かわのほとりにて.六

「変なことをしてはいけないのはキョウの方じゃないのか? レンさんはキョウに言っていたのだし」

 俺達は二階へ上がると、各々自分の布団を敷き始めた。

 広間といっても十二畳である。しかし大して調度品なんかも置かれておらず、一人で使うには広すぎる広さだ。かといって、こんな女と共に一夜を明かせるかといえば、それは別の話。

「だからってお前に許されているわけではないだろう。まさか何かするつもりでいたのか? そんなことしてみろ、すぐさま首を刎ねてやる」

 俺は枕元に刀を大事そうに横たえながら言った。

「大体お前、女ならこういうことに対して少しは気に掛けることがあっても――ってぇ! 何をしている!」

「何って、布団を敷いているのだが……」

 言っていることはごもっともだが、問題はその位置だ。その位置は俺の布団の敷いてある所まで畳半畳分と離れていなかった。

「変なことをするなといった矢先何だ! 切られたいのか、貴様」

「変なこと? 女が布団を敷くことがか?」

「違う。場所だ。場所が近いと言っているんだ」 

「近い? ならどこなら良いのだ」

「もっと、その、あっちの方だ」

 俺は適当に、俺の布団が敷かれている場所とは反対の壁の方を指さす。

 ミは黙って指の先をしばし見つめた後、口を開く。

「嫌だ、それでは寂しい」

「ふざけるな! この阿呆女が!」

 昨日まで人里離れた森の中で寝泊まりしていた奴が何を言うか。

「ならばここでどうだ」

 ミは先程よりも気持ち離れた場所を指さす。

「駄目だ」

「ならばここは」

「駄目だ」

「この辺ならどうだ」

「駄目だ」



 幾度かそんなやり取りを繰り返し、ようやく布団の位置が落ち着いた。先程の位置から離れたとはいえ、この広さの部屋で考えれば、まだ近過ぎるくらいだと思うが、言い合っているうちに何だか馬鹿馬鹿しく思えてきてしまい、そんな馬鹿馬鹿しい茶番劇を演じている内の一人が、あろうことかこの自分だなんて考えると耐えきれず、思わず適当なところで「勝手にしろ」と、妥協を口にしてしまった。

「羊が一匹、羊が二匹」

「…………」

「羊が三匹、羊が四匹」 

「…………おい」

「羊が五匹」

「おい」

「羊がろ――」

「おい!」

「ん?」

「何なんだ、それは」

「それとは何のことだ」

「その羊がなんたらってやつだよ! 鬱陶しくてかなわん」

「…………、そういえばキョウは数えないのだな、羊」

「数えるか、阿呆が」

 そんな西洋の子供騙しのおまじないを信じている奴がいたなんて……、そもそもこの島に羊なんかがいるのだろうか。

「それならばキョウは何を数えるのだ? 犬か? 猫か? トカゲか?」

「何も数えん。余計なことしなくても横になれば自然と眠るだろう。それで眠らなければ体が睡眠を欲していないということだ、その時はあきらめろ」

「…………」

「…………」

「キョウ、明日からまたジュソを退治しに行くのか?」

「ああ、お前だってそうだろう」

「キョウ……そのことで一つ頼みがあるのだが、訊いてはくれぬか?」

「無理だな。お前の頼みなど御免だ」

「……そうか。…………キョウ、やはりもう少しそちらへ寄ってもよいか? その方が小さい声で話せる」

「無理だ」

「…………」

「…………」

 本当にどういう心算だ。会ったばかりの男に対して馴れ馴れしく接してくる。不愉快、不快極まりない。それともただのガキなのか。ヒノトやツヅミと同じような。ならば奴らと同じような扱いをすれば良いのだろうか。わからない。しかし、俺の初太刀を受けたあの時の様子、表情。先程までの腑抜けた態度。わからない……。

「…………」

「…………?」

「…………」

「ん?」

 妙だ。急に返答がない。

 そう思っていると、隣から微かな音が聞こえてきた。

「くぅ……くぅ……」

 ……寝てやがる……阿呆が。

「はぁ……」

 こんな溜息を吐くのも何時ぶりだろうか……。

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