0x010A 一日の終わりに思うこと

 パブを出ると照明は薄暗く、石畳の角だけが、白く輝いていた。

 どいつもこいつも酒くせえ。雰囲気で飲んでしまって、頭がフワフワする。

 こんなに飲んだの久しぶり。


「とにもかくにも、ユウヤ。お前の話を聞いている限り、Emmaとの食事会が殺伐とされるのも困るからな。何とかしておけ」

 ガシュヌアが僕を指さしそう言った。

 この野郎。マルティナの件は適当言って誤魔化しやがった癖に。言いたいことだけ勝手に言いやがって!


「ガシュヌアさん、勝手なこと言ってくれますけどね。こっちはこっちで必死こいてやってんですよ! どんだけ必死かっつたら、ミジンコがメダカ喰おうってぐらいですよ」

「ミジンコって何だよ? 意味がわからねえw」

 アステアが隙無くツッコミを入れる。さりげにこいつ話を拾ってくれる。

 なので、割といい奴認定してる。


「ミジンコって言ったらミジンコ属の甲殻類ですよ。言っておきますけど、遺伝子数タンパク質精製情報は人より多いんですよ。わかってます? 言ってる自分が何喋ってるのか、かなり意味不明ですけど。言いたいことはですね。取りあえずミジンコ舐めんなってことです」


「おい。こいつダメだ。人の話聞かねえよ。完全に出来上がっちまってんじゃねえか。ドラカン、何か言ってやれよ。こいつ放っておいたら、絶対に自分で何にもしねえで、腐らせちまうタイプだぜ」

 アステア、さっきから肩にかけられた手が重てえよ。

 それと、さっきの話は拾えよ。

 ミジンコの件については掘り下げたかったんだよ。


「ユウヤ君、君は自覚がないだろうけどね。話を聞いてる限り、少なくともマルティナさんとデアドラさんは、君とジネヴラさんを応援してくれると思うよ。でないと、朝食の時の態度が説明つかないよ。否定するなら否定するで明確に態度に現さなきゃ」

 ドラカン、お前、ステッキ持ってるけど、見る人が見たら、お前が盲目でないの丸わかりだからな。さっきからステッキ宙に浮いたままじゃん。


 でもまあ、ドラカンが言ってるのはよく理解していて、一々心に刺さるんだよね。こんちくしょう。

「ミジンコの移動速度って知ってます? 一秒間に体長の七倍の動きするんですよ。2mmだと仮定すると、ざっと時速5k/hな訳ですよ。ミジンコ、スゲえとか思いません?」

「こいつ、どんだけミジンコについて語りてえんだよ。オチのねえ話すんなよな」

 ああ、ダメだ。やっぱり拾ってくれねえ。

 そして、オチまで持って行ける気がしねえ。僕は大きな溜息をついた。

 ちょっと、胃から逆流するものがあったけど、それはこらえた。


「うう。何か吐きそう。ドラカンさんの言っている意味はわかります。明確な態度って言われてもですね。てか、自分の考えてる通りに、女の人が考えてんのかわからないんですよね。何でそうなっちゃうのってのが多いってのか。ああ、女心ってわかんねえ。ツユカ語以上にわかんねえ。何か特殊な言語体系持ってるんですかね?」


「何か意味分かんねえけど、こいつ、ヘタレそうだよな」

 肩を組みながら、引きずられてる僕。何なの、この構図。

 そして、アステア。僕を指さすな。


「うるさいですよ、アステアさん。ヘタレてなんかいませんよ。むしろ、今日はセルジアの所へ原因を尋ねに行ってんですから、そこは褒めなきゃでしょ? 褒めて伸ばさなきゃでしょ?」


「また何か言い出したぞ、コイツ。しっかし、セルジアと一緒に居る所を当のジネヴラに見付かるとか、どんだけ間が悪んだって話だよな」

「あっ、それ、止めて下さい。かなり心に刺さります。僕だって、何で? って言いたいですよ。マジで。うおお。思い出した。思い出しちまった。くそっ! あの時、追いつけなかった自分を殺してやりてえ! セオリー的には追い付いて説明する流れだっただろうに!」

