第23話 オークの巣窟ー2

「来たぞ!」


 俺の目線の先にいる緑色の皮膚を持つオークがこちらに向かって一直線に坂道を上ってくる。

 もちろん入り口には俺の仕掛けた罠――薔薇の茎がすでに置いてある。

 だが、それに気付くことなくオークは走ってきて茎に付いているトゲを踏む。

 当然オークの悲鳴が響き渡り、オークは入り口で転ぶ。


「よし! 今だ!」


 俺は片手に持った聖剣でオークを切り裂く――オークの悲鳴と共に血しぶきが上がる。

 死んだオークを確認し、死体を外へと出す。


「ゆーくん! 次が来るわよ」

「わかった」


 まーちゃんの言葉にすぐさま入り口へと戻る。

 するとまたオークがこちらに向けて駆けてくる。

 薔薇の茎に付いたトゲがまたもオークの悲鳴を誘う……。

 普通なら足の裏の皮膚が硬くなってトゲくらいなら踏んでも痛くなさそうだがどうやらこちらの世界の薔薇の茎のトゲは固いらしい。

 俺は街の道中で見かけ少し触った時、「これはいける」と思ったくらいだ。

 まるで元いた世界で盗賊職ローグが持っていた撒菱――敵の追手を振り切るための道具でよく見ると小さな鉄にトゲが付いたアイテム――を思い出したのだ。

 どうやら撒菱ほどの強度はないものの、一時的に痛みを発生させるには十分だったらしい。

 転げまわったオークを俺は切り捨て、すぐに死体を外へと運び出す。

 さすがに二メートルある巨体を運ぶのは一苦労だ……。

 これをもう何回程繰り返しただろうか? 俺はもう一方の入り口も気になり、リスティの方を見る。


「そっちは大丈夫か?」

「ええ、こちらは来なさそうですね。それにフェリスさんの土がだいぶ溜まってきたので恐らくはもう持ち上げられないかと……」

「そうか……フェリス、そろそろ魔法を止めていいぞ」

「わかったのん」


 絶賛<土精製クリエイトアース>をしていたフェリスに魔法を止めるように言う。

 そのまま続けても無駄にマジックポイントを消費するだけだからだ。


「ゆーくん! また来たよ!」

「はいはい」


 まーちゃんからのオーク切り捨て依頼を受けすぐに入り口へと戻る。

 またもトゲを踏んで痛みで転がるオーク、そしてそれを斬りつける俺――

 死体を運びつつオークの顔を見る、しかしコカトリス討伐の時とは違い罪悪感は湧いてこない。

 オークだからだろうか? 顔がブサイクだからか?

 そんな事を考えつつモンスター図鑑に書いてあったことを思い出す。

 オークの中には人の言葉を話す種類もいる――と、今回のはどうやら人の言葉を話さないらしい。

 なぜなら走りながら「ウガッウガ!」と訳のわからない言葉を発していたからだ。


「そろそろ二十匹程になるけど昨日逃げたオークは何匹だったんだ?」

「うーん……わからないわ」

「たぶんあと数匹だと思うのん」

「ふむ……」


 あと数匹――待っていてもいいが、殺す数が増えるごとに入り口に来る速度が落ちている。

 恐らく中のオークもこっちの入り口を警戒しているのだろう。


「ちょっと中に行ってくるわ」

「は? 待ちなさいよ! 私も行くわ」

「いや、中は狭いから俺一人でいいよ」

「何よそれ! お宝があったら独り占めする気ね!」

「その考えはなかったな」


 まーちゃんはしまったと自分の口を覆う。

 もちろん俺は宝があった場合でも独り占めするという考えはない。


「お宝あったら私にも渡しなさいよ! ああ、リスティ達には内緒ね! あの子達何もしてないし私達で独占しましょう!」

「いや、この作戦の立案はリスティだ。それにリスティもクリスもちゃんと見張りをしているだろ?」

「もう! 融通が利かないわね」

「当然だろ。独り占めなんてしたらそれこそ仲間割れの原因だ」


 俺は薔薇の茎を回収しオークの巣窟――蟻みたいに掘られた地面の中を、いつオークに襲われてもいい様に右手に聖剣を持ち左手で壁を探りながら慎重に、慎重に進む。

 後ろの入り口から差し込む光が少なくなった頃、前方に赤い光が見えてくる。

 恐らくは松明だろうか?

