第15話 朝、旅立ち

 俺は腹部に重みを感じ目を覚ます――いつも通りの重みだ。

 その重みに目をやるとフェリスがのそりと腹に乗っている。


「おはようフェリス」

「おはようなのん」

「今は何時くらいだ?」

「わからないん」

「そうか――この世界には時計がないのか」


 俺は窓に目をやる。

 光が差し込んでいて恐らくは八時以降ではないかと思われる。

 昼まで寝ていた――という事はなさそうだ。


「朝飯食べるか」

「お腹減ったのん」

「まーちゃんは?」

「寝てるのん」


 俺は上半身を起こす。

 するとフェリスがずるずると太腿までずれ落ちる。

 正面のベッドにいるまーちゃんに目をやると、下着姿で布団を蹴り飛ばし「ガー」と地響きが起きそうなおっさんが掻きそうないびきをしていた――こいつは本当に女なのだろうか?

 フェリスを太腿から下ろしまーちゃんのところまで行く。

 もちろん起こすためだ。


「まーちゃん起きろ。朝だぞ」

「ガー」

「起きろ、朝飯だぞ」

「グー」


 揺さぶってはみるものの一向に起きる気配がない。

 セバスはこいつをどうやって起こしたのだろう? そんな事を考えつつ揺さぶり続ける。


「おーい、起きろ」

「グー」

「起きろって――」

「ガー」


 いい加減腹が立ってきた俺はまーちゃんの顔を鷲掴みにする。

 そしてメリメリと音がするほど力を入れる。

 もちろんまーちゃんは途中から起きて抵抗しているのはわかっている。

 しかし俺は少しの間、悶絶しているまーちゃんを楽しむ。

 ある程度楽しんだ後、俺は手を離し「おはよう」と言葉を浴びせる。


「何するのよ! 頭おかしいんじゃないの! 人が気持ちよく寝てるのに!」

「いや――お前が起きないから、すまん」

「さすがゆーくん。起こし方が人とは思えないのん」


 顔を両手で抑えるまーちゃんを放っておき俺は自分の服を着る。

 着ると言っても上のベストを羽織り、手袋をするくらいだ……。

 まーちゃんやフェリスみたいに下着姿で寝る癖はない。


「お前も早く着替えろよ。朝飯行くぞ」

「謝りなさいよ! 私に謝りなさいよ! 土下座よ!」

「いいから着替えろ」

「うち着替えたのん」


 さすがはフェリスと言うべきか――俺が準備し終える前にすでに自分の準備を済ませている。


「あとはまーちゃんだけだから先行っとくぞ」

「ちょっと待ちなさいよ!」

「この人遅いん」


 俺とフェリスはまーちゃんの制止を振り切り食堂に向かう。

 椅子に腰かけ料理の受付嬢に適当に朝飯を頼む。

 すると出てきたのはパンとコーンスープ、そしてベーコンエッグとサラダだ。

 元の世界でも定番だった軽食だ――

 朝食を持ってきた受付嬢にオレンジジュースもついでに頼んでおく。

 「フェリスは?」と聞くと「うちも!」と言うのでまーちゃんの分も合わせて三人分を頼む。

 横のフェリスを見ると目が合う。

 そしてどちらが言うでもなく「いただきます」と両手を合わせ言葉を食材にかける。

 いつぶりだろうか? こんなまともな朝食を食べるのは――


「ちょっと! 私を待ちなさいよ!」


 ベーコンをかじると同時に後ろから声が飛んでくる。


「まぁ座れよ。まーちゃんの分もちゃんと頼んだから」

「それはよくやったわ。でもね、あの起こし方はないんじゃない?」

「ならどうやって起こせと言うんだ」


 まーちゃんが後ろから俺の正面に回りドカッと大きな音を立てて椅子に座る。


「もっと優しく起こしなさいよ!」

「優しく揺すったぞ?」

「知らないわよ!」

「やっぱりアイアンクローでいいじゃん」

「痛いでしょ! そんな事もわからないの?」

「朝飯抜きでいいなら起こさないけど?」

「むぐぅ……何とかして優しく起こしなさいよ!」

