魔天の食契~ヤンデレファンタジー~

土日はじめ

1:プロローグ

1-1:髪フェチ剣士とヤンデレ少女



 ヴェニタスは怒りと共に戦場を駆けていた。いまだ火の燃え盛る街道を疾走し、武装した衛兵達を次々と斬り捨てていく。



「ちっ、わらわらと出てきやがる」



 迎え撃つ衛兵たちに向けて吠え、次々と彼らの腕と頭を空に切り飛ばしていく。それを実行する隻眼の男、ヴェニタスといえばあまりある憎しみを湛えた顔つき。携えた三日月状の『弓剣』を素早く振り、敵兵の血で大地を赤く染め上げていく。


 がたついた金属音に振り返れば、背後からぞろぞろと途切れることなく衛兵達が走り近づいて来ており、その内の一人が叫んだ。



「愚かな帝国の犬め、たった一人でこの数を相手に生きて帰れると思うなよ!」


「……ふん」



 ヴェニタスはその姿を睨みつけると、流れるような所作で腰の矢筒から複数本の鉄矢を取り出し、アーチブレイドの末端から中央部へと持ち手を掴み変え、その得物の扱いを剣から弓へと切り替える。アーチの中央部分を片手で持ち、矢を持つもう一方の手で強く弦を引き絞る。



「生きて帰れないのは……」



 部位に応じて弾性の異なる特殊な金属材料でつくられたそれは、持ち手の方向にのみ強く大きくしなり、剛弓として解放を切望する。



「貴様らの方だ!」



 ヴェニタスが振り向きざま、躊躇なく解き放つと、甲高い風切音を上げて矢が飛翔する。


 迫りくる衛兵達の脳天を、ガコンと奇天烈な音を立てて強靭な鉄矢が突貫していく。衝撃と螺旋の回転で肉を抉り散らし、そのまま後ろの衛兵たちもまとめて貫き肉塊に変えていく。



「……ひっ、ひぃいいいい! なんだあの馬鹿力!?」



 瞬く間にミンチへと変わり果てていく仲間達の姿を見て、衛兵達は戸惑い、数歩ほど後ずさりする。それをヴェニタスは順々に、命奪うことに躊躇することなく正確に彼らの頭を撃ちぬいていく。


 それも僅か十数秒足らずのこと。町の屈強な衛兵たちは、ただ一人を除いて物言わぬ仏となった。



「ひ、ひぃ!? く、くるなああああ!」



 その生き残りの一人も、腰を抜かして地面に尻もちをつき、背後を見ながら必死に逃げ道を確認している。その彼は、どうやら自身の背中から伝わる地響きに気付いたようだ。ぬっと伸びてくる巨大な人影が、ヴェニタスと衛兵を深い暗闇で覆っていく。


衛兵は何かに思い当たることがあったのか、喜色満面で後ろを振り返り、勝ち誇ったように叫ぶ。



「っ! き、来たかボンクラ! そうだ、ここだ! 悪魔像でお前を召喚しておいて良かった! へ、へへ……帝国の犬め、もうおしまいだぞ! この『サイクロプス』が居れば、お前などひとたまりも……ぐぴっ!?」



 衛兵は鈍色をした巨大な足によって踏み潰され、地面に自らの血を染み広げていく。ヴェニタスは地面にその血が広がっていくのを眺めてから、正面に現れた巨大な異形を見上げる。



「へえ……悪魔像の魔物もいるってことは、俺の方が『アタリ』だったみたいだな」



 そこらの一軒家くらいの背丈を持った、巨大な一つ目の鬼、サイクロプスが現れる。そいつはどこかから道すがら引き抜いてきたのだろうか、根に土くれのついた大木をその手に握りしめている。



「ひとまず、これをくれてやろう」



 言うや否や、ヴェニタスはアーチブレイドを弓として構え、単眼めがけて即座に鉄矢を放った。


 だがそれは、大木によって見事に防がれる。


サイクロプスは大木を目元に掲げ、下卑た笑みを浮かべた。そして体躯に見合わぬ速さでヴェニタスに向かって駆けだす。



「ほう、でかい割に意外と動けるな」



 ヴェニタスは、ニヤリと笑う。



「ではもう『三つ』くれてやろう」



 再び彼は鉄矢を放つ。


 サイクロプスは彼を嘲り笑った。彼が先程と全く同じ所作を繰り返してきたからだ。


 笑う巨人は飛来する矢をなんなく大木で防いだ――――が。



「ぐもおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 凄まじい呻き声を上げ、サイクロプスは青い血の迸る単眼を必死に抑える。携えていた大木は巨大な手から離れ、音を立てて地面に落ちる。



