0x0100 Sympathy For The Devil

0x0101 僕の心は雨模様

 窓と叩く音は強く、執務室は雨音で満たされた。まるで僕の心の空模様。

 気分的にはパルチザン豪雨。

 組織的に、しかも計画的に嵌められたわけだから、ゲリラみたいな単発的な単語では収まりきれない。


 知りたいことは知ったが、どうにも僕は悪魔の眷属という自覚がない。

 ただ、Emmaに居る皆のことを思うと、脱力感で動く気にもなれない。


 悪魔ってことになるんだよね、僕は……

 そう考えるだけで、気が重い。

 きっと尻尾とか生えてくるんだよ。位置的には尾てい骨が辺りから生えたりするんだと思う。

 踏まれたら脱臼とかしちゃうのかな。


 尻尾が生えるのであれば、転生前の世界で生えて欲しかった。

 PCをカタカタとキーボード入力してて、マウスを使う時なんか、キーボードから手を放さないといけなくなるわけで、尻尾が欲しいと何度か思ったことがある。


 でもさ、尻尾が生えたりしたら、毛とか生えたりするの?

 尻尾ケアとか大変そう。

 この世界にシェービングクリームとか都合のいいものがあるわけがない。

 時計がない生活には慣れたけど、こちらの世界は何かと不便。


 大体、ひげそりがないから、一本一本抜いてるんだよ?

 ガシュヌアとかドラカンとか髭なんか無いけど、どうしてるのって聞きたい。

 転生するって知っていたら、脱毛処理とかしておくんだった。


 ちょっと期待したいのは、羽根が生えること。

 背中からコウモリの羽根が伸びるとか、ワクワクしないでもない。

 あれ? ちょっとテンション上がってきたかな?


「ユウヤ、何を考えている」

「自分が悪魔なんだと再確認させられまして。これからの人生じゃなかった。悪魔生をどうしようかな、とか考えていましたよ。人生設計じゃなかった。悪魔生設計しなくちゃいけないし。考えること多過ぎです」

「……」

「いきなり仲間とか言われちゃいましたけど。きっと悪いことをしなきゃいけないんでしょ? ガシュヌアさんって、小姑みたいな所があるし、これからネチネチとパワハラされるんだ、とか色々考えちゃいますよ、そりゃ」


「お前は悪魔に対して悪いイメージしかないのか?」

 そりゃそうだろ?

 悪魔と言われて、嬉しいヤツって普通にいねえだろ?


 小学生の文集とか見てみろよ。

 将来なりたい職業に、”悪魔”、とか書いたりする奴いねえだろ。

 もし、書いたりしたら、いきなり問題児だよ。即座に保護者を呼び出されて、面談になっちゃうよ。下手すりゃ病院送りだよ。


 あー、雨がまだ降ってるよ。既に空は夜へと変わり、『照明』に照らされた雫は、窓の外で白い糸ように落ちてゆく。


 それにしても、僕が悪魔だと、決定的にわかった時点で、どうにもヤル気が出ない。

 

