第4話 転移前夜

 俺は真夜中に爺さんの部屋を訪れた。

 もちろん異世界へ行く事を伝えるためだ。

 爺さんの部屋のドアを軽くノックする。

 少したった後、ドアが開き顔を出した爺さんは少し眠たそうにしながらも、笑いながら快く部屋に招き入れてくれる。

 部屋は片付いており爺さんの性格を映し出したような感じだった。

 部屋の中央には丸いテーブル、そして椅子がありそこに座るように言われ俺はその言葉に甘える。

 俺が座った後、爺さんはベッドに腰かける。

 爺さんなりに俺を気遣ってくれているのだろう――


「なんじゃい。改まった顔をして……ドッグフードの件ならちゃんと叱っておいたぞぃ」

「違うんだ。今日神様に会った」

「ほー、神様が勇者様に何の用だったんじゃ?」

「別の世界で――異世界で世界を救ってほしいと言われた」

「また酷な話じゃな。四百年――愛する者すら差し置いて世界の為に魔王と戦わせた挙句に別の世界まで救えとは……」

「三食カップヌードルや挙句の果てにドッグフードも酷い仕打ちだとは思うけどな――」

「ぐぬぅ、言い返す言葉がありゃせんわぃ……魔王はどうするんじゃ?」

「まーちゃんも一緒に連れて行く」

「そうか……もう腹は決まっておるのじゃな?」

「ああ、ドッグフードで決心がついた」

「そ……そうか、まぁなんじゃ……今の世界は勇者様には合わないからのぉ」

「全くだ」

「ところで――お供には誰か連れて行かんのか?」

「知り合いもいないしな、爺さんがくるか?」

「よしてくれ、わしゃあ引退した身じゃ」


 爺さんが手を振り苦笑いをする。

 俺は結構期待していたんだけどな……。

 爺さんほど魔法に精通した人間は他に知らない、もし一緒に来てくれたらどれだけ頼もしい事か――


「他に誰かいないかのぉ」

「俺に知り合いはいないぞ?」


 ふむぅと俺も爺さんも考え込む。

 戦力的に見れば勇者と魔王なら二人でも大丈夫だが生活面でとても不安が残る。

 なにせ俺もまーちゃんも家事の一切ができないのだ。

 そんな事を考えてると爺さんが何か閃いたのか目を大きく見開きこちらを見つめる。


「フェリスじゃ! あやつを連れていけばいい」

「何言ってんだ? とうとう痴呆が始まったかこの爺さんは……」


 まさか自分の子孫――しかもまだ中等部に入って数か月だ。

 そんな子供を戻ってこれるかもわからない知らない世界に送り込もうなどとあの母親に知られればたちまちフライパンで尻を叩かれて「出ていけ!」と追い出されるに決まっている。

 実際明日出て行くんだが――


「フェリスは末っ子じゃし他にもいっぱい子供はおる。それにのぉ……どうも学校で虐められてるようなんじゃ。それが不憫でのぉ……それなら一層の事違う世界でのんびり生きてほしいのじゃ」

「だからってあんなに小さな子がいなくなったら母親が黙ってないだろ?」

「そこはわしが言いくるめるから大丈夫じゃ。それにフェリスはああ見えて家事全般できる子じゃぞ?」


 俺は少し迷う――

 「家事全般できる」というだけで貴重な戦力だ。

 しかしやはり母親の気持ちを考えると納得ができない。


「虐めの問題は転校でなんとかなるだろ? むしろこっちの世界で安全に暮らした方がフェリスの為になるんじゃないか?」

「わしもそう考えたがフェリスは勇者様に懐いておる。ならば勇者様と一緒に旅をするのもフェリスのためとは思わんかね?」


 確かにそうだ。と俺は軽く相槌をうってしまう。

 しかしフェリスの兄弟達や母親、そして爺さんは寂しくないのか? それにフェリスがみんなに会えなくて寂しがるんじゃないか?

