第12話突出

「ミヤハ様、やはり思いとどまった方が良いと思いますよ……」

ミヤハの後ろから、聖騎士団の一員が遠慮しながら話しかけていた。その声にほんの一瞬だけ宙を見上げたミヤハも、視線を戻したときには楽しそうな顔に戻っていた。


「でも、やっぱり僕はこういうのが似合ってるです。アルフレド様は、僕のこういう所を褒めてくれたです。たぶん、僕がこうすることも予知してるはずなんです。できなくなったなんて、嘘なんです。マリアがきっといじわるなんです」

恍惚の笑みの後に、深く暗い眼差しを見せるミヤハ。その表情に、聖騎士団員は少しひるんでいた。


マリアとミヤハ。時に衝突を見せるこの二人は、本質的に相手のことを毛嫌いしていると思われる。

何事にもきっちりとしていないと気が済まないマリアは、ミヤハのいい加減な対応にうんざりしている感じがある。そしてミヤハもまた、型にはまったマリアのことを毛嫌いしている様子だった。


アルフレドという存在がなければ、二人はおそらく行動を共にすることができないだろう。

アルフレドのためにという一点においてのみ、二人は協力する事が出来ていた。


「でも、この作戦を台無しにするのは、アルフレド様に申し訳ないのです。だから、僕だけでいくです。僕だけで勝って、アルフレド様に褒めてもらうんです。では、行くですよ。僕の方は機会をうかがってから突入するです」

先ほどの聖騎士団員に、無邪気な笑みを向けるミヤハ。その笑みに押さえつけられたかのように、聖騎士団員は何も言えずに、首を縦に振っていた。



***



「マリア様。やはり、こうなりました……。どうなさいますか?」

行軍中のマリアの元に駆け寄る一人の騎士がいた。

その者の接近を感じたのだろう。くつわを並べられるように、速度を落としながらマリアは東の方角を見つめていた。


まだ日が傾くまでには時間がある。

晴れ渡った空は雲一つなく、吸い寄せられるような空の青が心地良く映ってくる。しかし、その青空に、一筋の雲がまっすぐ天に向かって伸びていた。


狼煙のろしですの? ずいぶん古風なものを用意したのですわね」

「魔法を使うわけにもいかぬだろう? さすがに感知されると思ってな。あれなら、知ってるものしか意味は伝わらないからな」

「でも、さすがに目立ち過ぎではないですの? 意味は分からなくても、何かあると思われるのではありませんの?」

グレイシアの問いに、マリアは小さく息を吐いていた。そのまま無言でマリアを見つめたあと、やはり小さく頭を振っている。まるで自分の頭に浮かんだ考えを振り払うようなしぐさにもかかわらず、グレイシアはじっとマリアを見つめていた。


「あの知らせは、すでに突出した後に出すよう言っている。ミヤハのバカは、単騎で突入していくだろう」

「え!? 予知されてたのですか? シアにはそのような事一度もお話にならなかった――」

「予知ではない。私の推測だ。謁見にも、行軍にも、ミヤハはアルフレド様と一緒にいなかった。それは自分の働きが足らないからだと、あのバカは思うだろう。この間の失態もあるしな。そう思った時に何をするか、それはグレイシアも想像できるだろう?」

グレイシアの話を片手で制して、そのまま自らの話をつづけるマリア。報告に来ていた騎士は気を利かせたのだろう。もはや二人の近くにはいなかった。


「――そうですね。そうでしたわ。でも、それはそうなるように仕向けたという事ではないのですか?」

グレイシアはさりげなく周囲に注意を払いつつ、マリアに向けて小さな声で話しかけている。その仕草も無用だと言うかのように、マリアはいつも通りの声で話していた。


「アルフレド様は何もおっしゃっていない。今回のことについては、グレイシアと知っていることは同じだ。ただ、アルフレド様はかなり先まで見ているのは分かっている」

「そうではなく……。でも、そうですわね。この一年、アルフレド様は色々検証されているようでした。時折、『まだ駄目なのか……』とお一人でつぶやいているのを目にしますもの……」

そんなマリアの意図をくんだかのように、グレイシアは小さく頷いていた。ただ、自分の言いたいことはあまり知らせたくはなかったのだろう。その声はさっきよりも小さく、囁くようになっていた。


「グレイシア、のぞきは良くないと言っただろう? また、あれをお前にしなければならないとなると、正直私も気が滅入る。アルフレド様は何も言わなかったからいいものの、切り捨てられることだってあるんだ。グレイシアが転生する前に、粛清された勇者は数多い」

「その出来事は知ってますわ。でも、それは自業自得というものです。そして、あれはマリアさんが気になると言ったからですわ。シアだけの責任じゃありませんわ。まあ、シアも気になりましたけど……。たしか、ユキさんでしたわね。あれから何かわかりまして?」

「いや、まったくだ。『ユキ、すまない。また……』と言われたあの時以来、その名前を聞いたことは無い」

「シアは聞いたこともないですから、その事自体が気になりますわ。いい加減、教えてほしいものですわ」

本気で抗議しているわけではないのだろうが、グレイシアの目は真剣だった。


「いや、グレイシア。それはまた今度だ。あのバカ。予想以上に早い」

マリアの指し示す方角には、もう一つ別の狼煙のろしが立ち上っていた。

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