第四章 お家を探そうーマイホームー

第36話 サキュバスちゃんー1

 サキュバス……夜な夜な男性に対し淫らな夢を見せ、その対価に精力を少し奪っていく……。

 俺が魔王城で見た資料、そしてモンスター図鑑に書かれている事を総合するとこんな感じだ。

 そんなサキュバスの話題が今、冒険者組合の隅のテーブルで暗い顔をしている男達を悩ませていた。


「どういう事だ? サキュバスだなんて……もしかして現れたのか!」


 俺は出会った事がない、そんな夢のようなモンスターに興味津々になる。


「ああ、実はな……サキュバスのインムちゃんがやらかしちまったんだ」

「インムちゃん?」

「淫らな夢と見せてくれるからインムちゃんと呼ばれているんだ」

「なるほど……そのインムちゃんが何をやらかしたんだ?」

「いつもなら先払いでいい夢を見させてもらうんだけどよ……」

「えっ何? そのインムちゃんは商売してんの?」


 ガストがこちらを向き「何を言ってやがる」というような顔で見てくる。


「大都市なら大体ひっそりではあるが商売として成り立ってるぞ」


 そんな言葉を聞き、もしかしたらサキュバスも勇者免許を持っているのかもしれないな……と思ってしまう。


「だが、今回はまずい。間違えて貴族の――しかも既婚者の所に忍び込んで淫夢を見せたらしいんだ……」

「なるほど、その貴族の奥さんが切れたのか?」

「ああ、男の方は逆に喜んでいたが奥方がなぁ。ハハッ、女の嫉妬は怖いってこった……」

「ふむ……それで? どうなるんだ? そのインムちゃんは」


 ガストが自慢のモヒカンをまるで小さい動物でも撫でるように優しく触る。


「先日……奥方が討伐を受付に依頼したんだ……」

「それでお前達はここ数日暗い顔してたのか?」

「ハハッ、まぁな……俺達のアイドルであるインムちゃんに手をかけるような輩はいないだろうが……」

「女性陣か。男なら無理でも女なら容赦はしない……と」

「その通りだ。困ったもんだぜ……ハハッ、でも冒険者組合も受けないとは思うが……」

「なぜだ? 一応はモンスター討伐だろ?」

「インムちゃんは勇者免許をちゃんと持っている。だから冒険者組合に守られるのさ」

「どういう事だ? なんで勇者免許を持ってると守られるんだ?」

「そうか――お前は田舎者だったな……勇者免許を持っていたら勇者同士の殺し合いはご法度なんだよ。もし勇者免許を持っている冒険者を殺した場合、冒険者組合側からの仕事を一切請け負えなくなる。だから勇者免許を持っていたら冒険者組合に守られるんだ。例外としては戦争での命の奪い合いは自己責任という事だ」

「そうなのか……ならインムちゃんも安全じゃないのか?」

「それがな……」


 ガストの顔がさらに暗くなる。


「冒険者組合が依頼を拒否し続けたおかげで奥方も最終手段にでたらしい」

「最終手段?」

「裏冒険者組合のところに行ったそうだ」

「裏……なに?」

「裏冒険者組合――つまりは冒険者組合側からの仕事を請け負えなくなった勇者達のための仕事斡旋業者さ……そこで仕事をしている奴らをはぐれ勇者って言うんだ」

「そんなものがあるのか……」

「盗賊なんかも裏冒険者組合に登録している。そこでは殺人、強盗、恐喝――なんでもありの世界なのさ」


 俺はガストの横に腰かけ真剣に聞く。


「これからどうするんだ?」

「わかるだろ――裏冒険者組合の連中は実力だけは凄いんだ。俺達が出ていっても、こっちは殺すことはできない。だが、向こうは躊躇なくこちらを殺してくる。正直どうしようもないんだ……」


 なるほどな、裏冒険者組合に集まる連中は性格に難はあるが、実力は相当な連中ばかり……。

 そしてこちらは冒険者を殺せないというハンデがあり、向こうにはそれがない。

 相当に分が悪いという事だ――


「なら俺がなんとかしようか?」


 ガストがこちらをちらりと見て鼻で笑う。


「お前になにができるって言うんだ……」

「そのインムちゃんを守ればいいんだろ?」

「それは……そうだが……できるのか?」

「任せろよ」


 俺は言いながら親指を突き立てる。

 ガストが「ハハッ」と笑いながら鼻を指でさする。


「ところでインムちゃんに会いたいんだが……」

「それなら任せてほしい。あとで連絡してお前の部屋に行かせるよ」

「助かる」


 俺は席を立ちまーちゃん達のところまで行く。

 そして適当に料理を注文し、その日は風呂に入らず部屋で待機する。




 夜――月が窓から見える時刻、既にまーちゃんもフェリスも寝ている。

 そんな中コンッと軽く一回、ドアがノックされる。

 立ち上がり、ドアの方向に歩を進める――誰か確かめるためだ。

 ギィと音と共に開かれた扉の先に立っていたのは、腰から悪魔のような翼の生えた少女だった。


「あの……ガストさんに聞いてきたのですが……」

「ああ、俺は勇者。ゆーくんと呼んでくれ」

「は、はい。ゆーくんさんは――」

「いや、ゆーくんでいいよ。「さん」はいらない」

「は、はい。ゆーくん……は私を守ってくれるのでしょうか?」

「もちろんだ。好きなだけこの部屋にいてくれていい。ベッドも余ってるしな」

「あ、ありがとうございます!」


 俺はサキュバスのインムちゃんを部屋に入れ、まーちゃんの奥のベッドを使うように指示する。

 よく見れば髪はピンク色のカールがかかった短髪、そしてとてもスラリとした体つき、半袖半ズボンでボーイッシュというかラフな格好をしているが、女性としての出ている所はちゃんと出ている……。

