機械人形による魔法世界巡り

五十猫

♯00


帝国に敵対するブリジット王国、その主要軍事都市のひとつ。

幾つもの徽章が胸を飾る、黒い帝国指定軍服を纏った青年が、放置された車輌が点在する道路を走っている。


「ハァ…ハァ…ハァ……」


既に息は荒く、しかしそのペースを落とすことなく、都市の内と外を区切る壁、その出口の門の一つを目指して走り続ける。

未だ門は見えてこない。



都市の中央に存在する領主の館を中心に、血のように紅い魔力で描かれた巨大積層魔法陣が、都市の上空を覆っている。


あれが発動したら終わりだ。


青年―――クロスは、徐々に文字を増やす魔法陣を眺め、少しでもその標的範囲から逃れようと足を進める。

既に魔力は尽きており、彼が若くして中将という高い地位にいる所以である固有魔法は一つとして発動できない。


漸く門が見えようか、というそのとき、魔法陣を描き続けていた紅い魔力が、その放出を止めた。魔力が尽きたのか?…否。魔法陣を描き終えたのだ。

七層にも連なる紅い魔法陣が、下から順番にその輝きを増して行く。

やがて頂上の陣が輝き、大きな魔力の奔流が、都市を焼こうと降臨する。それは、クロスの頭上も同じで―――――――


「あぁ……駄目だ、死んだ。」


そう小さく呟き立ち止まった彼に、神級炎獄魔法が襲い掛かる。

クロスは、都市と共に灰塵と化した。


…しかし巨大積層魔法陣による神級炎獄魔法は、たかが都市一つを消し飛ばすだけでは満足しなかった。

人が操るには過ぎた熱を伴う死神の炎は皮肉なことに、それを見上げる人々の目には神々しく、まるで神の後光のように映った。



アリウス暦2209年、最先端魔術都市ファースト、その研究機関の極秘ラボにて、一体の|機械人形(オートマタ)が起動されようとしていた。


雪のような白肌と、照明を反射する銀髪が特徴的なその機械人形の、あどけなさの残る、しかし少し大人びたその顔は未だ無表情で、瞼も閉じられていた。

それも当然、彼はまだなのだから。


「頼むわよ……もう貴方が最後なのよ。お願い…上手く行って。」


機械人形の眠るポッドの前で、白衣を纏い丸メガネをかけた一人の魔族の研究者が、祈るようにネックレスに下がる小さな十字架にキスをする。


やがて彼女――――マリー・ジャクソン博士の前に浮かぶウィンドウの表示が100%を指し、次いで浮かぶのは『ダウンロード完了』の文字。しばらくするとそれも消え、『起動しますか?Y/N』が表れる。


マリーは迷うこと無くイエスを選択し、ウィンドウに魔力を注ぎ込み、機械人形を起動状態にする。

ここまでは順調だ。


機械人形が、目を覚ます。

瞼が持ち上がり、確かな理性を纏った紅い瞳が姿を見せる。そして、マリーと目が合う。

マリーは彼の目を見つめ、優しげにはにかんで言った。


「おはよう。ようこそアリウスへ。」


産まれたばかりの機械人形は、「?」とでも言いたげな様子で目をパチクリさせた。

その顔に浮かぶは何も知らない幼子のように無垢な表情で、マリーはニヤリと笑う。この反応は間違いなく―――成功だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る