 Emmaに帰りたい。

 僕にとってこの世界で唯一僕の帰れる場所。

 狂乱の時期を通り過ぎて、全部失ってしまった。

 安全な場所を、安心できる場所を、ようやく見つけられたと、思ったのに


 優しくて、可愛らしくて、いつだって一生懸命だった、ジヴネラ。

 彼女のことを思うと、胸がギュッと締め付けられる。

 マルティナも最近は打ち解けてくれて、いい感じになってたし。コーディングレビューもしたかった。

 デアドラも僕のことをちょっとは心配してくれてたし。本体も何となく見えてきた。

 セルジアとは恋バナ話したり、小さな同盟結んだりして嬉しかったなあ。

 こっちに来て、それほど時間は経っていないけど、失うものが多過ぎる。


 ラルカンとかファンバーとかどうしてるかなあ。

 前回、DHAの事務所に押し入った時は異様な雰囲気で、居場所なかったけれど。

 あいつらと馬鹿なことできたのも、僕にとってはいい思い出だ。

 だけど、彼らの仲が進展したら、僕はどういう態度とったらいいのかサッパリだけど。


 なんて、感慨にふけっていると、ガシュヌアから声がかけられた。

「ユウヤ、仕事の話をする。いい加減、自分の世界から戻ってこい」

「うるさいですよ。僕は今、感傷に浸ってるんですよ。そっとして下さい。どうせ悪事の手伝いとかさせられるんでしょ?」

「セル民族自治区の問題が明らかになり、これから対策を打つ必要がある。加えて、お前達が開発した魔法を登録するのに、魔法条約第三条を適応させるので、アングル王国との国境問題が、顕在化する可能性がある。余談を許さない状況だ。事前に探れるものは探っておく必要がある」

「またハッキングですか? 勘弁して下さいよ」


  僕としてはスローライフで行きたい。

 でも、DOGの二人はそうじゃないみたい。

「とりあえず、明日にでもDHAの所に行き、進捗状況を確認しろ。進んでないようだったら、お前が代わりにやれ。セル民族自治連盟は魔法統制庁の外郭団体だ。変な形で解体させたりしたら、セル民族解放戦線SLOを刺激し、テロが発生する恐れがある。セル民族自治連盟の人員把握、施設の早期撤収、プロジェクトの隠蔽化をする必要がある」

 あれ、DHAに行けって言ってる?

 それって……

「えっ、僕、帰っていいんですか?」

「当たり前だろう。何を言ってるんだ。EmmaとDOGは協力関係だとデアドラから聞かなかったのか?」

「いや、ほら。悪魔になっちゃったわけじゃないですか。今後は悪事を働かないといけないのかな、とか考えちゃってたんですけど。悪魔的に」

「今までの生活を思い出せ。普通に食事をして、生活して、違和感があったか?」

「言われてみたらそうですね。魂とか食べたりしてませんよね。悪魔的に」


  むしろ、魂が削られてたことの方が多かったような気がする。

 単体テストとか、雑な仕打ちだとか。

 考えてみたら、悪魔ってこんな扱い受けたりするの? オカシイだろ?

 樫の木であることには、ちょっと胸に痛みを覚えるけど、仕方ないよねで済ませられる。そこはいい。複雑な心境だけど、受け入れることができた。そこに何の問題点もない。


 でも、僕って悪魔でしょ?

 扱いがちょっと雑すぎない? オカシイよ。崇拝対象じゃないの?

 あがめたてまつまれて、うやまわれる存在じゃないの?

 いや、サバトをして欲しいわけじゃないよ。生け贄とか、正直ごめんなさいって感じだけど。

 待遇改善を要求したい。もっと僕を大切に扱ってよ。ねえ。


 悪魔って人間と契約して、魂集めるのが仕事だと思ってた。

 月例会議で何個魂集めたかで、表彰されたり、年間の集魂数でポジション決まったりするものかと。


「ユウヤ君、突然なことでビックリしただろうけど、普段通りの生活してくれて構わないからね。ただ、悪魔であることは他の人に言っちゃ駄目だよ。ただでさえ偏見が多いからね」