 僕は絶望感で、胸の内側が黒くなる。真っ暗闇。心の中は寂寥としていて、僕の暖かいものは、フリーズドライしような勢い。

 空を見えげて見た。ああ、何にも見えないよ。まるで僕の心象風景。


 そんな状況を察してか、ドラカンは僕の肩を叩いた。

「ユウヤ君は見てて飽きないね。ピンチはチャンスって言うからね。そこはユウヤ君次第じゃないかな?」


 ドラカンは良いよな。主役級だし、女性の扱いにも慣れてそう。

 でもさ、樫の木の気持ちってわかる?

 ちょっとイケメンだからって、余裕かましやがって!


「そうなんすか? うーん。酒で頭が回りません。くっそ! 何で思い通りにいかねえんだよ!」


 僕の愚痴は路上に転がる。通りに並ぶ住宅から、灯が見える。

 結構、時間的にも遅いし、酔っ払いが大声を挙げているのを聞いて、窓を開けている人も居るだろう。


「けっ、酒に飲まれて頭が回りませんだあ? 反応はあったんだから、脈はねえって訳じゃねえだろ?」

 と、アステア。こいつは妻帯者。余裕ですよね、あなたの場合。

 でも、こっちはそんな余裕がないんですよ。油断してたら状況が悪くなるばかりなんですよ。


「こちとら必死なつもりなんですけどね。何でか空回りするんすよね。ハムスターみたいに回し車を回してる気分ですよ。ちなみに回し車回してる速度は平均速度はですね……」


蘊蓄うんちくとかそんなのどうでもいいからよ。つか、そんな暇あるんだったら、テメエの心の中、正面から見てみろよ。どうしたんだよ?」

 アステアは割と直球で視線も真っ直ぐ。こうなると正直に答えざると得ない。

「やっぱり、ジネヴラと距離詰めたいですよね。その前にセルジアの誤解解かなきゃなあ」


 短く鼻息を吐くガシュヌア。

「ユウヤ、お前の話を聞くと、同じ所を回ってばかりだ。とにかく切欠は与えておいたから、後は自分で何とかしろ」

えっ、何言ってんの、コイツ?

 意味を掴み損ねていると、コイツら三人は去っていった。それぞれ住居している所は、フィモール街ではないのだそうだった。



 パブからデアドラ屋敷までの道のりは遠い。

 酔っているっていうのもあるけど、どういう展開になるのかと思うと正直帰りたくない。


 セルジアの件、完全に誤解されているよね。


 今日の昼頃に聞いた内容を思い出してみる。

 セルジアがジネヴラに僕をどう想っているか訊いたら、曖昧な返事しかなかったから、そこでジネヴラとセルジアがケンカした。

 で、セルジアは僕と付き合ってるみたいなこといい、僕の頬にキス。それをジネヴラが誤解。

 はい、ここでワンナウト。


 それでもって、昼に僕とセルジアが一緒に食事している所をジネヴラとマルティナに目撃。

 もう、ツーアウト。


 そして、ジネヴラが「ユウヤ、本当だったんだ……」とか言って逃走。僕は追いつけなかった。

 スリーアウト。

 ええ、何か詰んでるじゃん! 僕の今の状態って!


 ……ジネヴラは僕を意識してくれていると思いたい。

 でないと、この一連の行動が不思議すぎる。

 ジネヴラは感情を素直に表現するタイプだと僕は思ってる。

 僕をある程度意識はしていて、セルジアが微妙な所を無理にイジったものだから、ジネヴラがブチ切れた。というのが僕の希望的な観測。


 ハッキリ言おう。僕は鈍感系ではない。

 だけど、勘違い起こしちゃう系っていうのは否定できないが。


 でも、アーサー王ガシュヌアランスロットドラカントリスタンアステアに言わせると、脈はあるはずだと言われたし。

 

 僕としてはジネヴラと距離を詰めたい。

 でも、そういうレベルまで達していなくって、一方的に嫌われている感じ。

 これを何とかしなくちゃならない。

 よし、僕は問題をちゃんと直視できている。いい傾向だ。


 それにしてもセルジア、三日後に仲直りするとか言ってたけど、できるの?

