。

 即答で否定してくれるものと思ったが、マキさんはしかし、顔をうつむけて何も言わなかった。

 タケさんが、僕に向かって言う。


「前にちょっと言ったろ、俺たちはギリギリなとこで活動してるって。

その自転車操業も、いよいよ回せなくなってきてるのかもしんない」

「どういうことです……?」

「日本中にローカルヒーローやってる団体がたくさんあるけど、現実的な問題で続けられなくなって、活動休止しちゃうとこもあるわけ。

資金不足だったり人手不足だったり。

本業との両立ができなくなったり、個人的な事情もあったりで」

「僕らも、そうなるってことですか?」

「言ったろ、ギリギリなんだよ。

今までだって、基地の電気止められたりとか、現場行くのに片道切符だったりとかあったんだ。

ガソリン満タンで入れられなかったり、当日もらえるはずだった出演料が相手さんの都合で後日になったり……返しきれてない借金もあるし……」

「だからって、本当に活動やめるなんてことは――」

「わかんないんだって! 

もう何度もピンチになったときがあった。

もうダメかもって思ったこともたくさんあった。

その度に、ギリギリのところで切り抜けてやってきた。

そんな風に十年以上も活動を続けてこられたのが、もう奇跡みたいなもんだったんだよ」


 そう言って、タケさんは大きく息をつき、ぼそりと、誰に聞かせる風でもなくつぶやいた。


「ボスが弱音吐くのなんて、はじめて聞いた……」

「ちょっと……もうやめてよ」


 マキさんが、力なく下がったタケさんの肩をつかんで言う。


「やめてよ、そんな話。

そんな話聞かされてたってさ、どうしたらいいかわかんないじゃない」

「先に聞いてきたのはそっちだろ。

俺は黙ってるつもりだったのに、マキが突っかかってきたんじゃないか」

「それは……そうだけど。

けど、でも、どうしたらいいのよ。

あたし、今から基地に行って、どんな顔してボスに会えばいいのよ」


 言いながら、マキさんの顔が今にも泣き出しそうにゆがむ。

 タケさんは気まずそうな顔をしてうつむいた。


 とたんに重たい空気が漂い出す二人の間に、僕は慌てて割って入る。


「二人とも、少し落ち着きましょうよ。

今の話は全部タケさんの推測ですよ。

まだはっきり何があったと決まったわけじゃないんですから。

何かあったなら、ボスからちゃんと話してくれますよ。

どんなまずいことがあっても、僕らに何の話もないなんてことはあり得ないでしょう? 

ひとまず、このことは僕らの胸にしまっておいて、ボスから話があるのを待つのがいいですよ」


 かんで含めるように言って、僕は二人の様子をうかがった。

 タケさんもマキさんも、何かをこらえるような表情をして、唇を引き結び、沈黙している。


 三人で、額をつき合わせるようにして立ち尽くしたまま、時間だけが流れた。

 しばらくして、一番先に口を開いたのはタケさんだった。


「……わかった。

悪かった、変な話して。

憶測であれこれ考えても仕方ないよな」

「あたしも……ごめん。

ちょっとびっくりして、パニクっちゃった」


 そう言って、マキさんは気恥ずかしげに笑ってみせた。

 それを見て、タケさんも苦笑いを浮かべて言う。


「あーあ、俺ら後輩に恥ずかしいとこ見せちゃったなー」

「ほんとねー。龍生くんすごいね、冷静なんだね」


 言われて、僕は首を横に振る。


「そんなことないですよ。

僕も驚きましたけど、こういうときはあんまり大騒ぎしない方がいいと思って」

「大人ー。タケくんも見習わないと」

「何で俺だけ」


 すっかり調子を戻して言い合う二人のやり取りに笑って、僕はコンビニを指さしながら言った。


「二人は買い物に来てたんじゃないですか? 

用事済まして、一緒に基地まで行きます?」

「あ、そうだった。

あたし、飲み物買ってこうとしてたんだった」

「俺も俺も。マキ、コーヒーおごって」

「何でよ!」


 にぎやかにコンビニに入っていく二人に続きながら、僕は自分の動悸がうるさくなっているのを聞いていた。


 全然、冷静なんかじゃない。

 平静を装うのに必死になっていた。


 活動休止?

 ヒーローができなくなる?


 そんなこと、信じられない。


 想像したこともなかった。


 僕の日常から、イバライガーがいなくなるなんて――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る