第6話 異世界到着

 転移させられ無事に別世界――異世界――へと到着した俺達の目の前には大きな神殿があった。

 壮大で大きさも辺境の城並みにあるのではないかという程だ。

 その神殿の作り込みも凄まじく、ドワーフの名工達が作ったのではないかという程で、つい見惚れてしまう。

 そんな中様々な食べ物の匂いが俺の鼻腔をくすぐる。

 辺りを見回し、その発生源を探るとすぐに理由がわかった。

 神殿の左手にはまるで夏祭りを思わせるような屋台の数が出ていたのだ。


「ゆーくん何か食べないん?」


 フェリスを見ると口元から涎が少し垂れている。

 まだ昼飯には早い気もするが、今後の計画を練りながら食うのも一つの手だ。


「よし、少し何か食べるか。フェリスは何が食べたい?」

「ん~、ゆーくんは?」

「そうだな……」

「私は肉が食いたい!」


 まーちゃんは相変わらず我先にと決める。

 もう少しフェリスを見習ってほしいものだ。


「まぁ屋台を見て回って決めようか」


 俺は無難に見た後から決める事にする。

 後からあれがよかったと後悔したくはないからだ。

 転移前に小さな神様から貰った小袋を開き、中に入っていたメモをポケットにしまう。

 そして中にある金貨を眺める――この世界の相場をこの屋台等からある程度は知っておきたい所だ。

 俺達は一通り屋台通りを練り歩き自分が食べたい物を買い揃える。

 言語も小さな神様が言っていた通り元の世界と大差ないようだった。

 そして転移してきた所――神殿から見て正面にある噴水――の周りに置かれている机に、買ってきた食料を置き椅子に座る。


「結構買ったな――」

「いいじゃない! そう! これは転移記念よ」

「お前が一番買ってるんだけどな! 特に値段が高い肉を大量にな!」

「転移記念よ!」

「まぁいい、フェリスは少ない気もするがいいのか?」

「大丈夫、足りなかったらゆーくんのを貰うん」

「そっか――」


 フェリスは人見知りのため、まーちゃんを警戒しているのか俺の方に椅子を近づける。

 これは追々慣れてもらうしかない。


「にしても美味しいわね。文明レベルはまだまだだけど食事に関しては合格ラインね」

「どんなラインなんだよ」

「ゆーくんこれ食べる?」

「ああ、ありがとうフェリス。代わりに俺のもあげるよ」


 俺とフェリスが食事を終えても、まだまーちゃんは買った食料を必死に胃袋に詰めている。

 そんなまーちゃんをため息交じりに眺めつつポケットにしまってあった紙を取り出す。


「ゆーくん、それは何なん?」

「小さな神様が言ってた紙だよ。これからの事が少しは書かれているみたいだ。ええと……まずは神殿に行き免許をもらえと書いてるな」

「ゆーくんやっとコドラ自動車乗る気になったん?」


 コドラ自動車とは俺の元いた世界の交通手段だ。

 維持費である餌代もさることながら動かすためのコドラ――でかい二足歩行のトカゲ――の捕獲に金がかかる。

 もちろん俺にはそれを払う余裕がなかったので免許も取らなかった。


「違う。勇者と魔王の証みたいなものらしい」

「うちも取れるん?」

「どうだろうな――フェリスはもしかしたら俺よりすごい勇者かもしれないぞ?」

「おお!」


 母親の腕力の事を考えると本当にありそうで怖い。

 ただでさえ爺さんの魔法適正も受け継いでいるので、それにあの腕力が将来身に着くと「ハイウォーリア」――剣技も魔法も使いこなせる最上級職になるだろう。

 それに勇者という天から選ばれた称号がつくと俺より上の存在になってしまう。


「わだしもしゅぼいぎゅうじゃかもお?」

「まず食ってから喋れ。でないとわからん」


 まーちゃんの頬は食料でパンパンになっており、何を言っているのかわからない。

 俺の注意を受けすぐさまお茶で一気に胃の中に流し込む。


「私もすごい勇者かもよ?」

