第20話 楽しいお茶会

 基本的にゲームの人間関係は、現実に持ち込まない主義だ。

 あくまでもゲームはゲーム。現実は現実。そこの区別は自分なりにちゃんとしてきたつもり。

 

 が……何事にも例外は存在する。

 

 今、目の前に美味しそうなチーズケーキをつきつけてきているこの先輩とか。

 修羅道に堕ちてしまった我が同志! とか……。

 他にも数名だけど、現実の連絡先を知っている人はいるわけで。


「直さん? 食べないんですか? ここのケーキは絶品なこと知ってますよね? さぁどうぞ」

「……あのですね、先輩」


 楽しそうにフォークを差し出していた動きが止まる。うぇ、やばい。

 笑ってはいる。笑ってはいるが……威圧感って、本当にあるんだな……。


「な~お~さ~ん? 誰が年増ですかぁ?」

「そ、そんな事、一言も言って」

「言いました。はっきりと、言いました! それに何ですか? その変な喋り方は。あれですか? 録音して、撫子やミネットさんや、その他の直さんファンに公開して」

「待った! 一部、不安にしかならない台詞があったのも気になるけれど、待った……分かったよ、倉」

「うふふ♪ ケーキ食べます?」

「……苺パフェがいい」

「だと思って注文しておきました♪」

「…………」


 心底、楽しんでやがるな、こいつ。

 隣にいる、ショートカットの女子高生――倉と同い年なら先輩なのだろう――がやり取りを見て、目を白黒させている。

 苺パフェがきたので、食べつつ尋ねる。相変わらず美味しい。お値段2400円。


「で……今日は何なんだよ? 突然、『今日の午後、お暇ですか? ……大事な御話があるんです。いつもの場所で、16時にお待ちしています。貴方の透子』とか、送ってきやがって。行けないって言ったら」

「直さんは来てくださいます。ええ、絶対に」

「…………」


 そんな綺羅綺羅した目をされながら、断言されると困る。

 長いウェーブのかかった茶髪で、思春期の高一男子には辛いスタイルをしているこの女子高生の名前は、雨倉透子。

 

 ……あの『倉』であり、似非じゃない完全無欠の御嬢様である。


 全国大会で初めて会った時、メンバー全員で『詐欺だ!』と叫んだのはいい思い出。ゲーム時と、現実の口調が全く違う人は多いけれど、それにしたって大概だろう。

 で、以来、何やかんや現実でも会ったりしている。

 というか、餌付けされている。

 だって……連れて行ってもらえるお店、中三、高一男子じゃまず入れない所ばかりだし。勿論、自分でお金は払っている。そこは大丈夫。

 ……大丈夫だよな?

 気を取り直して、肝心要の事を尋ねる。


「それと、そっちの人はどなただよ?」

「私の友達です。直さんとデートに行ってきます、と言ったら是非ついて来たいと言うので、連れて来ちゃいました。直さんも、御年頃ですし、綺麗なお姉さんに会うのは嬉しいでしょう?」 

「はぁ……いやまぁ、二人共綺麗だけれど……えっと、中ノ瀬直です。雨倉先輩「直さん?」……倉とは、同じゲームをやっててそれ繋がりで」

「はい。知っています。よく、透子や、撫子から聞いてますから」

「撫子?」


 まじまじ、と先輩の顔を見る。すぐに目を逸らされた。

 横から倉が手を出してきて、視界を遮る。何だよ。


「駄目です! さつきは、殿方に耐性零。防御零なんですっ! 大切な親友を直さんの毒牙の前に曝すわけにはいきません。毒牙にかけるなら、順番的に私が一番であるべきですっ! ……最近、何やら小娘がべったりですし。一度、誰の物かをはっきりさせておかなくてはっ!」

「発言が相変わらずイタイな。……外見は綺麗なのに。毎回、不覚にもそう思ってしまう俺の純情を返せ」

「嫌ですっ! 録音しました」

「……そうか」

「あ、あの」

「あ、ごめんなさい」


 先輩が俺と倉の掛け合いに割って入る。

 頬が赤い。はて。


「この前のミッションボス戦はお世話になりました。有原さつきです。撫子のセカンド使ってました」

「ああ~! いえいえ。何も力になれずすいませんでした。撫子さんとは、その?」

「従姉なんです。と言ってもお互い、そういう意識はあまりなくて、親友だと思ってますけど。私と透子は」

「幼馴染でーす。三人揃って、街を歩くと凄いんですよ? もう、スカウトとかが凄くて凄くて。毎回、こう言って断ってますけど『……二つ年下の彼氏の束縛が凄いので無理なんです』って」

「―—それで、有原先輩。今日は何でまた。言っときますけど、こいつが俺を呼び出す時って、基本何も考えてないですよ?」

「酷いっ。直さん、私とは遊びだったんですね」

「……全国大会の時、怖い話を聞いて、寝れないからって一晩中、手を握ってやったのは、むぐっ」

「そそそそそそれは、二人の内緒だってっ、わわわ私、言いましたよねっ!?」


 知るか、そんなの。

 有原先輩の目が妖しく光っている。目配せ。後は煮るなり、焼くなり御随意に。

 ――ようやく、口から手が離れる。


「も、もうっ。意地悪な直さんなんか嫌いです。大嫌いです」

「俺は倉、案外と好きだけどな。基本いい奴だし」

「……えっ?」

「さて、本題は? 有原先輩も来たってことは、撫子さんのことか??」

「な、直さん、今はそんな事よりも」

「そうです。あの子、この前の失敗で、色んな事を言われたみたいで……少し、参ってるんです」


 案の定かぁ。

 悔しいのは分かるけど、それを作戦立案者にぶつけても無意味なんだよな。文句は誰にだって言える。代案を出さない文句は単なる卑怯だ。

 パフェを頬張る。美味い。今度、妹の誕生日が来たら、連れて来よう。


「撫子さん、真面目な方ですからね。ミネットさんやギークさんは、完全論破して、ぼっこぼっこにしているようですが……倉はPVPな」 

「当然ですよ。強ければ生き。弱ければ死ぬ。所詮、あの世界は弱肉強食なんです。悪・即・斬こそ世界平和への近道です」

「……何か、ちょっと違うと思うが。話が逸れました。それで、俺にどうしろと?」 

「中ノ瀬さん」

「直でいいですよ」

「なら、私もさつきと呼んでください。直さんの力を貸してほしいんです。具体的には、次戦の戦術立案をしてもらえませんか?」


 これが、他の人の頼みなら断るんだけど。でも、現実で会った事はない、とはいえ撫子さん案件。

 ……仕方ないわな。


「分かりました。倉、お前も頭を貸せよ?」  

「えー」

「ならいいや。有原先輩「……なおさん?」―—さつきさんも、お知恵を」

「勿論です」

「他、悪知恵が働く人達集めて、今晩にでも作戦会議をしましょう。倉、お前は」

「い、行きますよっ。もぅ……ドSなんだから」


 失礼な。

 俺の何処がドSなんだ。第一、それは某詩人さんの代名詞。勝手に使うと、後が怖いんだぞ? 

 ……恐ろしい事にあの人も巻き込まないと、どうにもならんのだが。

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