隠れ鬼.一

 本当に大切なものとは、失って初めてその大切さを知ることができるという。


 しかし本当に大切なものなら、失う前からその大切さを理解しているもではないのだろうか。

 言い古された言葉に、俺はそう抗言したのを良く覚えている。


 それは戯言だ。幼い子供が気取って、少し背伸びをして言う屁理屈でしかない。

 理解など、到底してはいなかった。

 あんなにも痛く、辛いことだとは思わなかった。


 ちょうど、今日のような雨空の中。


 視界は薄く、他に音は無く、ただただ耳に届く雨音が頭中に響く中。

 血に濡れ、動かなくなった母を前にそれを思い知らされた。


 雨の日には、思い出さない日はない。


 雨水に滲み流される真っ赤な鮮血の行方を、ただ茫然と眺め、立ち尽くしたあの日のことを。


 母を殺した、あの日のことを。

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