ジュソ祓い.三

「今日はお二人とご一緒させて頂き、ありがとうございました」

 午後になっても結局ジュソには出会わなかったのだが、雷華はそう礼を言った。結果を残せなかったことへの残念か、ジュソと出会わなかったことへの安堵か、わからないが、その表情は複雑なものであった。

 もしこの娘にお役目などなければ、純粋に楽しんで山菜採りができるのにと思うと、少し残念であった。それでもまたやろう。森の中で顔に土を付け微笑む雷華の姿を思い返し、そう思った。


「雷華!!」


 森から出て畦道に差し掛かった頃、背後から女の甲高い叫び声が聞こえた。

 一同揃って、緩やかに坂になった道の上を見上げるように、声のした方を振り返る。

 そこには一人の娘が立っていた。

 白髪に巫女装束。一目で彼女もまた雷華と同じ鬼の者だということがわかる。しかし、その出で立ちは似ても似付かなかった。ふわりと腰の辺りまで伸びた白髪。そして髪飾り、耳飾り、首飾り等々、全身を取り取りの装身具で派手に飾り立てている。

「雷華、あなた、志乃咲家の次期頭首様がこんなところで何をしているのかしら?」

 鬼の娘はその雪のような長髪を風になびかせながら、勝気につり上がった目で雷華を睨んだ。笑んだ口元には雷華と同じ鋭い八重歯が覗いている。

「家出したって噂は聞いていたけど、本当だったようねぇ」

「紗千……」

 雷華が驚いた様子で小さく漏らした。

「この島一の鬼子様がこんなところで何をしているのって聞いてるの!」

 雷華の煮え切らない態度に、紗千と呼ばれた娘は語調を強め、さらに雷華を睨む。

「お前も雷華と同じ鬼の者だな。雷華の友達か?」

 まるでこちらを相手しない娘に対し、耐えきれずつい口を挟んでしまった。

「友達ぃ? 友達なものか! 知らないの? 鬼の家は他所の鬼の家とは仲が悪いものなのよ! って……ところで、あなた達は……誰?」

 ここで初めて気付いたかのようにこちらに視線を向けた。その勝気につり上がった目はそのままであった。

「この人達は、キョウさんとミさん。ぼくが……その……、ジュソにやられそうだったところを……助けて……くれたの……」

 雷華は後足を踏むように、ぐずぐずと答えた。

「へぇ、そう。やられそう、ねぇ。天下の志乃咲様がやられそうってからには相当に成長したジュソだったようねぇ」

 紗千は嫌味な笑みを貼りつかせながらそう返した。その声を聞くなり、雷華は立ったまま俯いてしまった。よく見ると両手で拳をつくり、強く握りこんでいるのがわかる。また、泣くのかもしれない。

「わたしは八枝森紗千やえもりさち。その子と同じ、ジュソ祓い専門の鬼の者よ」

 こちらに視線を直すとそう名乗った。明らかにこちらの方が年長なのだが、その上手に出た態度を改める気はないようだ。



 紗千を含め、わたし達四人は霧乃園に来ていた。

 紗千を誘った時、「何故わたしがあなた達なんかと」と露骨に嫌がりはしたものの、わたしがしつこく迫ると、ぶつぶつと文句を言いながらも渋々ついて来てくれた。キョウといい紗千といい、一見無愛想に見えてこの種の人間は、案外無理やり押し切れてしまうのだなと思った。

 紗千は嫌嫌付いて来た割に、店に着くなりあれもこれもと色々注文した。そしていざ食べ始めると、これまた実に幸せそうな顔をする。本人は知ってか知らずか、鼻歌交じりであった。

 どうやら紗千には雷華のような角は生えていないようだ。夢中で食べ続ける紗千をまじまじと見るが、当の本人は食べるのに夢中で気付いていないようである。それともう一つ、紗千はわたしの後ろにいるジュソ、ヒナに気が付いていないようだ。紗千のような性格なら真っ先に指摘されてもおかしくはないのに。恐らく、いつしか雷華が言っていた鬼の血の濃さというのが関係しているのだろう。

「な? ここの甘味は絶品だろう?」

 わたしは自分がおいしいと思ったものに共感してくれている嬉しさから、つい口に出してしまった。

「ふんっ」

 まあ、大方予想していたことだが、紗千は顔を赤らめるとそっぽを向いてしまった。うっすらと赤らめただけでも鬼子特有の白い肌の所為か、その変化は顕著であった。

「雷華、あなた村へ帰りなさい」

 注文したものを一通り食べ終えると、紗千は雷華の方に向き直って真剣な表情をした。

 雷華は湯のみに口を付けるふりをして俯き、黙り込んでいる。

「あなたに単独行動なんて無理よ。村に帰って今からでもご両親に謝りなさい。ここにはあなたを守ってくれる人は誰もいないのよ?」

 それならばわたしたちがいるだろうと申し出たかったが、迂闊に口に出すようなことはしなかった。できなかった。

 先程の小馬鹿にする態度とは違って、紗千の表情は真剣そのもであったからだ。わたしなんかが口を挟んで良いことではないのだろう。これはこの娘達の問題だ。それに少なからずわたしは紗千の言うことに賛同している。どれだけ本人が本気であっても、それが命に係わることであるならば当然の如く背中を押すことなんてできない。紗千の語気が荒いのも、本当は雷華の身を案じてのことであろう。

「…………嫌、まだ帰らない……」

 雷華が湯のみを震わせながら消え入りそうな声で答えた。その声もまた震えていた。

「あなた、わかってないわね。あなたみたいな出来損ないが意地を張ったって何の意味もないのよ? 無駄死にするだけ。それでいいの? 下らない意地で死んで、志乃咲家の看板に泥を塗るようなものだわ」

「…………」

 雷華の声は最早、相手に聞かせるような大きさではなかった。微かに「だって……だって……、まだ帰れないもん……」と、自分に言い聞かせるように呟いているのみである。

「泣くの? また泣くの? あなたっていつもそう。わたしから何か言われる度にわんわん泣いて。少しは鬼の威厳ってものを見せてみなさいよ」

 その言葉に雷華は横一文字に口をきゅっと結び、目を見開いて涙を堪えた。既に目元には溢れんばかりの涙が溜まっていて、瞬きをしようものならすぐにでも毀れてしまいそうであった。

「まあ、まて。今日はこのくらいにしておいてはくれないか? 雷華も色々と思うところがあるのだろう。それに今日はもう遅い。そうだ、そんなことよりも、紗千もわたし達と一緒にレンさんの所へ行かないか? 人数が増えればきっとヒノトとツヅミも喜ぶ」

「はぁ? 何言ってるの? あなた。何でこれ以上わたしがあなた達に付き合わなくちゃいけないの? 馬鹿馬鹿しい」

「でもまだ宿は決まっていないのだろう?」

「そのくらい自分で見つけるわよ。最悪野宿だってできるんだし」

 さらっと言ってのけたが、最後のは聞き流せなかった。

「それは危険だ。暗くなると良くないものが湧きやすい」

「わたしを誰だと思っているの? 雷華と一緒にしないで。そのくらい平気よ」

 紗千は雷華を顎でしゃくるようにして反論する。

「紗千が平気でもわたしが嫌なのだ。せっかく集まったんだ、なあ、一緒に行こう」

「ああぁーうるさい! もう! わかったわよ! 行けばいいんでしょ? ったく、何なのよあなた」

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