第1章 ザ・異世界アワー(1)


「……さて」


 とりあえずは、落ち着いた。

 目の前に倒れている少年の状態を確認して、溜め息を吐く。


 ゆさゆさと揺らしてみたが、ちゃんと意識を失っているようだ。

 記憶の書き換えも、問題なく終了しただろう。ちょいと画面を見せるだけで記憶をリライトするアプリとか、どう考えても危険な代物だと思うが、仕方がない。


 全ては、この世界の為に必要なことなのである。

 将来性のある少年を、異世界なんぞに連れて行かれる訳にはいかないのだ。

 

 いや、それも、実際建前ではあるのだが。

 そこには、極めて個人的な事情もこっそり絡んでいるのだが。

 

 部屋の中央にある、怪しげな光を放つ文様。

 そこから、どうにも目が離せないでいる。

 

 とにかく、自分に与えられた分の仕事はきちんとこなした。

 この少年が異世界に連れて行かれるという事態を、無事に阻止したのだ。

 後は、諸々の後始末を、同僚たちがちゃんとやっているかどうか、である。


「史雄、そっちはどうだ?」

「問題ないよー」


 声を掛けると、すぐさま返事が戻って来た。

 本多史雄という名前の、気弱そうな顔をした青年が、さっき俺が吹っ飛ばした女の様子を確認している。


「うん、ちょっと気を失っているだけみたいだね」

「そいつは良かった。えらい声を上げていたから、心配だったんだが」

「あのさ、そんな心配するなら、どうしてドロップキックなんかするのさ……」

「いや、だって、なぁ?」


 もたもたしていたら、少年が異世界行きになっていたところだし、

 それに、何より、ムカついたし。


「こっちの世界に人間を、異世界にホイホイ連れて行こうなんて、そんなことを許す訳には行かないだろ? ましてや、将来のある少年なんだぞ」

「立派なことを言っている風だけど、鷹広が怒っている理由はまた別にあるよね?」


 確かに図星だが、気にするなよ、そういうこと。


「とにかく、そいつには一応話を聞かなきゃならないんだからな。どうしてこんな、いたいけな少年を異世界に連れ去ろうとしたのか、を。つっても、どうせ、ろくでもない話に決まっているんだろうが」

「まあ、ここ最近の傾向からして、きっとそうなんだろうね」


 わざわざ異世界に来てまで、人材を求めている理由。

 異世界召喚というおかしな手段を取らざるを得ない、何かしらの意味。


 本来、そこには異世界の存亡に関わるような、重大な理由がある筈なのだが、

 しかし、どうにも最近では、そういうことでもないらしいのだ。

 

 いずれにせよ、この女性には詳しい話を聞く必要がある。

 それをやるのも、俺達の仕事の一部なのである。


「はあ、さっさと済ませて撤収したいもんだな。で、隼瀬はどうした?」

「そろそろ戻って来るんじゃ……ほら、来たよ」

「ん……」


 史雄の声に従って、部屋の入口の方を見る。

 と、俺が強引に蹴り開けたドアから、一人の少女が現れた。


「……こちらも終わりました、池中先輩」


 階下で別の仕事をこなして来たのは、いつでも不機嫌そうな顔をしている少女。

 隼瀬歩理という名の、年下のその娘は、一応俺の後輩である。


 まあ、後輩と言っても、いつだって慇懃無礼な態度ばかり取られているような気がするけれど。ちっとも先輩として見られていない気がするのだ。


 そんな俺の感情が、うっかり顔に出ていたのか。

 随分と硬い声が、こちらに投げかけられる。


「……何か文句でもあるんですか」

「無いけど? いやむしろ褒めたいくらいだって。良くぞ仕事を無事に全うしてくれたって、褒め称えたいくらいだ」

「そこまで言われるとかえって腹が立ちますね」


 常に不機嫌そうな顔が、更に暗さを増した。

 まずい。別に先輩として、毅然とした態度を取り続ければ良いだけなのに、

 この後輩の前ではどうにも恐れが先行してしまう。

 人を威圧する才能でも持っているんじゃないか、この後輩。


「……やっぱり、言いたいことがあるんですね」

「無いから! ほら、仕事の報告!」

「はあ、別に良いですけど。対象の少年のご家族の記憶処理。そして、我々の侵入における痕跡の消去。どちらも完了しました」

「ういOK。さすがは優秀な後輩だ」

「…………」


 わぁ、顔がどんどん暗くなっていくな。

 俺としては、結構素直に後輩の仕事を褒め称えたかっただけなんだけど。

 

 とにかく、これ以上怒らせても仕方がない。


「ま、まあ、落ち着け。さっさと仕事を終わらせようじゃないか」

「はい、そこの女の、事情聴取ですね」


 不機嫌そうな表情を隠さないまま、隼瀬が指差したのは、先程、俺がブッ飛ばしたて床に転がったままになっている女性だ。


 鮮やかな緑色の髪の毛に、病的なまでの白さを持った肌。

 装飾品の類などは身に着けておらず、ローブのようなものだけを着込んでいる。

 

 間違いなく、この世界の人間ではない。

 異世界からやって来た女性だ。


 これで、単におかしな恰好をしただけの女だったら、俺がびっくりだ。

 人の家に侵入して何やってるんだ。


 いや、人の家に侵入しておかしなことをやっているのは俺達も同じだけど。

 そしていきなり蹴りつけている時点で、俺達の方がどうかしているけど。

 

 まあ、正義はこちらの側にある。

 

 この日本において、異世界に関わる問題に対応する為の、ある程度自由な活動を、俺達は特例として認められているのだ。


 さすがは権力!