 その赤い光の場所に到達すると一つの部屋に出る。

 赤い光を確認するとやはり松明で、壁に掛けられていた。

 俺はその松明を壁から外し、聖剣の持っている右手とは逆の左手に持つ。

 辺りを松明で照らすと通路が三つあり、どの方向に進むか迷ってしまう。

 どうするか……。

 考えながら通路の方向に進むと足に違和感を覚える。

 靴越しとはいえ地面が柔らかいのだ――すぐさま下に目をやるとそこには絨毯が敷かれていた。

 なぜこんな所に? という疑問が浮かぶが、恐らくは行商の馬車でも襲ったのだろうと俺は一人で納得する。

 そして妙案を思いつき一旦みんなの所まで引き返す。


「お……何か見つけたの?」

「いや、それがな――」


 俺は下の部屋の事をまーちゃんとフェリスに話す。


「それで? どうするの?」

「まーちゃんかフェリス、どっちか炎系魔法は使えないかな?」

「使えるわよ? 一応魔王ですから!」

「うちも使えるのん! 一応賢者の子孫ですから! なのん」

「フェリス、まーちゃんと張り合わなくていいぞ。そうだな……フェリスが来てくれ」

「なんでよ!」

「いや、身長が低いし、いざという時はフェリスを抱えて逃げれるからなんだが?」

「むぅぅ」

「やったのん! 行くのん!」


 フェリスがまーちゃんにむけて万歳をし、まーちゃんは少し悔しそうな顔を浮かべる。


「それじゃついて来いよ。一直線だから迷子にはならないと思うがな」

「はいなのん」


 俺達は部屋の所まで下りる。

 そして絨毯をフェリスに見せて妙案を打ち明ける。


「この絨毯を派手に燃やして入り口を塞いだら煙で残った奴が死なないかな?」

「なるほどなん。でも絨毯一枚じゃ少ないのん」

「やっぱりか……この巣窟がどれだけ大きいかわからないもんな」

「そうなのん」

「それなら任せなさいよ!」


 後ろからまーちゃんの声が勢いよく飛んでくる。

 俺は驚きすぐさま後ろへと振り向く。


「お前――なんでここに?」

「ついてきたのよ!」

「残っておけばいいのに……三人来ると何かあった時逃げれないだろ?」

「そんな事より! さっきの案は中々いいわね!」

「そうか、でも絨毯一枚じゃやっぱり無理らしい」

「違うわよ! 毒の霧をこの通路に送るのよ!」

「ほぉ――」


 俺は思わぬ提案に耳を立てる。


「入り口を塞いでその隙間から私が毒の霧をこの通路に送って、外で待っておけば残りのオークも死ぬんじゃないかしら? その後は入り口をもう一度広げてお宝を――ぐふふ」

「換気に時間がかかりそうだが――」

「大丈夫よ! 解毒魔法も使えるわ!」

「なるほど……なかなかいい案だ、熱でもあるのか?」


 俺はまーちゃんの額に手を当てる。

 いつも変な事しか言わないのに今回はすごくまともで有益な提案だったからだ。

 まーちゃんはすぐさま俺の手を振り払う。


「失礼ね! 私はやればできる子なのよ!」

「なら昨日も一昨日も失敗するんじゃねぇよ」

「失敗じゃないわ! やや成功よ!」


 それは失敗って言うんだよ――と言おうと思ったが止めておく。

 堂々巡りになるだけだからだ……。

 むしろまーちゃんが提案した案を最初から使えば俺はオークを切り殺さずに終わったんじゃ? いや、さすがに二十匹ものオークが崩れ込んできたら今から塞ぐ入り口が持たないか――