「難しい事言うなよ」

「この人もう放っておいてもいいのん」

「このクソガキ!」


 まーちゃんがフェリスのベーコンを素手で取ろうとするが、それを察知したフェリスがフォークで防御する。

 まーちゃんは痛みのためかすぐに手を元あった場所へと戻す。


「痛いわねこのクソガキ! 後で吠え面かかしてあげるから表へ出なさい」

「その前に朝食を食べなさい」


 俺はまーちゃんを睨みつけフェリスの頭を撫でる。

 フェリスはふんと鼻息を鳴らす。


「オレンジジュース三つお持ちしました」

「ああ、ありがとう」


 運ばれて来たオレンジジュースを各々受け取り一口飲む。

 濃厚なオレンジの味が口の中に広がる。


「全部でいくらですか?」

「朝食三人分とオレンジジュース三つで合計三銀貨と九銅貨です」

「結構するな――」


 ボソリと呟き、俺は小袋から四銀貨を取り出し受付嬢に渡しお釣りを貰う。


「それで? 今日は何するのよ」

「ああ――今日はここから東に行ってファルス王国に行こうと思う。人間第一主義らしいがそれは貴族達の間だけで商業国らしく色々な種族が出入りを許されてるらしい。そこを拠点にしようと思う」

「ふーん、人間第一主義ねぇ……。気に入らないわ」


 まーちゃんがおもむろに左肘を机に置き左手で顔を支えつつ右手のフォークでベーコネッグの黄身部分を突き刺す。


「何が気に入らないんだ?」

「人間が一番偉いと思ってる事がよ」

「まぁ貴族だけだし他の人間はまともらしいぞ?」

「貴族連中ってそういう人間多いわよね。特に人間は爵位を手に入れるとまるで自分の力が増したように振舞うのよね」


 そんな事を言いながら半分に切り分けたエッグをフォークで口の中に綺麗に放り込む。


「確かにな……お前は正しい」

「でしょ? ならここは魔族が支配している地域に行くべきよ!」

「いや、近場でよさそうな所がここしかないんだ」

「むぅ……なら仕方ないわね」

「まぁ問題があれば違う街に引っ越せばいいしな」

「そうね。それで何時間かかるの?」

「大体――二日らしいが」

「馬車で?」

「いや、歩いてだ」

「は? 何で! 馬車は?」


 そう言われると確かにそうだ。

 山の上にいるとはいえファルス王国に行く馬車があってもよさそうだ。


「後で受付嬢にでも聞いてみるよ」

「そうしなさい。歩くなんて御免よ」


 俺とフェリスは食べ終わりオレンジジュースを最後にゴクリと飲む。

 そして立ち上がり宿屋の受付嬢の所まで行く。

 もちろん俺の後ろをフェリスはついてくる。


「すいません」

「はい。何でしょうか?」

「ここからファルス王国まで行く馬車とかはないんでしょうか?」

「えっと……ありませんよ」

「一つも?」

「ええ、勇者になる資格がこの山を登る事なので馬車などは神殿側が許さないんです。物資とかを輸送するための馬車は例外ですが」

「なるほど」


 つまりは人間やその他種族でもこの山さえ登れれば勇者になれるのか――つまりはゴブリンとかでも山道で人間等から攻撃さえされなければ勇者になれると……。

 俺は昨日見たアンデッドを思い出す。

 よく攻撃されなかったな、あのアンデッド――


「あの――」


 俺が考え込んでいる中、受付嬢から声がかかる。


「何ですか?」

「昨日ドラゴンを倒したのはそちらのお嬢さんと聞きましたが……」

「ええ、そうですけど」


 受付嬢は俺の背中に隠れるフェリスを覗き込む。


「ファルス王国に行くなら伝書鳩を飛ばして先に冒険者組合に知らせておきましょうか?」

「そんな事までしてくれるんですか?」

「ドラゴンを一撃で屠った冒険者なんて貴重ですよ! ファルス王国でもそんな実力を持った冒険者はなかなかいません! 先に知らせておけば歓迎もされますよ! きっと……」