「お前魔王だろ」


 まーちゃんが「はっ」と自分の存在を再確認する。

 四百年間一緒に暮らしたがまーちゃんってこんなに馬鹿だったっけ? という疑問が俺の頭を悩ます。


「まぁ魔王である私にかかればどんな勇者であろうとイチコロよ!」


 偉そうに言うまーちゃんは放っておいて俺は紙に書かれている続きを読む。


「免許を取った後は周辺の地図を買い拠点になる街を決めましょう」

「おー、街どこにするか悩むん」

「そうだな……学校があるところが――」

「ないところがいいのん!」


 フェリスは体を突き出し強く否定する。

 異世界に来た一番の理由が「学校に行きたくない」だから仕方ない、ここは一考するべきだろう。


「次は――神殿の右側の建物に行きスキルや技を会得する事」

「ああ、ゆーくん。あれの事?」


 まーちゃんが指さした方向を向くと屋台通りとは反対の所に横に長い建物がある。


「あそこで間違いないだろうな。それにしても今更スキルとか技とか言われてもな」

「必要な魔法は私覚えてるから今更いらないかな」

「うちもいらないのん」

「まぁ説明だけでも聞きに行こうか。そして最後に――「がんばって」らしい」

「ちょっと肉買ってくる!」

「うちもゆーくんの手伝いがんばるのん!」


 まーちゃんとフェリス……どっちが子供かわからなくなるな。

 俺はそんな事を思いつつ渋々金貨一枚をまーちゃんめがけて指で弾く。

 金貨を受け取ったまーちゃんが勢いよく走りだす。

 そんなに美味かったのだろうか? 肉料理――


 まーちゃんが帰ってきてお釣りを受け取る。

 買ってくる前ですら結構な量を食べたはずなのに買ってきた量はそれすら凌駕している。

 俺とフェリスの分も買ってきたのだろうか?


「お前それ一人で食うの?」

「当たり前でしょ!」

「この人、食べ過ぎなのん」


 俺とフェリスが呆れ果てている中、まーちゃんは手を休める事なく食料を口の中に放り込む。

 こいつの胃袋はどうなってるのか解剖して見てみたいものだ。


「ちょっと地図がないか屋台をぶらぶら見てくるわ」

「うちもいくん」

「いっでらっじゃい」


 まーちゃんの食事は終わりそうにないのでフェリスと屋台を見てまわる。

 屋台には料理以外にも色々と売っている。

 名工が作ったであろう剣や盾、その他にもモンスター図鑑等も売っている。

 今必要なのはこの土地の周辺が書いてある地図だ――フェリスがパタパタと俺の前を駆けていく。

 そして一つの屋台の前で足を止め、何かを眺めている。


「何か欲しい物でもあったか?」

「地図ってこれのことじゃないん?」


 俺はフェリスの指さした方向を見る。

 そこには地図専門の店なのか大陸の地図から辺境の地図等色々な地図が置かれていた。

 その屋台を見つけたフェリスに「でかした」と言い頭を撫でる。


「らっしゃい」

「店主、この周辺の地図はないか? できたら街とか載ってる物が欲しい」

「詳しい奴は少し値が張るよ」

「値段は気にしなくていい。できるだけ正確なのを頼む」


 地図と言っても子供が描いたような物は論外だ。

 昔冒険していた時に魔法使いの爺さんが言っていた言葉を思い出す――「情報」こそ最も重要な武器である、と……。

 事あるごとに聞かされ、その重要性も散々見てきた。

 例えば簡素な地図だと目印となる森などが描かれてないなかったりしていて、本当に今行っている道が正しいのか判断ができなくなる事があるのだ。


「今あるのは……これかな。これ以上詳しいのは街の地図屋くらいしかないよ」

「なるほど、ちょっと見せて貰ってもいいか?」

「汚さないでくれよ」


 俺は渡された地図をじっくり眺める。

 街の位置や森や山、川も描かれている。

 これなら迷わずに街にも行けるだろう。

 フェリスも俺の下から見ているがわかるのだろうか?