 俺はまーちゃんの作戦を遂行するために入り口に戻る。

 ちなみに松明は元あった場所に戻しておいた。

 そして丘に出た後、体当たりを数回して岩のバランスを崩す。

 崩れた岩の間の隙間にはフェリスに頼んで軽く土で覆ってもらう。


「よし、そこの穴から毒の霧を頼む」

「任せなさいよ!」

「あと布か何かで口を塞いでおかないと、隙間から毒の霧が漏れてまーちゃん自身が毒状態になるんじゃないのか? ほれ」


 俺は布をまーちゃんに差し出す。

 するとまーちゃんは俺に得意げな顔を向ける。


「私には必要ないわ! 何て言っても私は魔王! 毒程度は完全無効化できるのよ」

「え、何それすごい」


 勇者の俺でも毒を完全には無効にできない。

 できるのはせいぜい毒が体内に回る時間を延ばす事くらいだ。


「それじゃ始めるよ! <毒霧ポイズンミスト>」


 穴に突っ込まれた杖から毒の霧が出ているのか隙間から紫色の煙が少し出てくる。


「まーちゃん、魔王カード貸してくれ」

「何でよ!」

「ちゃんと殺せてるか確認するんだよ」

「イタズラしないでよね!」


 杖を持っている手とは逆の手でバッグから魔王カードを取り出しこちらに渡してくる。

 俺はそれを受け取りモンスター討伐数である真ん中下部分を見る。

 少し時間が経った頃、魔王カードに変化が現れる。

 オークの数字が一匹、また一匹と増えているのだ。


「やったぞ! 成功だ」

「当たり前でしょ! 私の作戦に抜かりはないわ!」


 そう言いながらまーちゃんはガッツポーズを決める。

 あれ? 杖、抜けてるんだけど――風が吹きもわっとした煙が俺の顔へと掛かる。


「ゴホッてめぇ! ゲホッ何が――抜かりはない……だ」


 俺は急に息苦しくなりガクリと膝を折り、首に手を掛ける。

 どうやら毒状態になったようだ――

 それを見てまーちゃんが慌てて杖を穴に差し込む。


「<状態異常回復キュアヒーリング>」

「ゲホッ――あり……がとうな、フェリス」

「いいのん」

「全く……最後の最後に――やらかすな、まーちゃんは」

「仕方ないじゃない! つい、よ。つい――」

「つい、で俺は毒にさせられたんだ」

「いいじゃない! 治してもらったんだから」

「全く――」


 俺は魔王カードを拾いオークの討伐数を確認する。

 また一匹死んだようだ。




 数分経った頃、オーク討伐数は増えなくなった。

 恐らく全滅したのだろう。

 もしかしたらまーちゃんと戦った時、この毒の霧を使われてたら俺も危なかったかもしれない。

 とはいっても使わせる隙を与えなかったとは思うが――


「よし、そろそろいいかな。恐らく全滅だ!」

「やったぁ!」

「やったのん」


 喜びの声を聞き状況を理解したのか俺が呼ぶ前にリスティとクリスがこちらに向かってくる。


「終わったのですか?」

「ああ、まーちゃんの作戦が大成功したんだ。毒の霧で恐らく中のオークも全滅だ」

「すごい!」

「もっと褒めて!」

「すごいです! まーちゃんすごい!」

「もっと! もっとよ!」

「いい加減にしろ! リスティもこの人を甘やかしてはいけません」


 クリスの言う通りだ、甘やかしてもらっては困る。


「いいじゃない! ケチ――」

「はいはい、それじゃ岩をどけて換気するからみんな離れろよ」


 俺の言葉にみんなが少し距離を取る。

 俺は布を口を覆う様に首に巻き、自分に肉体強化の魔法を掛ける。

 そして岩を持ち上げる。

 ドスン、ドスンという音と共に岩をどかしていき、すぐに入り口が露わになる。


「少し休憩するか――」

「入らないのですか?」

「まだ毒の霧が残ってるからまーちゃんくらいしか探索に行けないしな。あ、こら!」


 俺の言葉にすぐさま反応したのはまーちゃんだった。

 どうやら宝物を独り占めにするらしい……。

 どこまで強欲なんだまーちゃんは――

 毒に対して完全無効化できるのはまーちゃんだけで他の面々は待つしかない。

 まーちゃんは帰ってきたら叱る事にしよう。

 俺達は腰を下ろして空を眺める。

 空はとても青く透き通っていた――

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