4:悪魔殺し

4-1:謁見

【――ご苦労であったユファ・クロリネル。これで全ての悪魔像が余の手中に揃った】


 帝王の間。豪華絢爛な調度品が部屋中に所狭しと飾られ、玉座まで黒と金糸の絨毯が続いていた。玉座の前には薄く巨大な暗幕がかけられ、そこに姿を隠した4つ口の醜悪な帝王の影を、ゆらゆらと布に投影している。

 泡を伴っているかのように振動する帝王の声が同時に4つ。重なりあって不協和音となり、頭に繰り返し響きわたる。


【前に一つ悪魔像を得ている功績も踏まえ、隊長殺しの件は不問にしてやろう】

「……頭ねぼけてんのかレイス帝。労う相手が間違ってる。僕は悪魔像をこの城まで持ち帰ってきただけだ」


 ユファは片手でヴェニタスを胸に抱きかかえたまま、堂々と部屋の中央に立っていた。歯に衣着せぬ物言いで、溢れる苛立ちを隠す様子もない。

 達磨となった彼を連れて、急ぎアビス教国から帰還したばかり。いまだヴェニタスの意識が戻る手立ても確保できておらず、彼の状態が気がかりでロクに休養もとれていない。獣人パロンの対処に苦慮したこともあって、あまり精神的に余裕が無かった。

 そんな彼女を、王座の隣に立つ老公、長く真っ白な髭を伸ばしたローム隊長がユファを諫める。


「口を慎むことじゃ、ユファ副隊長。帝王に対してその態度は許し難い」

「ああん? 知るかよ葉っぱジジイ。黙ってろ」

「ふむ……言うても聞かぬか死神」


 ロームは長身の体から真緑のツタを生やし始めた。

 前回の騒動では彼女に及ばなかったが、帝王の魔封じの魔眼の視界にユファが収まっている限りは、彼女が一方的に魔術を使えない。この状況であれば、御することは容易であり、ユファに不躾な振る舞いの代償を払わせることができると考えた。


【よい、構わぬ。多少の無礼は許そう】


 液体のような音を鳴らして声を出し、隣のロームを制する帝王。人では有り得ないほど異様に引き延ばされた影が、赤いかけ布に映っている。


【しかしだ。ユファ副隊長。任務に従事していた者達のうち、一人は死亡、一人は達磨同然の廃人とあっては、彼らへの労いも意味をなすまい?】

「じゃあヴェニタスには何の褒美も無しだって言うのか……!? これだけボロボロになってまで、お前のために悪魔像を取ってきたっていうのに……!」


 彼女がわざわざ興味も無い悪魔像を城まで持ち帰ったのは、レイス帝ならばヴェニタスの意識を戻す何かしらの術を知っているかもしれないと考えていたからだ。後ついでに、ラック隊長に責任を取らせてぶち殺すために。


【さよう。褒美を与える価値が無い。死者や両手足を失った廃人が、この先余に何を与えてくれるというのだ。彼らに期待をかけるくらいならば、おぬしのように将来有望な者に褒美を渡した方がマシというものだ】

「どうせお前ならなんとかできるんだろ!? 前の戦いで、僕に精神干渉系の魔眼を使ってきただろ、あれでヴェニタスをなんとかしろ!」

【確かに“水鏡の魔眼”を用いてヴェニタスの精神を正常に戻すことは可能。だが、先も言ったように、治したところで彼からの見返りが無い。むしろ彼の場合、治すことで余にとって旨味が無くなるのでな】

「旨味が無くなる……ね」


 分かっていた。ヴェニタスを取引材料にされることは。ユファは顔をしかめる。隊長達を殺した罪が不問とされている理由も、きっと同じ理由なのだろうと、察しがついていた。


「……俺が悪魔殺しに本気を出して臨まないとヴェニタスを治さねえって言ってんのか」

【くくく……その通りだ。みごと悪魔を殺すことができた暁には、彼の精神を回復させてやろう】

「……本当か?」


 訝しげに帝王の方を睨みつける。彼女はヴェニタスを守るように一層、廃人と化し白髪となった彼を力強く抱き締めた。


「お前が約束を反故にしないとも限らない。お前がさっき言った理屈に沿えば、お前にとって僕に褒美を与える価値は、悪魔を殺した時点で終わるんじゃないのか」

【それほど気にするのであれば、余がヴェニタスの精神を治すまで、おぬしが殺した悪魔の心臓を預かっておけばよい。余が目的とする魔天の食契には、悪魔の血液だけでなく心臓も必要なのでな。余はそのために悪魔殺しを行うのだ】

「ふうん……」


 彼女はいまだ納得しきれない様子。数拍置いてから、しぶしぶ頷いた。


「まあいい。分かった。やってやるよ悪魔殺し。ただ……もし約束が守られない場合は、悪魔の次にお前を殺してやる」


 もう話すことは無い、とばかりに、ユファは翻る。

 ヴェニタスを胸に抱いたまま、黒い絨毯の上を歩いて玉座の間を去っていく。

 そのまま一度も振り向くことなく、扉の向こうに姿を消した。


 ―φ―


「これで必要なものは全て揃いましたかのう?」


 内心伺い知れぬ笑みを湛えて、巨体を揺らす老公。

 広大な室内には、ローム隊長とレイス帝だけが残っていた。


【ああ。全て予定通りだ。ここまで長かったが、悪魔殺しさえ成し遂げれば、ようやく念願の魔天の食契である】

「ほっほ。随分とご機嫌ですな、帝王。ロームも嬉しゅうございますぞ。それでは、すぐに全軍の配備と悪魔召喚の魔法陣を起動する手配を行わせていただきますのじゃ。あと数日ほど、お待ちくだされ」

【ああ。待ちきれぬわ。魔術に一切の素養が無かった余が、ついに魔術師となる。それも、伝説の魔天すら超越した存在に】


 レイス帝は肉塊の体をおぞましく震わせる。部隊長たちが軒並み殺害されて著しく弱体化した国力を更に悪魔との戦いで減じることに一切の躊躇はなく。彼は帝国の将来などに微塵も興味を持ち得てはいなかった。

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