「ええと、普通に一般人から契約してくれとか、申し込まれたら、契約書作成とかどうするんです? 悪魔的に」

「その語尾に”悪魔的に”っていうの、気に入ったの?」

「ちょっとだけ……です、その、語感がちょっと気に入りました、悪魔t。もう、やめますね」

「どちらでもいいけど。さっきユウヤ君が言ってた、契約書作成が人間と悪魔との契約を言ってるんだったら、その業務は別部門になるから」

「ええ! 何ですか、その新事実。部門が別? 組織化されてるんですね」

「そりゃそうでしょ。悪魔も人手不足だからね。でも、最近は電子化されたのもあって、手順が楽になったとか言ってたね」

「嫌なこと聞いたなあ。そしたら、”落ち人”って沢山居るってことじゃないですか」

「そうだね。”落ち人”は君だけじゃないよ。でも、全ての”落ち人”がDOGと協力関係にあるわけじゃないからね。ほら、他の悪魔も居るわけで」

「うそー。悪魔の世界に派閥とかあるんですか? もう、ホントに勘弁して欲しいです。人間の世界だけでもお腹いっぱいですよ」

「派閥は普通にあるって。悪魔社会って結構、面倒くさいよ。僕は巻き込まれたくないから傍観者でありたいんだけどね」

 何それ、聞いてねえ。

 そういや、を隅々まで読まずにOKボタン押しちゃったからな。

 利用規約みたいなのって出てきたけど、読まずに”同意する”を押したわ。

 あー、やっちゃった。


 ドラカンとやり取りしているのを、止めさせたいのか、ガシュヌアが話に割って入ってきた。

 この人、いや、この悪魔、本当に空気読まないよな。

 空気は読めるんだろうけど、絶対に自分のペースを崩さない。血液型はB型だと思う。

「ユウヤ、お前のメールアドレスはあるのか?」

「えーと」

 メールアドレスを言いかけるが、以前にメールするなら、登録が必要で、文字量で料金かかるとか言ってた気がする。


 そんな僕の様子を見てか、ガシュヌアが鼻息をもらす。

「この際だから言っておくが、自前でメールサーバーを建てた所で、それを追求するつもりはない。メールアカウントがあるんだな。お前の表情が雄弁に語っている」

「まあ、ありますけど。隠したわけじゃないしい」

「空メールでいいから俺の所に送れ、俺とドラカンのアドレスはデアドラから聞くといい。DHAの進捗報告はそれでしろ。で、お前はもう帰れ」

「そうですか。そうしたら帰りますね。でも、一応確認しておきたいんですけど、セル民族解放戦線SLOって何ですか?」

セル民族解放戦線SLOというのは、セル民族の自治権を主張している組織だ。十二氏族から成り立っているが、独立させろと言っている」

「そりゃまあ、あんな実験してたわけだから、圧政になっていたんでしょうね。不満を持つ層も出てきますよね」

「そうだ。事件があっても検察庁も動かないこともあり、不満が爆発寸前の所まで来ている。セル民族解放戦線SLOにアングル王国が裏から手を回して、紛争にまで発展したら取り返しがつかなくなる」

「なるほど」

「もう、聞くことはないな? 俺達はまだ仕事が残っているから、今日はこれぐらいにする。行け」

「じゃ、僕は先にあがります。あっ、そういや、悪魔って羽根が生えたりしないんですか? 空を飛べるなら飛びたいです」


 ガシュヌアは指先で頭を支え、わずかながらに眉をひそめた。

 何だろう。ガシュヌアが出来の悪い部下を持った上司みたいに見える。

「どうして、そういう考えに至るのか不可思議としか形容できないな」

「仕方ないじゃないですか。悪魔的には新人じゃないな、悪魔的に新悪魔ですよ。何かそういう特殊能力とかないんですか?」

「……」


 あっ、ガシュヌア、ちょっと怒ってる。

 ヤバそう。こいつ怒らせたら何かヤバそう。

「なさそうですね。そういうの。わかりました。帰りますね。でも、帰る前にアレやって下さいよ、アレ」

「何だと言うんだ。俺は忙しい。もう帰れ」

「ほら、ジネヴラが言ってたじゃないですか、僕を指さして、やったねみたいな感じで両手の親指立てて」


 ガシュヌアがドラカンの方を向き、ドラカンは肩をすくめた。

 溜息が聞こえてそうだが、この際、どうでもいい。


 You, Yeah


 おお、悪魔達からYou, Yeahを頂きました。

 案外、こいつら、いい奴かもしれない。

 さて、帰ることにするか。


 僕は僕の場所に戻ることにする。

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