第7話君のように僕は輝きたい

 

「お兄の演奏そろそろだねお母さん!」

 観客席で楽しみにしているの美菜の声ははずんでいた。

「あら、あんたお兄ちゃんの演奏楽しみにしてたの?」

「そそんな訳ないじゃん!ただ暇つぶしに見にきただけだし!本当に別に興味もないんだからね!」

 美菜は誤魔化すように照れながら言った。

「はいはい」

「でもあんた翔に少し意地悪すぎない?ピアノだって少しぐらい夜に練習させてあげればお兄ちゃんだって朝起きて、練習しなくてよかったのに。それこそ学校で倒れなかったかもしれなかったのに」

「反省はしてるもん!それにまた中途半端にピアノをやってお兄を苦しめるなら、ピアノのなんてやらないほうがいいもん」

 美菜には、美菜なりの考えがあったらしい…

「まぁとりあえず、翔の演奏を聴きましょうか」

「うん」

 お兄頑張れと心の中で美菜は、思った。




「18番七瀬翔君」

 アナウンスで僕の名前が呼ばれた。

 僕の番が来た…

 もう後戻りはできない…

 さあ、前に進め…

 僕はゆっくりピアノに向かった…

 椅子に座り、高さを調節し、ネクタイを少し緩め、ブレザーのボタンを外した。

 僕の演奏する曲は、神谷君と一緒のショパンで、エチュード10ー10を選択した。

 さあ、いくぞ!

 音を鳴らし、最初の入りはうまくいったと自分でもわかった。

 今日は調子もいい。指も軽く、今日は、音も良く聞こえる。最初は順調だった…

 音を外さないように、丁寧に一回一回を大事に弾いた。

 時々些細なミスはあるが、それをカバーしながら演奏をできていた。

 だが、僕は1つの大きなミス思い出してしまった。

 "僕は特別ではないという事を…"

 音が狂い始めたのは、1つの大きなミスからだった。僕が苦手なところを普段よりも早いペースで引いてしまったため、ミスが生まれた。

 そこからの演奏はひどい物になった。

 1つ1つの音が途切れ、なめらかに弾くところは暴走気味になってしまった。

今まで必死に頑張ってきた演奏が台無しになってしまった。

とても演奏とは言えないものになってしまった。


「お兄、リズムがぐちゃぐちゃになってる…」

「そうね…あまりいい演奏ではないわね…」



 弾いてる僕にもわかる。こんな演奏じゃダメだ、神谷君に勝てない、それどころか入賞もできない…

頭の中でこれじゃダメだとわかっていても徐々に集中が切れ始めて行くのがわかった…


 このままじゃダメだ…

でも、もう上手く行く気がしなかった…

またいつもと同じ結果で僕は僕らしく終わ るのかな…

そう思った時…


「それが、君の全てをさらけ出した演奏なの?」


 不意に彼女が前に現れた気がした。

 その彼女が、僕に囁いた。

「それが君の限界?」

「そうだよ…これが僕の限界だ…」

「違う、君は、もっとできるよ」

 こんな時でも彼女は、僕の前に現れて励ましてくれる…

「君ならできる、限界なんていくらでも変えられるよ!そのための努力は君はして来たんだもん!」


 僕は一旦演奏を辞めた。

 僕は水野あかりのために弾く演奏ができていないと思ったかだ。


 会場がざわめきついたが、僕は気にしないで、最初から引き直した。

 今度は、僕の全てをさらけ出すために。

自分の演奏を目一杯だすために…

 そこからの演奏はあまりおぼえていないほど、集中し、音にのめり込んだ。

 リズムもテンポも、僕らしく変えた。

 さっきとは違って、自ら僕だけの音にするために!

 彼女の、心に残るように…

彼女の期待に応えられるように…《《》》

 そこからはどんな演奏をしたか、自分では覚えていないほど集中した。

 そして最後のフレーズが終わり、僕は僕の全部をさらけ出す演奏できた感触があった。


 演奏が終わり、お辞儀をした。

 まばらな拍手…

 当然途中で演奏をやめたから拍手がまばらなのは仕方がない。

 自分の息遣いが聞こえる…

 今までにないぐらいの演奏をしたのだから当然。

 足が震える…

 全力を尽くしたから、立っているのもきつい。

 必死に観覧席にいる彼女見つけた…

 彼女はどんな顔してるかな。

 観覧席の彼女は泣いていた…

 僕の音は彼女に伝えることはできたのだろうか。


 今までで、ピアノコンサートして来た中で、一番デタラメで一番酷い物だったけど、泣いている彼女を見て、僕は初めてピアノコンサートで自分の満足いって、堂々としていられる演奏ができた気がした。


 そしてその日初めて誰かの心の中に残るような演奏ができた気がした…





「とってもカッコよかったよ翔君…」




 僕の約3年ぶりのコンサートは失格に終わった…






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