♯02


「おはよう。ようこそアリウスへ。」


魔族の博士―――“マリー・ジャクソン博士“は、システムチェック終了後の僕に向かってそう言った。


“おはよう”。僕の脳(コンピューター)内のデータベースにダウンロードされている情報によると、それはこの世界の、目覚めたときの挨拶らしい。


“ようこそ”。上記同様データベース上の情報によると、他人の訪問に感謝や労いの意を表す語。


“アリウス”。上記同様データベース上の情報によると、それはこの世界の一般名称らしい。


僕はこうして、目前に広がる“世界”と、予めダウンロードされたデータを照合し、現在の状況をインストールしていく。このルーチンワークは、別段意識して行う必要がないので、バックグラウンドで行うように設定する。


“マリー・ジャクソン博士”魔族の博士。根っからの研究者で、小さい頃からの趣味は“魔術の探求“。魔術学院卒業後に古代文明の研究に取り組む。…大した情報がないな……なになに?コメント…?「アナタのデザインは上から下まで私がやったの!ドストライクですッ!」……見なかった事にしよう。


そうして得られた状況は、今はアリウス暦2209年。この場所は、“魔術都市ファースト“の、“魔術学院アーティファクト研究科“の地下研究室。この方は僕を創った優秀な研究者、マリー博士で、僕は機械人形(オートマタ)。製造番号PT-00はで、どうやら僕の呼称は“セイン”で決定しているらしい。なお、博士の台詞からここまで一秒とかかっていない。


「はい。マリー博士。おはようございます。最初の任務を、頂けますか?」


プログラムに定められた通りの受け答えと問い。感情などという高尚なモノは僕には無いが、なんだか“とくい”な気持ちだ。


しかし博士は、何故か少し悲しそうな顔をした。


「…そうか…分かった。キミに与える最初の任務は、…」



「機械人形(オートマタ)の戦闘データ及び生命体との接触によるAIの状態データ収集の為に、一般の“冒険者”として、ダンジョン攻略を行う、か」


今僕は、“冒険者ギルド”の前に立っている。

最初の任務を言い渡された後、任務を最速かつ最小の手順でクリアするには、“冒険者ギルド”にて“冒険者登録”する必要があったからだ。


冒険者ギルドとは、世界中の都市に支部を持つ、冒険者の管理団体で、依頼に冒険者を斡旋したり、冒険者の倒したモンスターの素材買取をしたり、果てには将来冒険者になりたい子どもたちの為に“冒険者学校”なるものまで運営する何でも屋だ。いや、何でも屋なのは冒険者なので、正確には何でも屋の母体か。


扉をあけ、ギルドの中に入る。大きく分けて二つに空間が区切られており、向かって左はギルド運営の酒場で、そこにはまだ陽も高いというのに酒を飲む冒険者(ろくでなし)(データベース記載)で半分程の席が埋まっていた。唐突に現れた見知らぬ少年――――僕を見て、急に静かになった。どうせ〝貴族や裕福な商人の子どもが冷やかしにでも来たか〟などと考えているのだろう、僕のことを睨む輩までいる。


僕はそれらを無視し、向かって右の受付に向かう。受付嬢は、猫の獣人だ。カウンターの上のプレートには“ケニー”とある。


「いらっしゃい。…あの、ここは冒険者ギルドニャ。……キミ、来る場所はここで合ってるのかニャ?」


「合ってる」


僕は即答する。“ケニー”は困り顔をする。何故だ?データベースによれば僕の受け答えは完璧なはずだ。まさか、もう機械人形(オートマタ)だっていう事がバレたのか…?だとすれば情報の秘匿の為にこの獣人を殺す必要が――――


『――――推奨。恐らく彼女は冒険者規定年齢より下に見えるセインに戸惑ったのだろうと思われる。血迷ったことを考えず、誤解を解く事を推奨する。また、彼女はセインよりも年上であり、ダウンロード済みのデータには“年上は敬うべし”との言葉がある。面倒くさがらず“敬語”を使って会話するべきだと推測する。』


今はとある形態になっている、僕のお目付役、ガラハッドが僕に注意する。

確かに、殺すという方法はあまりに短絡的に思われる。手っ取り早いので僕はその方法を取りたいのだが。

まぁ取り敢えず誤解 (?)を解こう。


「ええと…十五歳以下は白いギルドカードからになるニャ。それでも…」

「ああ、僕はこんなだけど十六だから大丈夫…です。」

「ほんとかニャ?なにか身分を証明できるものを持ってたりしてないかニャ?」


身分を証明できるもの…?


『……推奨。懐から私(ガラハッド)を取り出し、受付嬢に見せる。身分証に変化したので、大丈夫だと推測する。』


僕は上着の内ポケットからガラハッドを取り出し、ケニーに見せる。ガラハッドは、冒険者学校の学生証に変化していた。


「オッケーニャ。…それにしても学生さんだったかニャ。冒険者学校の記録ではなかなかの成績だったようニャ。ここでも頑張って欲しいニャ。」


ケニーはそう言いながら僕に冒険者カードを渡す。学生証(ガラハッド)に情報は記載されていたのだろう。

…ちなみに、“冒険者学校の記録“とはもちろん、改ざんされたデータである。


「ありがとうございます。精一杯頑張りますね。」


最後に少し微笑んでから、ダンジョンの方に歩き出す。


…余談ではあるが、冒険者学校に通わずに冒険者になる場合、登録時に受付嬢からギルドやギルドカードの説明がある。


「よぉ兄ちゃん、ちょっと顔貸せよ」


例えば、冒険者のランクは、一番上のランクSSSから一番下のランクGまであり、それに応じてギルドカードの色も変わることや、そのランクの指標、ダンジョンの注意点などだ。僕にはデータベースがあるので必要無いが。


「…オイ!こっち来いっつってんだよ小僧!」


どうやら、おかしな人に絡まれたようだ。見た所Dランク辺りの冒険者。防具は少なく、肩当てと、左手の丸い盾くらいしか見当たらない。武器は…恐らく戦斧だろう。右腕には手首から肩にかけて、龍の刺青がしてある。…酒場で僕を睨んでいた輩の一人だ。


博士に与えられたデータによると、どうやらこれは“てんぷれ”なるもので、対処法は――――


「…お前、まさかこの俺様を知らねえのか?Dランク、銀級冒険者ロッソとは俺様の――――っぐぼぁぁあぁぁあぁああぁああっ!!、」


“死なない程度に殺せ”だそうだ。

僕は銀級冒険者――――“○○級“とは、その冒険者の所持するギルドカードの色“○○“の部分が決まり、そのランクは以下のようになっている。


白級―Gランク

鉄級―Fランク

銅級―Eランク

銀級―Dランク

白銀級―Cランク

金級―Bランク

白金級―Aランク

黒★級―Sランク

黒★★級―SSランク

黒★★★級―SSSランク


EFは“下級冒険者“、ABCDは“上級冒険者“と呼ばれ、Sが一つでも付く黒級人外は、“星持ち冒険者“と呼ばれる。


つまり、この鳩尾を突いただけで転がった無様な冒険者は、予想通りDランク冒険者だってことだ。


「…お前…あぐぅ…」


僕は呻き声をあげる足元のゴミを無視し、街の門をくぐり、ダンジョンへ向かった。

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