泣いた鬼.三

「よし! そろそろ抹茶わらび餅を食べに行こうか!」

 ミの入れた茶を飲み、一息入れていると、突然ミが立ち上がり言った。

「あ? 何だって?」

 その抹茶なんたらというやつも、「そろそろ」という言葉の真意もわからなかった。というよりか、わけがわからなかった。

「霧乃園の抹茶わらび餅だ。知らないのか?」

 ミは心底意表だという反応を示した。

 霧乃園……甘味処か茶屋のことだろうか。レンさんの屋敷の近くにもいくつか店は確認できたが、用のない俺にとっては、どれがどんな店だなんて全く把握していなかった。

「わたしはあの店の抹茶わらび餅を初めて食べた時から虜でな、三日に一遍は食べないと我慢がならないのだよ」

 まったくもってどうでも良い理由であった。

「お前、この小屋にずっと籠っているって言ってなかったか? レンさんにもそう言っていたのだろう」

「三日に一度、こっそり村まで帰っていた」

「おい」

 何ともいいかげんな奴である。

「それはそうと、まだ壁の修理が終わってないだろう。終わるまで我慢はできないのか」

「できないな」

 きっぱりと言い切った。腹立たしいが、むしろ気持ちが良いくらいだ。

「これでも散々我慢した方だ。それに、わたしがいなければ修理はできないのだから、結局わたしが行くといえば行くことになるのだぞ」

 俺がやれやれといった具合に、諦めの溜息を吐くと、ミはそれを了承の返事と受け取ったか、

「では行こうか」

 と先頭切って歩き出してしまった。

 その様子をしばらく眺め、やがて俺は重い腰を上げた。



「きゃぁあ!」

「キョウ! 今のは!?」

「あ? 悲鳴のようにも聞こえたな」

 何の目印も無いと思っていたが、何度も通れば意外と覚えるもので、今は大体森を出るまで中程くらいまで来たかなと当たりを付けていた、その時である。甲高く短い女の悲鳴が聞こえた。音の大きさからしてそう遠くはなさそうだ。

「こっちの方角からだな。キョウ、行ってみよう」

 悲鳴を聞くなり、ミは駈けて行ってしまった。一瞬迷ったが、はぐれては後々面倒と考え直し、「ちっ」と露骨な舌打ちを一つしてからミの後を追う。

 何度か葉を掻き分けた末に二つの人影が目に入った。

 一人はヒナと同じような白髪の幼い娘。眩い白衣に、より映えるような緋色の袴姿。神社の巫女のような出で立ちである。だが、その白髪は、頼りなさそうなぼさぼさ頭であった。声やその恰好が無ければ男児のようにも思える。

 もう一人は壮年の男。手には木の枝のように歪な形をした刃物を手にしている。

 娘の目は恐怖に焦点が定まらなくなっているのに対し、その男の目はまさしく常軌を逸していた。まさに狂気そのものである。

 どちらを切るべきか、それは一目瞭然と言える。

「ああ!」

 娘は震える足で後退ると木の根に足を引っ掛け、尻餅をついてしまう。そして緩慢な動作で、身動きのとれない娘の頭上高く、男の刃物が振り上げられた。

「キョウ、ジュソは任せたぞ!」

「ちっ」

 またも指図をされたことに腹が立ったが、相手がジュソである以上、切らない理由はない。

 まず初めにミが娘のもとに飛び込み、そのまま娘を抱くようにして転げると、続く俺は草木を薙ぎ払う為に抜いておいた刀をそのままに、男の刃物が振り下ろされるであろう場所に身を滑り込ませ、その刃物が俺の脳天を割るより早く、男の腕諸共首を刎ねる。

 宙に舞った男の頭は空中でくるくると滑稽に回転すると、醜い悲鳴を上げながら、泥が空気に混ざり合うように消えていった。少し遅れて男の体が倒れると、同じように消え去った。

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