 すごいぞ権力!


 という訳で、高圧的な態度で行こう。

 気絶している女性の肩を、ゆさゆさと掴んで揺する。


「おら、起きろ」

「……ううん」

「寝てんじゃねえ。さっさと起きろって」

「……むにゃむにゃ、もう食べられませんよぉ」

「異世界から来たやつがそんなベタな寝言を吐くな!!」


 ガツンと拳を脳天に落とす。

 すぐに女性は飛び起きて、不満げな顔をこちらに向けてきやがった。


「って、痛いじゃないですか! いきなり殴るとか、弁護士を呼びますよ!!」

「異世界に弁護士なんているのか?」

「そりゃあいますとも! ただちに罪を判断し、ただちに罰を下す、そんな迅速かつ確実な存在が!!」

「単なる処刑人だろ、それは」

「口癖は『俺が法律だ』ですけども」

「それはもう蛮族の類じゃないかよ!!」


 やはり、異世界の常識はどうかしている。

 どうかしているからこそ、俺達のような存在が必要になってくる訳だが。


 まあ、異世界に対しての愚痴はどうでも良い。

 この異世界人への聴取を澄ませないと、今日の分の仕事が終わらない。

 

 とっとと話を進めよう。


「で、どうしてそこの少年を連れて行こうとしたんだ?」

「……それは」


 そこで一瞬、女性は言葉に詰まったけれど。

 すぐに元の調子に戻り、まくし立てて来る。


「ええ、それは当然、我らが故郷たる世界の為です! 滅びに瀕した世界を救うためには、この少年の身柄が絶対に必要なのです! 世界を救うという使命を秘めて、私はわざわざこちらの世界にまで足を延ばした訳ですから! 事態は一刻を争うのです! だから、私の邪魔はさせませんよ!!」


 やけに真剣な表情で、深刻そうな話をする女性。

 もう涙さえ浮かべている辺り、本気で必死になっているのが分かる。


 しかし。

 急に早口になってまくし立てて来ている時点で、裏が有るに決まっている。

 やましいことがあるからこそ、ここまで必死になっているのだということが、経験上良く分かるのだ。


 こういう場合の対応は決まっている。


「で、具体的にはどんな感じで、滅びそうなんだ?」

「はい?」

「一体アンタの世界に何があった? 魔王でも出たか? エイリアンの侵略でもあったか? それとも、神々の怒りに触れたか?」

「え、えっと……」

「あるいは、地底人の侵略? 天空人の審判? 獣人との戦争? もしくは、物語の世界からの侵攻でもあったのか?」

「ううううう」

 

 そこで口ごもってしまう女性を見て、確信する。

 ああ、やっぱり今回も、ろくでもない理由を引っ提げてきやがった、と。


   ◆    ◆    ◆         


 異世界召喚をするからには、当然、それなりの理由が要る。


 何しろ、他の世界という不確かなものに、助けを求めるのだ。

 自分たちの世界ではどうしようもないから、別の世界から人間を引っ張って来ざるを得ない、という危機的状況。


 それだけの手段を、なりふり構わずに取るという時点で、

 どれだけ追い詰められているのか分かるというもの。

 そんな深刻な事情を前にしては、にべもなく断る、という選択肢は取りにくい。


 かつて、異世界召喚の事を知ったばかりの日本政府も、そのように考えていた。

 こことは違う異世界といえども、一つの世界が危機に瀕しているのを無視するのは、人道的にやはり問題とされていたのだ。


 だから、ある程度は妥協して、

 異世界召喚というものを暗黙の裡に受け入れるようになっていた。

 

 しかし、そんな話も、過去のものだ。

 今や、異世界召喚に関するハードルは、随分と下がっている。

 

 いやむしろ、

 下がり過ぎてしまっている。

 

 最初の内こそ、真剣に自分達の世界の危機をどうにかする為に、

 こちらの世界から人材を募っていたものの、そうそう世界の危機なんていうものが起こることはない。


 世界規模の危機なんて、そうそう起こりはしない。

 だから、わざわざ異世界から人を連れて来る理由も、次第に無くなっていった。


 世界の危機が無いのなら、異世界召喚自体が不要となる。

 自分達の世界のことは、自分達で解決していけば良い。

 

