第30話 駆け込み 振るい 視線

 冬のベッドのように、ひんやりしていた腿は数分のうちに温かくなり、1時間も経たぬ内に汗ばんできた。内腿を擦り合わせ、小刻みに震える様は……まるで我慢しているようで。


 ディアの顏を覗き見ると、案の定だった。私がくっついていたので我慢していたのだろう。慌てて起き上がると、廊下へ震えながら歩いていく。大丈夫だろうか。


「ディア、ごめんね。」

「い、今動かし……あぅ!」

「我慢して!」


 お姫様抱っこで部屋からトイレへと、一目散に駆けた。誰とも会わなかった事も良かったと思う。

 裏手の井戸から少し離れた所に建っている小屋がトイレだ。ディアを放り込み、ドアを閉めると安心した声が聞こえてきた。


 危機は回避したようだ。


「ふぅ、間に合ったかな。」

「……うん。」


 少しの距離を走ったが、頭痛や倦怠感は感じなかった。体が軽い、というだけで気持ちも軽くなってくる。

 体の調子を確かめていると、トイレの臭いとは臭いが鼻についた。


「汗かいたからなぁ、シャワー浴びよう。」


 髪もベタベタ、とまでは言わないが。お客さんの前に立つのだから身綺麗にしておこう。

 顏を真っ赤に染めたディアとシャワーを浴び、アンナさんの所へ戻る。

 帽子マノンは私たちの水気を取ってくれたが、尻尾による催促をし始めた。食べ物貰うから待ってて。




「アンナさん、戻りました。」

「お、来たね。あんたたち、セレスが来たよ!」


 厨房に顔を出した私たちを待っていたのは、割れんばかりの歓声だった。

 食事処は満席で、どうやら屋外にもテーブルを置いて対応しているらしい。どこから持ってきたテーブルだろう。

 盛り上がる客の様子に呆気に取られた私は、ディアに手を掴まれ過剰に反応してしまった。


 胸の前で手を重ね振り返ると、手をディアと目が合う。

 驚いた私でさえ、悲愴な面持ちで立ち尽くすディアを見て「あ、これはヤバイ。」と察した。


「あ、ディア……。ごめん。」


 私が手を差し出すと、一歩下がってしまう。

 謝るついでに、逃げそうなディアを引き寄せ、抱きしめた。今捕まえなければ、拗れる気がしたから。


 少し暴れたが、何度か謝るうちにディアは大人しくなった。震えているのは泣かないようにしているからだろうか。

 私を抱き返すディアを撫でていると、食事処の喧騒が止んでいる事に気づいた。


 あれ? もしかして、見られてる?


――――――――――


「お姉さん、というより……お母さん、よね。」

「ですね。」

「異世界でウサギを乗せ、義母になる妻用事男。」

「……ダメじゃないですか? 色々と。」


――――――――――


 被害

  椅子 数脚 「あの黒髪の子に撫でられてぇ。」


 補足

  ディアのトラウマについては、サイドストーリーにて。

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