「店主。これを貰おうか――値段はいくらだ?」

「あいよ。二金貨と三銀貨だよ」

「結構取るんだな」

「それくらい詳しいのだと適正な値段だよ。むしろ安いくらいだ」


 この世界の料金――この屋台通りで見た感じだと銅貨一枚が俺達の世界の百円。

 お釣りなどから計算して銅貨十枚で一銀貨、つまりは千円。

 そして銀貨十枚で金貨一枚、一万円と考えられる。

 つまりこの地図は二万三千円程だ。

 素材は触った感じ元いた世界の羊皮紙と大差ないだろう。


「わかった、払うよ」


 俺は指定された額より銀貨を五枚ほど多く渡す。


「お客さん多いよ?」

「その五枚で少し教えてほしいんだ」

「情報代かい? それで……何が知りたいんだ?」

「この周辺でそれなりに大きい街――あとドワーフとも交易がある方が好ましいな。それと冒険者を支援する施設なんかある所だと助かる。この地図のどこにある?」


 屋台の受付には地図が散乱している。

 その上に先程購入した地図を乗せ店主に聞く。

 拠点になる場所が必要だからだ。


「そうだな……冒険者組合は小さい街にも大概はあるぞ? あとはドワーフと交流している所か……となると……ここなんかはどうだ?」


 店主が指さした場所は「ファルス王国」と書かれていた。

 その場所についてもっと知りたいと俺は答え銀貨をもう二枚ほど地図の上に乗せる。

 その意味を察したのか店主は銀貨に手を伸ばしポケットへしまう。


「ファルス王国は主に人間が住んでいるな。人間以外は亜人――つまり理解し合えないと思ってる。ただしそれは貴族以上が思ってるだけで一般に住んでる人間はドワーフやエルフ達と交流を持ち商業地区でもドワーフの武器や防具が売っているのを見た事があるぞ」

「なるほど……貴族達は人間が一番上の種族だと考えているのか――」

「まぁ貴族だけだがな。その他はドワーフもエルフもわけ隔ては無いよ。それに商業で成り立っている国だから王国側もある程度は亜人について出入りを認めてる。近場で暮らすならここかな」

「ここから歩いて何日くらいかかる?」

「ここからなら――二日程だな」

「学校はあるん?」

「学校? お嬢ちゃん何だいそりゃ」

「魔法とかを学ぶ所なん」

「ああ、魔術学院かい。それはないかな……エルフの国ならあるらしいがファルス王国は商業国だから恐らくそういうのはないと思うぞ」

「ならここにするん!」

「だな。まずはここに向かうか……。それと店主――」

「ん?」

「服を買いたいんだが……」


 屋台を一通り見たが武器屋やマジックアイテムらしき物を売る屋台、あとは料理を売っている屋台が多く服が見当たらなかった。

 いつまでもこの堅苦しいスーツというのもしんどい。

 そして何より今の季節が七月らしく、すでに結構な汗を流している。


「服なら向かいの建物の中にあるよ。今晩泊まるなら宿屋も同じ建物の中にあるから早く予約してきな。でないと野宿になるよ」

「なるほどな、ありがとう店主」


 俺は店主からの情報に満足し地図を巻く。

 そろそろまーちゃんも食べ終わっているだろうと思いフェリスと一緒にまーちゃんの所へ戻る。

 するとそこには机にもたれかかり「もう食えないー」と呟いているまーちゃんがいた。

 しかも食えないと思っていた量の料理を完食したのかゴミしか残っていなかった。


「おい、そろそろ行くぞ」

「どこへ?」

「今日はここにある宿屋で泊まろうと思う」

「賛成! 晩飯もここで食べましょう!」


 まだ食べるのかと俺は思いつつゴミをゴミ箱の方へ持っていく。


「ほら早く行くわよ! 宿屋はどこ!」


 ゴミを捨てている俺の方へ来たまーちゃんを見ると、いつもはスレンダーな腹が丸くなっているのがわかる。

 そんな状態で晩飯の事まで考えられるのが凄い。


「あそこだよ。まずは宿屋の予約を先に取ってから神殿に向かおう。野宿は嫌だろ?」


 俺が指さした建物にまーちゃんが走りだす。

 満腹であそこまで動き回れるのはさすがはまーちゃんだな……と俺が感心しているとフェリスが俺の手を握り先導する。

 どうやらフェリスも宿屋に早く行きたいようだ。

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