 こんな子が裏冒険者組合に狙われるのか――


「それにしても大変だったな……間違えて既婚者に夢を見せちまうなんて――」

「そうなんですよ、本当はその貴族の息子さんからの依頼だったのですが……」


 親と子を間違えたのか……ちょっとしたミスだな。

 だが、息子は白状できなかったのだろう。

 いや、できるはずもないか……。


「当分の間、ここで暮らすといいよ」

「ありがとうございます。裏冒険者組合の依頼が通ってしまったそうで……店にいても迷惑がかかってしまうので行く所がなかったんですよ」

「店?」

「ええ、もしかして知りませんか?」

「聞いてない……教えてもらってもいいかな?」

「どんな淫らな夢もお見せします! 今日の夜を最高の一夜に! 淫夢サービス「今宵の夢」ファルス王国店二号店!」


 そんな事を言いながら猫を真似るポーズをするインムちゃんは確かに可愛かった――


「ファルス王国店ということは他の国にもあるのか?」

「それはもちろん、サキュバスもちゃんと勇者登録をして真っ当に生きていますよ」

「なるほど――二号店という事はなかなかに儲けているようだな」

「はいにゃ! がっぽり儲けているにゃ」

「にゃ?」

「す、すいません、つい店での語尾が……」

「なんだか大変そうだな……サキュバスも……」


 「にゃ」という語尾に驚きつつも俺はそんな事を言いながらベッドに潜り込む。

 もしもの為に聖剣を抱きながら――


「それじゃ、俺は寝るから。みんなにはインムちゃんの事は明日話すからそれでいいよね?」

「はい! もちろんですにゃ――もちろんです」


 どうやら店で使っている語尾は一度出るとなかなか抜けないみたいだ。


「その語尾は可愛いから無理して外さなくてもいいよ」

「本当ですかにゃ」

「ああ、もちろんだ」

「ありがとうですにゃ」


 そんな事を話しながら俺達は今日は寝ようとする――が、裏冒険者組合からの刺客……はぐれ勇者はそうはさせてくれないらしい。

 ガシャンと大きな音と共に窓が割れ、誰かが侵入してくる。

 すかさず俺は聖剣を手にインムちゃんのいる方向へ駆ける。

 そしてインムちゃんを背に何者かと対峙する……。


「お主……なかなかできるな」

「お前は、はぐれ勇者なのか?」

「ああ、その通りだ――今回の依頼は分かっているだろう? どいてほしいのだが……」

「そうはいかない、俺はこの子を守ると誓ったんだ。話し合いで解決できないか?」

「話し合い? 無駄な事よ」


 仮面をして頭までローブで隠しているが、声は野太い――男だろうか……。

 体格はローブで隠れているとはいえ意外に小さく、俺でも勝てそうだが、油断はしない。

 かつての仲間の盗賊ローグも体格はそこまでよくなかった。

 だが道具や技を見事に駆使し、勇者一行として認められていたからだ――

 恐らくこのはぐれ勇者もなにかしら特質すべき点があり、それを自負しているからこそ俺が前に立っても驚きもしない上に堂々としているのだ――つまりは強者という証だ。


「さぁどうする? その女を差し出すか、痛い目を見るかだが?」

「お前の好きにはさせないさ、インムちゃんは俺が守る」

「ゆーくん、かっこいいにゃ……」


 インムちゃんの前で恰好をつけてみたものの正直、相手の職もどんな攻撃を仕掛けてくるかも皆目見当がつかない……。

 ジリジリとお互いを牽制し睨み合う時間が続く――

 だが、意外な言葉がその静まり返った時間を終わらせる。


「ちょっと! さっきからうるさいわよ! 何してるのよ、人が寝てるのに……」


 まーちゃんが起き上がり杖を片手にこちらに近づいてくる。

 もちろん下着姿だ――

 はぐれ勇者の目がまーちゃんへと向けられ、今しかないという状況になり、俺ははぐれ勇者に飛び掛かる。

 もちろん殺すためではない、捕縛するのだ。


「こ……こいつ、卑怯だぞ!」

「卑怯もへったくれもあるか! 目を離したお前が悪い!」


 そう言いながら俺ははぐれ勇者の腹に乗り、両腕を頭の上に押さえつける。


「さて――その仮面の下はどんな顔か拝ませてもらうぞ?」

「や、やめろぉぉぉ」


 俺はその声を聞きつつ仮面を剥がす。

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