 ふんと鼻息荒い受付嬢が身を乗り出し力説してくる。

 歓迎されるのはありがたいが厄介な依頼を回されるのは勘弁だな――と思いつつ伝書鳩を飛ばして貰う事にする。


「ついでに――ファルス王国は冒険者組合の近くに宿屋とかあります?」

「ああ、冒険者組合の中にも宿屋はありますよ。値段は少し高いですけど……」

「それじゃ伝書鳩で三人が泊まれる部屋を空けて置いてほしいという事も書いてくれると助かるんですけど頼めますか?」

「それくらいなら任せてください。今日出発で到着は約二日後でいいでしょうか?」

「お願いします。迷わなければですけど――」

「大丈夫です。途中途中でこの神殿に来る人に出くわすと思いますのでその人達に聞けば教えてくれますよ。きっと」


 確かにこの神殿に来る人は多いだろう。

 それは昨日の人数を見ればわかる。

 とりあえずは歩いて下山しつつファルス王国に向かうか……。

 俺は受付嬢に礼を言いまーちゃんの所まで戻る。

 丁度朝飯を食べ終わりオレンジジュースを最後の一滴まで飲み干していた。


「まーちゃん、残念なお知らせです」

「何よ」

「馬車はないってよ」

「は? 何言ってるの? 歩いて行くとか私を殺す気?」

「勇者と互角に戦えるのに二日歩くだけで死ぬんだ……」

「物の例えよ。馬鹿ね!」

「一応考えてはいる。荷馬車は例外としてここに来るらしい。それを乗っ取ろう」

「さすがね! ゆーくんらしい発想だわ。気に入った! 乗っ取りましょう」

「嘘だよ、そんな事したら俺らお尋ね者じゃないか」

「ばれなきゃ平気よ」

「ゆーくんこの人本気で言ってるのん」

「ああ、こいつはダメな子だからな」

「何よ! あんたが提案したんじゃない!」

「この神殿に来る人の数を見ただろ? そんなどこに目があるかわからない道すがらで荷馬車を乗っ取るのは危険すぎる」

「なら最初から言わなきゃいいでしょ!」

「お前が納得しないだろ。むしろ俺が言わなきゃお前が言いだしてただろ」

「当たり前でしょ」


 ふふんと鼻を鳴らし満足げな笑みを浮かべるまーちゃんを立つように促す。


「二日歩くけど我慢しろよ」

「わかったわよ! 仕方ないわね」

「フェリスも我慢しろよ」

「わかったのん」

「休憩も挟むしダメだと思ったらおんぶもしてやるからな」

「私も?」

「いや、まーちゃんはちょっと……」

「何でよ!」

「当り前だろ」


 そんな会話をしながら部屋に帰り身支度を整える。

 宿屋の受付嬢に挨拶をすると伝書鳩は既に飛ばしたらしく笑顔で送り出してくれた。




 神殿前に行き地図を広げる――

 今から行くファルス王国への旅路を確認するためだ。

 周りからは肉を焼いた香ばしい匂いが漂い、この時間から屋台がやっている事から夜に登山している人――もしくは人がいない時間を狙って人外の者がこの神殿に訪れるのだろうと思わせる。

 ふと振り返るとやはり神殿は壮大で青く澄んだ空がより一層際立だせている。

 まるで絵画を切り取った様な雰囲気だ。


「ほら! 早く行くわよ」

「ゆーくん早く来るのん!」


 二人の言葉に俺は振り返る。

 すでに先に歩みを進める二人を見つめながら考える。

 二日歩きファルス王国へ……その後は冒険者組合に行き歓迎を受ける。

 のんびりと旅をするのも悪くないな……。

 そんな事を思いながら俺は一歩を踏み出し、そして気付く――


「お前達、そっちは逆方向だぞ!」

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