第5話 少女は異世界で愛を知る

「んっ…………」

「はむっ……ちゅるっ……んんっ……ふむんっ」


 目を瞑って動かない私と対照的に、ミントは私の口を吸い続ける。

 可愛らしい舌がせがむように唇をくすぐり、小さな隙間から口の中へと入ってくる。


「ちゅるるっ……はむぅ……んっ……ちゅうぅっ」

「んんんっ…………ぷはっ、ミント激いっ……んんっ……!」

「ちゅぱっ……はむんっ……ちゅるるるっ!」


 絶対に離さない。

 そんな意思をにじませたキスが、私の抗議を塞いでいく。


「んんっ……ぷはっ。あんずものんで……はむっ……んん」

「んくっ……んくっ……ん……ぷは。ミント……いつもより多い……」

「あんずのこと、すきだっておもったら……からだのなかから、あふれてくるの……」

「そんなこと言われたら……止まれなくなるわ……」

「とまらないで……はなさないで……みんとはここにいるの……」


 ミントを強く抱きしめる。ミントもそれに応えるように、ぎゅっとしがみついてくる。


 ――愛しい。


 腕の中の少女を見てそう思う。

 私が知っている恋愛感情でも性欲でもない、不思議な感情が体中を駆け巡る。


 傾慕、愛慕、慕情、慈愛、恵愛、仁愛、情愛――ありとあらゆる“愛”の概念をまとめて一つにしたとでもいうべき、言葉にできない愛情によって体が熱に浮かされていく。


 ミントがもっと欲しい。もっと触れていたい。もっと深く心を繋げたい。

 あふれ出す想いに抗えず、私はミントの耳を啄んだ。


「あああああああああああああ――っ!!」


 直後ミントの体がピクンッと跳ねた。しがみついた手に、更に力が込められていく。


「ミント! 大丈夫!?」

「だいじょうぶ……いまの……もっとしてほしい……」

「危なそうなら止めるからね……」


 そう言って今度は唇で挟む様に咥える。

 耳輪を舌先でくすぐりながら、徐々に力を加えていく。


「――――っ」


 ミントは歯を食いしばって舌が這う感触に耐えている。それでも、力を緩めようとすると小さく首を振って続けるように促してくる。

 私は覚悟を決めて、ミントの耳に歯を立てた。痕すら残らないほどの甘噛みだったが、ミントは小さく痙攣を始めた。


「はいってくる……あんずから……おっきなちからが……はいってくるの……っ」

「――――ッ!」


 ミントが呻いた瞬間、体中を蠢いていた猛りが一斉に吐き出された。

 感じたことのない浮遊感。それと同時に右の腿に強烈な熱を感じた。


 痛みを感じるほどの熱さ。

 痛みを忘れるほどの快感。


 矛盾する二つの感覚に襲われ、視界が白く塗りつぶされる。


「あっ……あああっ……!」

「んんぅ――――っ!」


 声をあげることすらできなくなったミントの耳に、力一杯噛みついてしまう。そのことを気に病む暇もなく、私の意識はそこで途切れたのだった。





 木漏れ日の中私は目を覚ました。

 隣で眠る少女を見て、意識を失う前に何をやっていたのかがフラッシュバックする。

 慌ててミントの耳を確認するが、傷跡の無い綺麗なものであることに胸を撫で下ろす。


 規則正しい寝息を立てる少女の髪を撫でる。

 楽しい夢でも見ているのか、時折寝言と一緒に笑みが零れている。


 これほどまでに愛しく感じる少女を、どうして手放そうと考えてしまったのか。

 自分の愚かしさにつくづく頭が痛くなる。


 ――痛いといえば、あの脚の痛みはなんだったのかしら。


 スカートをめくりあげて脚の付け根を確認する。


「――――っ!」


 思わず飛び出そうになった悲鳴を何とか噛み殺した。

 右の腿に何かが巻き付いたような痣が走っている。そして腿の内側と外側に一か所ずつ、花をかたどったように思わせる、十円玉大の痣が浮かんでいた。


「何かしら、これ……。今までこんなことなかったし、心当たりもまったく――」


 ――あった。

 天国なのかどうかはよく分からないけれど、幼女の天使に消滅させられそうになった時だ。

 あの時、根っこのようなものが私の足に巻き付いていたし、足を貫通もしていたはず。


「つまり、これは根っこに巻き付かれた痕、ということなのかしらね。花みたいに見えるのは貫通痕かしら……?」


 それらが原因でこの痕が出来ているのなら、一応納得はできる。というか、私の体に何か仕込んだんじゃないでしょうね、あの天使たち。


 こちらの世界に来てからおかしなことが続くけれど、自分の体で起こるのは勘弁してほしい。ただでさえ世界樹とかいうのに色々と吸い取られたんだから。


「そういえば、先刻のミントの様子もおかしかったわね……。私の行動も大概だった気がするけれど……」


 私とミントのキスはあくまでミントの食事であり、私の水分補給。愛おしいというだけで求め合ったことはなかった。


 そもそも、創作物でかわいい女の子を愛でるのが好きだった以外、一般的な性的観念の持ち主だったはず。抱かれたいだなんて考えたこともなかったけれど。


「色々と気に留めておいた方が良いかもね……。」

「あんず、かんがえごと? なにかしんぱいでもあるの?」

「何でもないわ。おはよう、ミント」

「おはよう! あんず!」

「耳は大丈夫? 思いっきり噛んじゃったけど……」

「だいじょうぶ! あんずがやさしくしてくれたから」

「優しく……? まあ、それならいいんだけれど……」

「だいじょうぶだって!」


 ミントはそう言って私の右腕に抱きついてきた。

 急に近づいたミントを見て暴走したことを思い出してしまい、頭に血が上っていく。


「あんず? かお、あかいよ?」

「…………ミントが可愛いからよ」

「ほんと!? みんとかわいいの!?」

「嘘つくわけないでしょ」


 ミントは照れ隠しなのか、私の腕に顔をこすりつけてくる。私も気恥ずかしくなって顔を背けた。


「ミント、何かしたいことある?」

「ずっと……あんずと、いっしょにいたい」

「そう……。なら、予定より早いのだけど、この森から出ましょうか」

「うん! どこにいくの?」

「そうね……。ミントが教えてくれた、真っ暗なままの森とかどうかしら?」

「わかった! あんないするね!」


 ミントは腕から手を離すと、私の手に指を絡めてきた。


 ――この子は恋人繋ぎって知っているのかしら。


 そんなことを考えながら、ミントの手を握り返す。

 駆け出したミントに引っ張られるようにして、私たちは新たな場所へと旅立つのだった。

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