 大木は小さな穴を空けて貫通していた。


 寸分のズレも無く、三度同じ箇所を撃ち抜かれて。ヴェニタスは三連続で鉄の矢を速射していた。



 サイクロプスは、しばし激しく暴れると、剣を振り上げてまさに鬼のような形相でヴェニタスの方へと激走し始めた。



「一々うるさいな。少し……落ち着け!」



 スライディングして単眼巨人の股下をかいくぐりながら、弓剣で足首を切りつける。



「ぐもおおおお!」



 サイクロプスは健を切られて上手く走れなくなり、前のめりに倒れた。


寸前でその巨体を避けると、ヴェニタスは飛び上がり、巨人の首元に乗り立った。


 そして両手でアーチブレイドを大上段に掲げ、一言のこした。



「じゃあな」



 紫色の血しぶきが噴水のように迸る。丸太のように太い怪物の首は、一刀のもと、斬り落とされた。



「……これでこの辺りの掃討は終わったか」



 紫色の血を大量に浴びながら、彼は平然とアーチブレイドを降ろす。そして、背後から伸び上がる影を地面に見つける。



「っ!? まだいたか!」



 音もなく近づいてきた存在に気づき、振り返りざま、背後から忍び寄っていた衛兵の首を刈り取った。



「なっ!?」



 が、その衛兵は首を切り落とされても止まらなかった。切り落とされた断面が、透明な水色の液体となって、うようよと触手のようにうごめいている。



「――スライムかっ! まずいっ――」



 その首無し衛兵が振りかざした剣が、ヴェニタスに届こうとした時。


 


 十字に黒い閃光が煌めいた。


 


 それとほぼ同時だった。首無し衛兵は駆けるバランスを崩し、突然糸の切れた人形のように転げ倒れ、ばしゃりと溶けた。



「おい、ヴェニタス! 何やってんだよ、死ぬ気か!」



 ヴェニタスが顔を上げると、黒い軍服を着た何者かがこちらにやってくる。遠目で見ても、彼にはそれが誰か容易に分かったようだ。そのものはまさしく、首無し衛兵の命を一瞬で奪った黒い閃光の術者であった。



 制帽を深くかぶった、紳士然とした顔つきの殺人鬼。息も荒く顔を近づけてくるその人を、いつも通りヴェニタスの仏頂面が迎える。



「おい、聞いてるのかよ! もし僕が見ていなかったらお前――っ」



 ヴェニタスは片手を上げ、その術者の言葉を止めた。



「俺のことはいい。そんなことより、お前の任務は、悪魔像の探索と隊長の護衛のはずだ。もう悪魔像は見つかったのか?」


「い、いや……悪魔像はまだ。あっちにも衛兵がうじゃうじゃいたけど、隊長がいるし大丈夫かなって。それにみんなもいるしって……そうじゃない! 話を逸らすなよヴェニタス! そんな戦い方繰り返してちゃ――」



 黒髪の男、ヴェニタスは大きくため息をつく。



「それでお前はわざわざここまで来て、任務の手伝いもせず俺を物陰からじろじろ見ていたのか」



 そういわれて、殺人鬼は息を止める。じんわりと頬を赤くし、気まずそうに目を泳がせた。



「き、気づいてたのか……」



 足の先で地面に『の』の字を描き始める。上目遣いで伺うように見つめてくる。



「でも……仕方ないだろ? 他でもないお前のことなんだから。あの甘ったれポンコツ王子、今日も一番危険なとこにお前を一人だけ――」



 ユファの続く言葉を打ち消し、ひゅるひゅると、花火が打ちあがるような音が響く。見れば黄色い蛍光色の煙が北の方で上がっている。


 二人はお互いに目を合わせる。



「……集合だ。馬車のところに戻るぞ、ユファ。悪魔像が見つかったのかもしれない」


「ちぇ。分かったよ。でも、無茶をするのは本当にやめてくれ。約束だぞ、ヴェニタス」


「行くぞ。早く城に帰って水浴びをしたい。この辺りは臭くてしかたがないからな」



 ヴェニタスに無視をされたことでユファは顔をしかめたが、少しして大いに頷いた。確かに匂う。お互いに血みどろで、この長旅ですっかり汚れてしまっていた。


 死肉と炎にまみれたこの場所に居続けるだけで、気分も悪くなりそうだ。用が済んだなら早く帰ろう。そう思い、ヴェニタスは踵を返そうとした。


 そして、突風が吹く。


 目の前で術者の制帽が、ふわりと飛び上がった。



「あっ、しまっ!」



 ユファが呻く。彼女の髪が、晒される。


 三つ編みにされ、うなじ辺りに短くまとめられた紫紺の髪が晒される。艶やかな、淡い紫色が風にはためく。ユファはヴェニタスの異様な視線に気づくと、帽子を求めて慌ただしく走り始めた。



「こ、この!」



 なんとか地に落ちる前に取り上げることに成功し、素早くかぶりなおす。いつもより深く。



「……相変わらず綺麗な髪だ。なぜいつも隠している」



 ヴェニタスが真面目な顔で言う。いつになく、ガラにもなく、瞳に熱を灯し、真っすぐに彼女を見つめている。先程までの彼とは、何かに憑りつかれたように様子が違う。



「うるさい」



 そんな熱視線から逃れるためか、制帽のつばを掴み下げ、さらに顔を隠す。



「お前がじろじろ見るからだよ。この髪フェチのド変態」


「変態で結構。美しいものを愛でて何がわるい」


「っ……! それが嫌だってんだよボケナス! あー、もう! 早く帰るぞ!」



 片手でしっかりと帽子を押さえながら、ユファはヴェニタスの手を取ると、ぐいぐいと引っ張っていく。その頬は周囲の炎より赤かった。

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