 例え、今まで三日後に仲直りって言ってたけどさ。これ絶対に変な方向にこじれてる。

 純粋にここ一日の出来事は、僕は被害者だろう。しかも、理不尽。


 僕の今の状態を例えるならばこんな感じ。

 デパ地下で、ワインの試飲とかあるじゃない。

 そんな所でチーズを摘まんで、まさに新作ワインを口に一滴落とした瞬間に、突如、爆発テロに巻き込まれたって感じ。

 何それ、で済まされるレベルじゃないと思う。

 一瞬にして眼前は阿鼻叫喚。新作ワインもチーズも吹き飛ばされ、楽しい時間はすっ飛んだ。


 でも、日常生活には復帰しないといけない訳で、爆発テロに巻き込まれようが、BC兵器ばらまかれようが、前に進まなくてはならない。諦めたた時点で、全ては転落するだけだから。


 この世界はいつだって悪い意味でブレない。

 これまでの経験則から言って、足掻かないとダメなんだ。

 倒れるにしても前のめりでなくちゃいけない。

 おお、アルコールの力って偉大だ。気が大きくなってくる。


 現状の問題点を把握してみよう。

 DOGの食事会。

 こいつについても悩ましい。

 ガシュヌアはセル民族自治同盟に処分をどうするのか、Emmaの食事会で決めさせると言っていた。このことはきっとデアドラに報告した方がいい。

 デアドラの父親が内務大臣で、DOGの発言から類推すると、内務省の下には魔法統制庁、警察庁、国土開発庁があり、それを利用しようとしている節がある。

 事前に連絡しておかなくちゃ、デアドラも正常な判断できないはずだ。Emmaの一員である限り、この辺りはキチンと報告しておこう。


 でもさ、どう考えても優先順位的にはジネヴラの誤解を解くことなんだよな。

 でないと僕の話とか聞いてくれなさそう。朝食の時間にみたいに存在自体を無視される。


 デアドラ屋敷には辿り着いたけど、現実に直面させられ、高揚した気分が一気に萎む。

 ドアを開けるのが躊躇ためわれた。

 どういう展開になるのか、予想もつかないからだ。

 でも、ヘタレたくないしなあ。アステアも言ってたよな。「こいつ、ヘタレそうだよな」、とか。

 くっそ。言われっぱなしじゃ、腹が立つ。

 僕がヘタレでないことを証明してやろうじゃないか!


 よし、いい感じに盛り上がってきた。

 ここは勇気を出して、開けるべきだろう!