 まぁここでいくら話してもフェリス自身が嫌がれば無に消える提案――


「うちもゆーくんと行く」


 後ろを振り返ると扉が半分空いておりパジャマ姿のフェリスが半身を出してこちらを見ていた。


「何の話かわかっているのか?」


 俺がフェリスに問うとフェリスは「ゆーくんが爺の部屋に入った時から聞いてた」と答えた。

 そして何故か俺のところまで歩いてきて今はすっぽりと俺の太腿の上にお尻を乗せて座っている。

 まさにウサギか何かと勘違いしてしまう行動だ。


「初めからって――もしかして爺さんは気付いてたのか?」

「わしを誰だと思っておる。王国では賢者とまで言われた男じゃぞ?」


 この爺さんやはりできる……。むしろ爺さんが来てくれと言いたい。

 だが返事はおそらく「フェリスを連れて行ってくれ」だろう。


「一杯食わされたか……」

「ふぉふぉ……ならばこの後、別れの一杯でも飲むとするかの」

「全く――フェリスはいいのか? もう家族に会えないかもしれないんだぞ?」

「ゆーくんがいれば寂しくないん」

「家族に会いたくなっても帰れない所に行くんだぞ?」

「学校がないならどこでもいいのん」

「それが目的か――」


 俺は苦笑する。

 家族より学校がない世界を取るとは子供らしい。

 だからこそ少し悪戯をしてみる。


「もしかしたら異世界にも学校があるかもしれないぞ? それでもいいのか?」

「勇者様のお手伝いで学校行かなくてもいいのん」


 母親なら異世界でも学校に行けと言うだろう。

 しかし俺は恐らく言わないだろうな……。

 そんな事まで考えているとはこの爺さんにしてこの子孫ありと言った所か……、将来は大賢者になるかもしれないと俺は心のメモにそっと書き加えておく。


「あとは母親をどうするかだが――」

「そこはわしに任せるんじゃ。ちゃんと行った後に話しておくよ」

「事後承諾かよ!」

「当り前じゃ、勇者様にドッグフードを与える女じゃぞ」

「そして爺さんの子孫じゃないか」

「むぐぅ」

「まぁその辺りは任せるわ、それともう一回確認しておくぞ? フェリスは本当にいいんだな?」

「もちのろんなのん」

「そっか……なら今日はもう寝て明日の朝から異世界に行く準備をしなさい」

「わかったのん」


 言葉を聞き俺はフェリスの両脇を抱え太腿から地面に下ろす。

 そしてパタパタとフェリスが自室に帰るのを確認する。

 その後爺さんの方を見ると横にあった机の引き出しから高級そうな酒とグラスを二つ手に取って戻ってくる。

 そしてそのグラスに酒を注ぐ。

 一つをこちらに滑らせるように渡してくる。

 さっきの「別れの酒」という事だろう。


「ところでさ――」

「なんじゃまだ何かあるのか? あとは今生の別れに乾杯くらいのもんじゃないかの?」


 爺さんは乾杯もせず酒を飲み始める。

 ただ飲みたいだけじゃないのか? とも思ったが声には出さない。

 なぜならもっと差し迫った事があるからだ。


「俺――聖剣売ったんだけど、どうすればいい?」


 俺の言葉を聞くや否や爺さんは口に含んだアルコールをこともあろうに俺に浴びせる。


「ゲホッゲホ――い、いくら勇者様でも言っていい冗談と悪い冗談がありますぞ」


 しかし俺は無言を貫く――

 事実だからだ。


「本当に?」

「本当だ」

「勇者様……あなたって人は――」

「爺さんの言いたい事はわかる。しかし、だ。考えてほしい……今の世界で聖剣が役に立つか? まだ魔法使いの杖なら役に立つが、あんな代物を堂々と持っていたらすぐに警察のお世話になるだろ」

「しかし聖剣ですぞ! 神から頂いた神器ですぞ! それを事もあろうに売り飛ばすとは――」


 爺さんは酒を勢いよく飲み干す。

 俺も聖剣の事を考えると胃が痛くなり飲まずにはいられない。


「まぁ聖剣がなくてもなんとかなるか……」

「いつ頃売ったんですかいの? なんなら朝一にでも、わしが買い戻して――」

「カジノだ。カジノでチップに換金してもらった。恐らくはもうカジノから違う場所に売り飛ばされているだろう」

「どうしようもありませんな。それは……」

「ああ……今頃はどこの誰の手にあるのやら……まさか勇者という未練を断ち切るためにした行動がこんな形で裏目に出るとは思わなかったよ。余談だが運がいい俺が何故かその日は大負けした。今考えると神様が怒っていたのかもな」

「仕方がありませんな……ですが勇者様のその大胆さは昔から好きですぞ」

「ありがとうな、爺さん」


 俺と爺さんはお互いのグラスを押し当てキンという綺麗な音を鳴らし酒をグビリと飲み干す。

 その後は昔話とかをできる限りして、今生の別れになるかもしれない夜を楽しんだ。

 自分の部屋に帰る頃には窓から朝日が昇り街並みがまるで知らない場所の様に映し出される。


「この町ってこんなにも綺麗だったんだな――」


 俺は心で思っていた事を自然と声に出していた。

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