第35話 廃教会裏 下

 後ろから撫子さんに抱き抱えられ、ナオは動けない。

 ミネットさんとフジさん、そして倉は先程から動かず。どうやら、現実の方でやりあっているようだ。

 撫子さんが、ナオの頭を撫でながら話し始める。


【では、これより改めて裁判を始めます。ナオさん】

【はい】

【まず、第一に再確認です。先程の写真は】

【待ってください】

【……さつき、何ですか? 今、とても大事な話をしています】

【その写真については、訴えを全面的に認めます。私達です】

【! さ、さつきさん】

【ですが――今の状態は認められません。ナオさんを離してください】

【却下します。被告には逃走の恐れがあり、拘束の必要がある、とミネットさん、フジさんとも協議済みです。ナオさん、そういうことですので、取り合えず座っていただけますか?】


 何が、取り合えず、なのだろう……という根源的な疑問を抱きつつも、ここは大人しくすべき、と判断。ナオをその場で座らせる。

 すると――撫子さんもその場に座った。

 まるで、小人族のナオが撫子さんに後ろから抱えられて、もたれかかっているように見える。妙にその……エロい。

 えーっと、これ、絵的に許されるんだろうか。GMに通報されない?

  

【あーあー! な、撫子、そ、それはダメですっ! 抜け駆けですよ!?】

【いいえ。正当な行為です。別にやましい思いを抱いてのものではありません。決して一度、写真を撮ってみたかった、という我欲によるものではないのです。第一、さつきと倉は、ゲーム内ではなく現実のナオさんと、楽しく試験勉強をしていたじゃないですか。これくらいは許容されるべきです】


 ……撫子さん、やっぱりちょっと怒っている模様。こちらも映像を撮っておこうかな。滅多にこんな絵撮れないだろうし。

 さつきさんが近付いてきて、怒りのエモート。


【ズルいですっ! 離れてくださいっ!】

【ダメです。では、次の写真を】 


 画像が浮かぶ。

 さつきさんが、僕の汚れた口元をハンカチで拭いている。

 …………倉。こんな写真まで。もう、ホラー映画を観たとしても助けてやらんからな。


【さつき】

【目の前にいる知り合いの口元が汚れていれば、それを拭いてあげるのはマナーの範囲内です】

【指摘をすれば済む話でしょう? 貴女、弟さんにもしてあげたことないわよね?】

【あ、あの子は姉に逆らういけない子なんです。その点、ナオさんは素直で、頑張り屋さんで、一生懸命、期待に応えようとしてくれます。それに、私や倉を凄く褒めてもくれますし!】

【……ナオさん?】

【えーあーそのですね……答えないと?】

【ダメです】


 撫子さんが、ナオを更に強く抱きしめてくる。

 うぅ……何だ、この羞恥プレイは。僕はオンラインゲームをしている筈なのに、どうして、こんな恥ずかしい事を告白する羽目に陥っているんだろうか。


【せ、せめて、直接チャットでお願いします(>_<)】 

【そうですね……私のことも褒めて下されば訴えを認めましょう】

【ありがとうございます!】


 やっぱり、撫子さんはいい人だなぁ。

 何処かの詩人さんとは偉い違いだ。うんうん。


【ただし――条件があります】


 ……おや?


【試験休み中、私と二人きり】


 チャットが途切れ、撫子さんまで動かなくなる。はて。

 困惑していると、拘束が解かれた。おお、自由――即座にさつきさんに拘束され、同じ体勢に。なして。


『撫子達は現在、リアルで交戦中です。戦力は拮抗しているので長引くと思います。その間は、私とお喋りしてましょう♪』 

『皆さん、仲良しなんですね。ミネットさんやフジさんとは前から今日みたいに会われてるんですか??』

『倉とミネットさんは知り合いだったみたいですよ。ちょっと、びっくりしちゃいました』

『? どういう意味ですか??』

『ナオさんは薄々お分かりでしょうけど……倉って、あれで凄く人見知りなんです。なのに、ミネットさんとはとっても親しそうで。ふふ、まるで姉妹みたいです。フジさんもこんなに可愛い方だとは思いませんでした』

『あー……まぁ、ミネットさんって、自称女子高生で、年齢も近い? からかもですね。それと、コミュニケーション能力高いし。無駄に』


【…………無駄に、とは言ってくれますねぇぇぇぇぇ? ナ~オ~さ~ん…………】


 ひっ!

 思わず、現実の身体も退く。画面上からでも感じるこの邪念。あ、明らかに禍々しい!


【ひ、人のチャットを覗くのはマナー違反だと思うのでありますっ!】

【GM呼びます。セクハラ容疑で】

【止めてっ! 僕は無実ですっ!!】

【……と、みんな言うんです。さつきさんも! その罪人を渡してくださいっ】

【えー】

【えー、じゃありませんっ! その人は、皆さんみたいな綺麗な方に相応しい人じゃなああああああああ】


 どうやらまた、現実でキャットファイトが再開されたみたいだ。

 ……つーか、いったい何時になったら帰れるんだろうか。フジさんなんか、まったく動いてない。


『今の内に――ナオさん。お願いがあるんですけど、聞いてもらえますか?』 

『あ、はい。何でしょう??』


 携帯に着信。さつきさんからだ。何々。

 あ~……思わず苦笑。さっき悪く言ってた弟さんの誕生日プレゼント選びを、真面目に悩むなんて、やっぱり良い人だよなぁ。


『了解です。でも、僕なんかで大丈夫でしょうか?』

『大丈夫です。他に男の子の知り合いもいないので、よろしければ、是非お願いします。詳細は』

『分かりました』


 後で連絡する、ということだろう。試験勉強で御世話になったし、これくらいはしないと罰が当たるだろう、うん。

 

 ……あれ? これってもしかして、所謂、デートってやつなんじゃ??


 いや、いやいや、いやいやいや。早まるな、落ち着くんだ中ノ瀬直。

 ゲーム内も、現実でもそうやって、痛い目を見てきたじゃないか! 

 ……主に、反則キャラの倉や、某詩人さんとかに。う、心の古傷が開く。

 あ、この前の総ダメ一位だった、エヴァさんからも『デート(ドキっ! 廃神さんと一緒に逝くPVPツアー:地獄編)☆』の誘いが来てたなぁ。闘技場の最上階かぁ……怖いんだよなぁ。まぁ、らしいけれども。


 ――そんなこんなで、僕の週末に二件のデート? の日程が組み込まれたのでした。

 因みにこの後、戻って来た全員がナオを膝上抱っこしていた。だから、何故に。

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