5話 小浮気と桜良(オリジナル)

1. 僕と桜良


 橘真美が空に帰ってから一年が経った。僕は高校2年生になっていた。彼女のことを胸に刻み、忘れた日は一度もない。

 けれども変化があった。それはハナイカリさんこと、大橋桜良おおはしさくらと付き合うようになったことだ。


 真美が消えたあの日から僕は、しばらくの間落ち込んでいた。(自分ではそう思っていないが、傍から見るとそう見えたらしい)だけどハナイカリさんは、僕のことを励ましてくれたし、ふつうに接してくれてもいた。


 そして真美が許してくれるかはわからないけれど、それがネックになって彼女が作れなくなったら、天国(信じる)の彼女は気に病んでしまうだろう。

 だから、先に告白したのは僕の方だった。


「真美ちゃんが逝ってから1年が経ったんだね」


 高見神社へ向かう途中、桜良が静かに呟いた。僕は「そうだね」と返すぐらいしかできない。



2. お墓


 橘のお墓は高見神社の裏にある。橘が消えた後、彼女の祖父母と会う機会があった。橘一家は神主の家系であり、真美の両親が亡くなった後は、その祖父母が当主になっている。


 墓の名前は、橘真美と刻まれている。その隣には、ご両親の名前がある。


「初めて見るけれど、真美ちゃんってやっぱり故人だったんだ……」


 桜良の目は悲しげだった。短い間だが、桜良は真美と学校で過ごしていた。

 ちなみに真美のことは、僕と桜良しか覚えていない。妹の明菜でさえ忘れている。


 僕は努めて冷静に応じる。


「そうだよ。でも彼女は、僕に想いを伝えるために会いに来てくれたんだ」


 真美の墓標に線香を上げ、冥福を祈った。ご両親に対しても拝む。その行為に「やさしいね」といわれたが、当たり前のことだ。「隣のお墓は真美のご両親のものなんだ。桜良も手を合わせてほしい」と催促さいそくすると、桜良も真剣な面持ちで手を合わせた。



3. 次は小浮気の番だよ


 帰ろうと裏口の墓地から本堂へ戻ろうとしたときだった。


 ≪チリン、チリン≫


 鈴の音を聞いた。どこからだろうか。あれは拝殿前から? 桜良を見ると不思議そうな顔をしていた。どうやら聞こえたのは僕だけでないようだ。二人で表へ戻ることにした。


 拝殿前に向かうと、巫女服を着た少女がいた。その少女の腰には鈴が結ばれていた。その風貌に懐かしさがこみ上げてきた。


「……真美なのか?」


 真美らしき少女は僕たちにニコりと笑いかけた。けど彼女は死んでいるし、一年前に成仏もしたはずだ。



「姉の名前をご存じなんですね。私は妹でこの神社を預かっている巫女の有美です」


 年は僕たちと大差ないから1~2歳くらい下なのだろう。

 真美のイタズラっぽさは感じないが、それ以外の雰囲気や見た目が似ている。


「有美さん、僕たちはあなたのお姉さんのお墓詣りに来たんだ」

「姉のために、わざわざありがとうございます」


 由美は僕たちに向かって、ペコリとお辞儀をした。



「隣にいるお方はお友だちですか?」

「いいえ。私は小浮気の彼女です」


 ガールフレンドでも彼女でも、ニュアンスに大差はないが突っ込まない。


「私も一年前、真美さんとお会いしました。私は真美さんのご冥福を祈りるとともに、感謝を伝えるために参りました」


 弔うだけでなく、感謝も……? 女同士のやりとりがあったのだろう。


「姉も喜んでいると思いますよ」


 朗らかに笑う印象は、真美とそっくりだった。この世にはいないはずの真美の面影が、そこにはあった。だけど、笑っている人物は妹の有美だ。


「真美さんが会いに来てくれたから、今の私たちがあります」


 風もないのに有美さんの鈴が微かに鳴った。


「だから、ありがとうございます」


 深々と頭を下げる桜良。僕もそれに倣って頭を下げた。


「いいえ。それは貴方たちがやったことなんですよ。姉がやったわけじゃありませんから」


 恐縮する有美さんだが、なぜだか真美が言っているようにも聞こえた。


「こちらこそ、ありがとうございます」


 有美もまた、僕たちに頭を下げた。

 何気ないやり取りに見える。けど僕の中で理解できなかったあの瞬間が蘇った。


 沈みかけた陽に映し出される橘の顔。そしてわずかに動悸を覚える自分。橘ははっきりとした口調で言った。風に遮られながらも……。


「私は小浮気に会って、救われたんだ。だから今度は……、小浮気が救われる番だよ」


 そう言い切った後、放心状態の僕を見た彼女は、失敗したと思った。けれども、今はあの言葉の意味がわかる。「私のことはいいから、前を向け」といわれた気がした。



 有美さんに「また参拝なさってください」と言われ、鳥居を潜って僕たちは石段を降りる。僕は真美がいなくなったあの雄大な空を思い出していた。けどいつまでも過去に拘るわけにはいかない。彼女は決して消えたりはしないから。


「隆志くん、真美ちゃんが生きられなかった分、いっしょに幸せになろうよ」


 桜良はこちらを向いて言った。その顔には決意と、信頼が表れていた。


「うん。彼女が歩けなかった未来を僕たちが紡いでいくんだ」


 僕は笑顔で桜良に返事した。だがこれは自分に向けた言葉であり、亡くなった橘に贈る最後の言葉だった。


☆☆☆☆☆


 エピローグは完全オリジナルです。この話で、『僕たちの恋物語』の二次創作は完走です。


 ゆきんこ様、興味深い題材のご提供、ありがとうございました。ハート付けてくれた方や、助言してくれた方々にもお礼申し上げます。

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