 だが、他の世界から人材を呼ぶというウラ技を、一度知ってしまったのなら。


 自分たちの世界の人的リソースを減らすことなく、

 他の世界の有能な人材を利用出来るというのなら、

 あえてそのウラ技を手放す理由はない。


 むしろ、何としても使いたくなるのが、人情というものである。

 

 だから、特別な理由がなくても、召喚をするようになってしまった。

 些細な理由を、さも大層なもののように脚色して、召喚するための言い訳にする。


 世界の危機とは関係なく、自分たちの都合の為に人材を連れてきてしまう。

 そんなことが、まかり通るようになってしまったのだ。

 

 要するに、異世界から誰かを召喚する、その理由が。

 近年では、とても軽いものになってしまっているのである。


 今回の件も、おそらく、そんな感じなのだ。


 確かな世界の危機が訪れているというのなら、それは確かに問題だし、俺達としても話を聞かない訳にはいかない。

 そこを見捨てるほどに冷酷ではない。

 

 だが、どうでも良い理由で、こちらの世界から人材を連れて行こうとするのなら。

 努力すれば自分達でも何とか出来るような問題を、

 わざわざこちらの世界の人間にやらせようとするのなら。

 

 それは、絶対に許せないことで。

 俺達も遠慮なく、妨害することが出来るというものだ。


「おら、理由言えよ」


 俺の態度に恐れをなしたのか、女性は、若干震えながら答える。


「それは……その、ゴミが」

「ゴミがどうした」

「ゴミを捨てに行ってもらうと思いまして」

「自分らで何とかしろ!」


 そんな理由かよ!!

 どうせ大した理由ではないと思っていたけれど、想像以上に酷いな!!


 つーか、わざわざ異世界にまでやって来てゴミ捨ての人材を募る前に、自分でゴミでも何でも捨てに行けばいいだろうが!

 少なくとも異世界よりは近場にあるもんだろ、ゴミ捨て場って言うのはさ!!


「だって、ゴミはすごく重くて、汚くて、危険なんですよ!?」

「そんな危険なゴミとか無いだろ!?」

「危険なんですよ! 実験の過程で生まれてしまった、周囲に毒素を撒き散らすタイプの生きたゴミですから、手に負えません! 近づくだけでヤバ気な匂いがするんですもの!! こんなものに迂闊に触れたらゴミになりそうというか、下手したら自分がゴミとしてゴミに処分されることになるとか、それくらい危険なんですから!!」

「全部まとめてお前らの不始末じゃねえか! だったら自分らで何とかしろや!!」

「ぐふ」


 強めにどついてやると、女性は今度こそ完全に昏倒した。

 これ以上の話は聞けなくなったけれど、どうせろくな話は聞けないだろうから、問題はないだろう。


 だって、ゴミ捨てをさせようとしていただけだって分かったし。

 いくら追及したところで、ゴミ捨て以外の情報は出て来そうにないし。


 今回の異世界召喚案件も、くだらないものだということが判明した。

 俺のテンションも、すっかり下がっている。

 横で聞いていた史雄も隼瀬も、俺と同じようにうんざりしているようで。


「……全く」

「案の定、どうでも良い理由だったね」

「こんな理由で異世界に呼ばれて、この少年の気持ちはどうなるんだよ」


 この少年、それはもう、嬉しそうな表情を浮かべていたぞ。

 いざ異世界に行って「ちょっとゴミ捨てて来てくれ」なんて言われたら、どんな気分になるだろう。

 そのまま異世界を滅ぼす魔王になりかねんぞ。


 まあ、そんな異世界からの野望……野望っていうよりは無謀って感じの何かだったけど……、俺達の活躍により未然に防がれた。


 これで、与えられていた分の仕事は終わったのだが。

 何とも、達成感が無いのは何故だろうか。

 こういう顛末に終わるような案件が最近増えて来ている為だろうか。


「はあ、こんなどうでも良い奴の為に、貴重な時間を使っちまったじゃないか」

「仕事ですから、仕方がないでしょう」

「仕事ならもうちょっと、仕事らしいやつがしたいんだよ」

「仕事らしい仕事が来たところで、真面目にやるとは限らないじゃないですか」

「まあまあ、二人とも落ち着いて。とにかく、後はこの異世界人を回収すれば、それで終わりだから、ね?」


 隼瀬とやり合っていると、史雄が慌てながら割って入る。


 いや、後輩の方から突っかかって来るのが悪いんだ……と言おうとしたけれど、俺は立派な先輩なのでそういうことはしない。

 何しろ先輩だからな!


 いつの間にか、魔法陣も消えてしまっている。

 俺の目的も、どうやら進展しないようなので、ここにいる理由はない。


「それじゃ、撤収するぞ。とっとと帰ろう」


 昏倒した異世界の女性を背負い、帰り仕度をする。

 背に掛かる重みに、もう何もかもが嫌になって来るが、それでもこのチームのリーダーとして、仕事が終わったという報告をしないといけないのだ。


「俺達の、委員長にな」

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