3章 その6

「ふーん」


 リュミエールはつまらなさそうにコーヒーを飲んでいた。


「ふーん、って、自分から聞いといて興味なさげだね……」


 父はそんなリュミエールの態度を見て軽く嘆いた。


「だってさア……もっとババっと話しかければ一発だったんじゃない?」


「……リュミエールには本当にリュシールによく似たね。そういうサバサバしたところが」


「女の子はそういうグズグズした人よりバシッと引っ張ってくれる人が好きなのよ。お父さん、わかってないわね」


「……」


 父はコーヒーを少し飲んで一息ついてから付け加えた。


「ちなみに、アルベール……オランドさんと知り合ったのはそのすぐだよ。あいつは彼女の幼馴染だったんだ」


「えっ、なにそれびっくり。ということは……お父さんはオランドさんから彼女を奪い取ったの? やるね」


 リュミエールは態度を一変させて、興味深そうに言った。


「そこには興味津々なんだね……。いや、そんなにドロドロした話じゃないよ。彼はその過程を見ていたし、既に他の女性と付き合っていたしね。まあ、この話はまた別の機会にでもしてあげようか」


 父はコーヒーを一気に飲み干した。そして店の奥にある掛け時計を見て続けて言った。


「おっと、もう結構いい時間じゃないか。面倒くさいマスターもまだ仕事が忙しいみたいだし、お話はおしまい。そろそろ行こうか。まだ僕は目的の品を買ってないし」


 父が言い終わった直後、マスターが聞きつけて戻って来た。


「おう、俺を呼ぶ声が聞こえた気がするぞ」


「呼んでない。君も結構地獄耳だね……。そんなことより仕事中じゃなかったのかね?」


「お客様に返事をするのも立派な仕事だぜ」


「調子いいことばかり言って……。僕らはこれで失礼するから、お勘定頼むよ」


「へいよー。もうすぐ祭りの時期だから、俺たちは書き入れ時だ。これから混むからこんな話をしてる暇すらないぜ。ちったあ大目に見てくだせえ」


「ああ、そうか。もうすぐ祭りか。ということは祭りの準備期間中か。懐かしいな。リュシールと一緒に行ったことを思い出すよ」


 父は会話の最中、懐かしむように呟いていた。リュミエールは二人の話を聞いてまた興味を持った様子で父に訊ねた。


「お祭りがあるの!?」


 父は彼女の言葉に気付き、答えた。


「『灯火祭り』という、毎年夏にやるお祭りさ。元々漁師たちが豊漁や安全を祈願するために夜に小さな火を持ち寄るというものだったらしいけど、光の技術が発達してからは街中を綺麗な光で満たすお祭りに変化していったんだ。と、リュシールから聞いたよ。彼女は漁師の家だったしね。今では君も見た通り、素晴らしい光であふれている。きっと僕がいた十五年前よりももっと素晴らしいものになっているだろう。今マスターから聞くまですっかり忘れていたが、僕も俄然楽しみになってきたな」


「祭りは来週の日曜日、ちょうど一週間後だぜ」


 マスターは二人の会話に割って入り補足を入れた。


「あたしも絶対そのお祭りに参加するわ!」


 リュミエールはいつものように好奇心をさらけ出して食いついていた。父にとって、彼女のキラキラした表情を見るのが嬉しかったためか、にっこりと微笑んだ。


「言うと思ったよ。そうだな、夜だから流石のリュミエールとはいえあまり出歩かせたくないのだけど……うむ、僕と一緒なら大丈夫か。よし、約束だ。一緒にお祭りに行こうじゃないか」


 父は笑顔で言った。


「わーい! ありがとう、お父さん!」


 リュミエールは勢いよく父に抱き着いて喜んだ。父はその様子に、リュシールの天真爛漫な面影を見た気がした。彼女と交流を深めるごとに現れ出た明るさに父はいつも救われていた。それが娘に受け継がれていることが、何よりも嬉しく感じていた。


「それじゃ、また来なよ。奥さんにもよろしくな、バジル」


 マスターは言った。


「ありがとう」


 父は一言だけ言って席を立った。マスターはどうやらリュシールが既に亡くなっていることを知らないようだ。しかし、父はそこに突っ込まなかった。父は明るく喜ぶリュミエールの前でわざわざしんみりとした空気にしたくなかったのだろうか。それとも思い出話の余韻にも浸りたい気分だったのだろうか。リュミエールもそれを察し、何も言わなかった。


「それじゃ、また」


 学生時代、マスターにここに通っていたときと同じ別れの挨拶をして喫茶店をあとにした。

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