 ドアに手をかけて開ける。

 ガチャガチャ。

 うむ。鍵がかかっているようだ。

 ガチャガチャ。


 うーん、さすがにこのドアは蹴破れない。そんなのやったら骨が折れちゃいそう。


 アルコールを飲んでやらかした記憶は数知れず。

 酔っ払って何か強くなった気がして、車に突っ込んで、跳ねられたこともある。

 病院で、動けなくなった僕に向かって、警察官から散々と注意をされたものだった。

 けど、あの世界では僕に優しかったんだね。今頃、気付いたよ。


 この世界は違う。

 この世界は僕に厳しいことを知っている。身に染みて知っている。

 ここでやらかすと、高確率で僕の命は損耗そんもうする。

 飢えた狼の群れに放り込まれた子羊みたいなものだ。一挙一動に注意をしなくては、何かと事故に巻き込まれる。


 どうしよう。夜中だし、ドアノッカーとか叩けないよ。

 飲んでいる場合じゃなかったようだ。

 もうね。完全にダメ人間になった気分だよ。アルコールまだ抜けてないし、顔も赤いだろう。


 屋敷内は『照明』が灯されているらしく明るい。就寝時には屋敷は『照明』を消すハズだから、誰か起きているのかも。


 ジネヴラとマルティナにメールを送ろうかと考えてけど、昼にセルジアと一緒に居る所を見られてるし、僕の話聞いてくれなさそう。

 となると、消去法でデアドラになる。

 仕方ない。僕はメールを送ることにしよう。件名は”ユウヤが玄関に放置されている件について”。


 ダメだ。

 4chanじゃないんだから。スレ立て気分で送ると事態は更に悪化する。

 こんばんは、とりあえず氏ねgn gtfo--スレ終了-- /threadで、会話が終了してしまう可能性がある。


 どういうメールをしたものか、考えていると、鍵が開かれる音がして、ドアが開かれた。うずくまった僕を見つめているのはセルジアだった。


 ん?

 どういうこと?

 何で、セルジア居るの? 

 僕の頭は疑問符で一杯になった。疑問符で僕の頭は膨張し破裂しそう。

「ユーヤ、何してんの?」

「いや、鍵が締まってたからさ」

「あっ、ユーヤ。酒臭い。飲んでいたの?」

「いや、これはちょっとどういうことなの?」

「いいから入りなさい。外、寒いでしょう。まだ、春になったばかりだし、身体冷やすと風邪ひくからね。DOGと飲んでたの?」

「そうだよ。DOGの二人とアステアと」

「そうなんだ。いいから早く入りなさい」

 雨が降ったこともあり、外の空気は冷えていた。スーツの生地はフランネルで、見てくれは野ぼったいけど、起毛しているから保温効果は高い。

 でも、足下から忍び寄る寒気でくるぶしが冷たく感じる。


 どうして、セルジアが居るのか意味がわからなかった。

 扉を閉められ、彼女の背中を見ていると、セルジアが口火を切った。

「どうして、私がここに居るのかわからない?」

「う、うん。そうだね。何か三日後になるのかなと思ってさ」

「いやまあ、それについて色々と話しがあるんだけど」

「どういうこと?」

「DOGからメールが来たのよね。ガシュヌアからなんだけど」


 そうか。

 そういや、ガシュヌアが最後に言ってたな。”切欠は与えておいた”だとか何だとか。

 何だよ、アイツ。

 いい所あるじゃないか。

 男のツンデレとかどうかと思うけど、僕はちょっと嬉しいゾ☆


 小姑とか何とか今まで散々なこと言ってたけど、案外と面倒見がいい奴なのかもしれないな。

 いい仕事するじゃないか。

 

 しかし、そんな楽観的に物事を考えてちゃいけないのが直ぐに判明する。

 何故なら、セルジアからスモークが出てきているからだ。名状しがたき暗黒が彼女の背後から滲み出てきている。


 何だろう、この展開。

 この世界は僕に何を望んでいるの?

「あのさ。DOGから告訴状が届いててさ。私のシェルフ・カンパニーについて告訴状をちらつかせてるのよ」

「え? 何それ。何それ」

「さっき、DOGとアステアと飲んでたって言ってたわよね。いいから、いいから。こっちに来なさい」

「あの、セルジア。目が笑っていないけど。ちょっと怖いんだけど。その手にしているピアノ線みたいなのは何? 口で咥えたりしちゃヤバいんじゃないかな? ほら、マフィアの女ボスじゃないんだからさ」


 僕の視界に影が落ちる。セルジアの後ろでデアドラが真顔で僕の顔を見下ろしている。

 潰れたカエルを見るような目つき。

「さて、ウーヤ、地下室に行きましょう」


 デアドラはハンターモード。語尾が消えかけていない。

 僕は命の危険を察知した。


 ガシュヌア、自分で何とかできるレベルじゃねえよ、コレ。

 どうして、お前ら爆発物をそおっとしておけねえんだよ。直接爆発されるの僕なんだぞ!

 デアドラの言葉が玄関ホールに響いた。


「いい歌声をあげてくれるのを期待してますわ」

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