Ⅵ 友達と何かあったのかい?

軽い疲れを感じつつ司は帰宅した。


家に上がり、ただいまと声をかけると、厨房から父が顔を出した。


「おかえりなさい。」


そして、おやと顔色を変える。


「何だか、憂鬱そうな顔してるね。」


咄嗟に、司は自分の顔へと手を遣った。


「そう――?」


「ああ。いつもより寂しそうな顔してるが。」


そして、友達と何かあったのかいと問うた。


司はしばし黙ってから――うん、少しねと答える。そして、まるで父から逃れるように、そそくさと自分の部屋へと戻っていった。


胸の中には、つい先ほど起きた出来事のことがあった。


玉子があの質問をしたとき、正直なところ不味いのではないかという気がしていた。一方で、このまま二人の会話を聴いていたいという気持ちがあったことも事実である。


司は今まで国外に出たことはない。玄界灘を隔てたその国については、憧憬あこがれを抱いたり嫌悪を抱いたりした。今はそのどちらもない。あるのは波涛のみだ。東京とは遠く隔たれているはずの日本海から、鳴り止まない潮騒がいつまでも聞こえてきている。


――なぜこんなことが起こるのか。


玉子の言うとおり、テレビでは度々、韓国でのデモの映像が流れている。激しく金切り声を上げる人々、日本を非難するプラカードを掲げた人々――。しかし、それを玉子が訊いたとき、逆にこちらのほうでも波涛が湧き起こりそうな気がしていた。


帰ってからしばらくはスマートフォンを手に取ることができなかった。司はいつも、メールやメッセージは、着信しているのを見つけたらすぐに返信している。しかし、今はメッセージのやり取りをしたい気分ではない。だから、スマートフォンに触れもしなかったのだ。


それから、夕食を作って父と食べ、後片づけをしてから再び部屋へ戻った。スマートフォンを手に取ると、熾子からメッセージが届いていた。ちょうど、一時間ほど前の着信であった。



「今日はありがとうございました(^-^)

来週、また映画観に行きましょうね(^^)/」



笑顔の顔文字が心を刺した。すぐに返信しようとしたが、文面に苦慮してしまう。玉子のことについて詫びようかとも思ったのだが、なかなか言葉を思いつけなかった。



「こちらこそありがとうございましたm(_ _)m

今日は愉しかったです(^^♪

来週の映画も愉しみにしています(´・ω・`)


けれど、なんかすみませんでしたね。。。

たまこが雰囲気悪くさせてしまって。。。

普段はとてもいい子なんですけどね。。。」



しばらくして、熾子から返信が来た。



「たまこさんのことは全然大丈夫ですよ(^-^;

それに、時勢が時勢でもありますし、そういうことを気にかかってしまうのも仕方のないことでしょう。」



胸のうちにもやもやとした気持ちがあった。とりあえず、二行目を引用してから、次のように返信する。



「たまこはちょっと神経質なところがあるんですよ(-_-;)

色々なことがちゃんとしていないと気が済まない性格っていうか、、、言いたいことははっきり言ってしまう性格っていうか。。。特に韓国のこととなると、ちょっとはすに構えたものの見方をしてしまうんです。

まあ、私自身も、色々と気になることはありますし。(-_-)」



しばらくして返信が来た。



「つかささんは、私が今まで出会ってきた人の中でも、取分けて公平な視点をお持ちの方のようです。色々な偏見を取り除いて、純粋に韓国に興味を寄せているというような感じがします(^-^)


けれども、世の中にはそうではない人がいるんですよ。自分の国に批判的なことを言う奴は誰でも許さないっていう人が(-_-)


そういう人は、一部の極端な例を取り上げたり、あるいは自分から挑発的な言動をしたりしてくるものです。それで、怒って反論してきたら、やっぱり相手は対話の通じない奴だと嘲笑あざわらうんです。(-_-;)」



最後の二行は言うまでもなく気にかかった。


――玉子のことを言ってるの?


遣り切れない思いを感じて、司は次のように返信をする。



「なんか、中学生だったころに、そういう画像を見てしまったらしいんですよね(-.-) 日本の震災を祝うっていう垂れ幕を韓国人が下げている画像を。。。

それ以来、韓国に対して苛立ちを抱いているみたいです。」



そのとき、普段ならしないことを司はした。そのメッセージに例の画像を添付して送信したのだ。しかし送ったあとで、不味いことをしたかなという気がしてきた。


熾子からの返信が来た。



「まあ、そういうことですよ(-_-;)


嫌韓情報を集めるのが趣味で、わざわざそういう韓国人を見つけては怒っているのは、結局のところ八つ当たりの材料を自分から探しに行くことと何も変わりがないと思います。同じような論理を、私はイルペなどでもよく目にしました。


そうであるがゆえに、韓国にもそういう人がいると申し上げたのです(-.-) 結局のところ、日本も韓国も変わりないということですね。」



司はしばらく画面を見つめていた。


なぜ言葉が通じなかったのかと思った。


――そうじゃないのよ、熾子さん。


なぜならば、司も中学時代に玉子と同じ感情を抱えていたのだから。あの画像は、嫌韓情報を集めるために自分から探しに行ったものではない。むしろあのときから、司は韓国に対して牴牾もどかしい気持ちを抱くようになってしまったのだ。


しかし、これ以上深追いをすることも気が咎める。ちょうど何時間か前に、居心地の悪そうな熾子の姿を目にしたばかりだ。さらに深追いしてしまえば、見てはならないものを見てしまうような気がした。



「確かに困ったことですね(-_-;)

みんな仲良くすればいいのに、なんてことを言うことは簡単だけれども、それができたら無理はないのかもしれませんね(._.)」



司は受信箱を閉じる。画面いっぱいに、夜雨よさめの名残を滴らせる桜が拡がった。しかしどういうわけか、今は桜が泣いているように見えた。

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