ヒーローとゆかいな仲間たち ⑤




 そうして、僕の新しい生活が始まった。


 ほとんど勢いで乗り込んできてしまった僕は、当然、団体の運営についても、メインの活動であるショーのノウハウもまったくわからない。

 そんな僕にとって、この新しい職場での出来事は新鮮なことばかりで、驚かされることも多い。


 最初に驚いたことといえば、茨城元気計画いばらきげんきけいかくが想像していたよりも大所帯だったことだろうか。


「スタッフって、全部で何人くらいいるんですか?」


 仲間入りしてから一週間ほど経ったある日の、基地での作業中に、僕は一緒に作業している先輩スタッフに尋ねてみた。

 オンラインショップで注文の入ったグッズの、発送準備をしながらのことだ。

 長身をかがめて梱包作業をしていた男性スタッフのタケさんは、作業の手を止めて少し考えるような表情をしてから言った。


「四十人くらい?」

「うん、そのくらいじゃない。

ちょっとした企業並みには人数いるよね」


 タケさんの言葉にうなずいてそう言った、小柄な女の人はマキさん。

 タケさんもマキさんも僕と同年輩で、その気安さもあって、一緒に作業しながらも雑談が弾む。

 二人とも新入りの僕を何かと気にかけてくれる、頼れる先輩である。

 一緒に作業することも多いこの二人、細身で長身のタケさんと、ややふっくらとしている小柄な体格のマキさんのことを、僕が勝手に「凸凹コンビ」とあだ名しているのは内緒だ。


「四十人もいたら、まだ僕が会っていないメンバーも結構いますよね」

「そうかも。いろんな人が集まってて、働き方もその人それぞれだから。

基地に常駐のスタッフもいれば、週末だけ出動っていう人もいるしね」


 送り状の宛名書きの手を休めずにマキさんが言う。

 休みの日以外は、基地には常に人が大勢集まっている印象だ。

 今日も、僕たち以外に何人ものスタッフが、奥の部屋でそれぞれの作業をこなしている。

 ちなみに、ボスは買い出しのため只今外出中だ。


 基地には、多いときには二十人くらいが集まってにぎやかに働いていることもあった。

 そういう場面の中にいると、仕事をしているというより。


「何か、学生のときの部活とか合宿を思い出しますね」


 僕がそう言うと、タケさんもマキさんも笑ってうなずいた。


「確かにな、俺も同じこと思ったわ」

「あたしも。

龍生くんは部活、何やってたの?」

「中学のときにサッカーやってました。

下手くそで、ほとんど試合には出してもらえませんでしたけど」

「へえ、サッカーかぁ。

学生のときからヒーロー好きだったりした?」

「小さい頃は好きでしたけど、学生時代はむしろ離れてましたね。

イバライガーに出会って、子供の頃好きだったヒーローを思い出したって感じで」

「龍生くんもイバライガーに一目惚れしたクチか」


 マキさんがにやにやと笑みを浮かべて言う横で、タケさんはしみじみとした様子で何度もうなずいている。

 僕が怪訝そうな顔をしていると、マキさんが言う。


「そういうスタッフたくさんいるからねぇ。

ファンが高じてスタッフになった子とか」

「小田原から毎週末通って来てる子とか」

「活動のために東京からつくばに引っ越してきた人とか」


 マキさんとタケさんが交互に言うのを、僕は感心するような呆れるような気分で聞いた。


「そこまでイバライガーに惚れ込んじゃってるんですね」

「他人事みたいに言ってるけど、龍生くんだってそうでしょ」


 まあ、その通りである。

 だが、そう言うマキさんを意地悪そうな顔をしたタケさんがつつく。


「自分だってそうだろー? 

マキだって熱烈な追っかけファンやってたじゃん」

「そう言うタケくんはどうなのさ。

あたしと大差ないか、それ以上だった気がするけど?」

「……ま、ここに集まってる全員がそうだってことだよな」


「そうそう。

立ち上げから参加してる古株も、入ったばっかりの新人も、好きが高じてここに来ちゃってるんだよねぇ」


 二人が笑うのにつられて、僕もうなずいた。


 そうやって、基地にはいつもスタッフが集まって作業しているのだが、そういえば――。


「ショーの練習とか、基地でやってるわけじゃないんですね」


 基地の中でいつもたくさんのスタッフが働いているが、アクターがアクションの稽古をしているのは見たことがない。

 僕の疑問に、タケさんが答えてくれる。


「稽古とか練習とか、集まってやったりしないんだ。

全部各人任せなんだよ」

「え、てことは、完全自主練のみ?」

「そう。アクション合わせるのは、ショーの当日にやってる」


 これにも驚かされた。

 ショーのあのクオリティだ、てっきり、毎日集まってみっちり稽古、とかしているのだと思っていた。

 ……というか、稽古しているとこ見てみたかった。

 しかし、ということは――。


「じゃあ、やっぱり、あのときはわざわざアクターさんが来てたってことか……?」

「何の話?」


 マキさんが手を止めて聞いてくるのに、僕は初めて基地に来たときのことを話した。


「基地に面接に来たとき、イバライガーのスーツが飾ってあると思って見てたら、中に人が入っててびっくりさせられて。

あれって、みんな最初やられるもんなんですか? 

仲間入りするときの通過儀礼的なお約束、みたいな感じで」


 僕がそう言うと、タケさんとマキさんは一瞬顔を見合わせてから、二人そろって僕の顔をじっと見据えて言った。


「龍生くん」

「イバライガーに中の人はいないから」

「え」

「イバライガーは、地球を救うために未来からやって来たヒューマロイドだから」

「いや、それはそういう設定……」

「設定とかないから」

「イバライガーは現実に存在してるから」


 ええぇ――?


 先輩二人の物言い、その既視感にめまいがする。


(何で二人とも莉子りこちゃんと同じこと言う!?)


 これは何か僕の知らない規則でもあるのか? 

 世界観を壊す発言はしてはいけないとかいうコンプライアンスがあるのか? 

 それともショーの運営団体ではこういうのが当然なのか? 

 わざわざ周知するまでもない業界ルールとか暗黙の了解とか? 

 僕だけそれを知らないとか? 

 僕が世間知らずで非常識なだけなのか――!?

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