第5話 指揮官として

窓の外はもうすっかりと日が暮れていて、三つ四つ、沖に漁火が小さく輝いていた。

まだ、7人の答えは出なかった。

坊主頭の体格の良い男が口を開いた。

「曹士達には どう説得する?」

皆、考え込んだ。

磯部が答えた。

「任期制の隊員は除外しましょう それと出来れば妻帯者も その他の者から秘匿性が高く技能を有する必要最小限の人数で選抜して下さい 徹底的な身上調査をお願いします」

坊主頭の男は、軽くうなずいた。

磯部が続けた。

「丁度 決行日は夏季休暇の時期です 参加しない隊員には 長期休暇を与える様にして下さい それから参加する隊員には 決して 嘘偽りは抜きにしてください 率直に我々の思いを説明して下さい そして ただ命令するだけです」

7人の男が、磯部を凝視した。

ノッポの男が口を開いた。

「作戦終了後 参加した隊員はどうなりますか?」

磯部が続けた。

「226を思い出して下さい 226の兵はその後どうなりましたか?」

ノッポの男が呟いた。

「原隊復帰・・・」

磯部が続けた。

「処刑されたのは将校だけです 自分の意志に反して上官の命令で動くのが兵です すべての責任は 命令を下した我々にあります それを覚悟して頂きたい」

坊主の男が聞いた。

「はい それは ここにいる皆は 幹部になった時点で覚悟は出来ております しかし 現実問題 原隊復帰は難しいかと・・・」

ノッポの男が呟いた。

「そうですね」

磯部が、口を開いた。

「事後の曹の処遇については すでに我々に理解を示してくれている 自衛隊援護協会 父兄会 予備自衛官協力事業所が受け皿になるようお願いしようと思ってます それから 事後も自衛官としての道も確保で出来るよう 水面下で陸海空の同志の人事の連中にも働きかけています」


また、沈黙が訪れた。


色黒の男が呟いた。

「しかし 果たして 血を流さずに この作戦は成功するんがろうか?」 

また、7人は考え込んだ。

「終わった後 俺達 どうする?」

坊主頭の男が呟いた。




キャタピラを回す金属音。

雪の東京、赤坂、山王ホテル。

ホテルの前に一台の戦車が姿を現し、ホテルの構内に突っ込んで来た。

安藤が、玄関から飛び出して来た。


「ひけるものなら ひいてみろ!」

安藤はそう叫びながら、戦車に駆け寄った。

数名の兵隊も叫び後に続いた。

ほどなく戦車は、ビラを撒いて引き返していった。

と、久しぶりに晴れ渡った青空に、プロペラを回し海軍機が現れた。

太陽の光を受けたビラがひらひらと落ちて行く。


安藤は、ビラを拾った。


一、今カラデモ遅クナイカラ原隊ヘ帰レ 

二、抵抗スル者ハ全部逆賊デアルカラ

三、オ前達ノ父母兄弟ハ国賊トナルノデ皆泣イテオルゾ

二月二十九日 戒厳令司令部


単身、直談判に乗り込んで来た桜井徳太郎少佐に見向きもしなかた安藤は、銃剣を構えた兵に取り囲まれてじっとロビーの中央に座っていた。

そのうち、ホテルの正面に設置された大型スピーカーから男の声が響いた。


「兵に告ぐ 勅命が発せられたのである すでに天皇陛下の御命令が発せられたのである お前達は上官の命令を正しいものと信じて 絶対服従をして誠心誠意活動してきたのであろうが すでに天皇陛下の御命令によって お前達は皆復帰せよと仰せられたのである この上 お前らがあくまで抵抗したならば それは勅命に反抗することとなり 逆賊とならなければならない」


安藤は、軍刀を握り締めてじっと聞いていた。


「正しいことをしていると信じていたのに それを間違っていたならば 徒らに今迄の行がかりや 義理

上からいつまでも反抗的態度をとって 天皇陛下にそむき奉り 逆賊としての汚名を永久に受ける樣なことがあってはならない 今からでも決して遲くはないから 直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復帰する樣に

せよ そうしたら今迄の罪も許されるのである お前達の父兄は勿論のこと 国民全体もそれを心から祈っているのである 速かに現在の位置を棄て帰って来い 戒厳司令官 香椎中將」


その声は、何度も何度も繰り返し流れた。

そしてやがてホテルの東方、虎ノ門付近にアドバルーンがあがった。

それには、「勅命する 軍旗に手向うな」と書かれた時字幕が垂れ下がっていた。


安藤もそれを眺めていた。

その表情は意外に穏やかだった。



千葉は、窓の外を眺めていた。

沖の漁火は十数個に増えていた。

その煌めきがとても綺麗だった。

と、近藤が横に立った。

近藤が語りかけた。

「何で あの時 ストレートだった?」

「えっ?」

「それも ど真ん中」

千葉は、微笑んだ。

「もう お前 投げる球が無かったじゃないか」

近藤は、微笑んだ。

「ああ・・・」

「俺のサインに首を振りやがって・・・」

「そうだったな」

「それも 何度も」

近藤は、また微笑んだ。


二人は、漆黒の闇の中キラキラと輝く漁火を眺めていた。


千葉が呟いた。


「もう 投げる球 ないのかな?」

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