0x0008 初女子屋敷潜入レポート

 監獄から出たときに、デアドラが宿泊することを認めてくれた。

 ただし、女子寮みたいな所になるから、隅の部屋で、慎ましく過ごすように命じられた。


「変態じゃないからね。僕は変態じゃないからね。本当に信じてくれてる? 僕は変態じゃないからね」


 まあ、そんなことも叫んでいたかもしれないね。

 衣食住がないという不安感は人を不安定にさせる。

 海外旅行に行って、いきなり荷物全部を盗まれた時、自分がどう感じるか想像して欲しい。


 僕の言葉を聞いて、デアドラはカールした金髪を弄りながら、しばらく考えていた。


 身長は僕よりも低く、あどけなさが残っているデアドラの返事で、僕の転生先の人生が変わってしまう。

 僕は唾を飲み込んだ。 

「そうですね……。間違いが起こったら起こった時……。それはそれで、何かのネタに使えそうですわね……」


 デアドラ、こわい。

 何かしでかしたら、脅迫の材料に使われてしまいそう。

「ないから! 間違いなんて絶対にないから! ここに二十四時間耐久ジェントルマンであることを宣言します」


 監獄からマイリージャ街の道は結構な距離だった。マイリージャ街の入り口にデアドラの屋敷はある。この辺りは貴族の屋敷が集まっているのか、庭の大きい屋敷が多い。


 前庭は芝生が植えられており、手入れが行き届いているせいか、輝いてみえる。屋敷へと続く、道の両側には花々の色合いが考えぬかれたかのように咲いていた。


 玄関近くでは広葉樹が高く伸びているものの剪定せんていはキチンとされているのだろう。ねじ曲がった枝は一つも見当たらない。色黒の石造りの屋敷にはツルバラが絡まっており、緑に染まった壁に、アクセントとなって花を咲かせていた。


 デオドラさん、本当に貴族なんですね。スゴいッス。ちょっと圧倒されました。


 僕、ここで寝泊まりしていいのかな?

 今まで気にしないようにしてたけど、女性ばかりなんだよね、今の状況。

 これまで、オンラインでの会話ばかりだったので、リアルな女性、しかも複数と生活するというのは、僕の今まで人生にはなかった。


 今まで散々BBSやチャットでよく書いたものだ。「リア充氏ねnormalfags must die all」。

 しかし、女性の中に男は一人だけという状態は、個人的には孤立している気がする。非リアoutcastな気分。


 そんな馬鹿なことを考えていると、どうもマルティナの様子がおかしい。考え事をしている。珍しいことがあるもんだ。声をかけてみることにした。

「マルティナ、どうかした?」

「……」

 反応がない。まるで底なし井戸に小石を投げ込んだ気分。

 どうしたわけだろう。彼女の目の前で手をヒラヒラと振ると彼女は気付いたらしい。

「すまない。ちょっと考え事をしていて」

 そう言って、彼女は俯いた。どうやら、自分の世界に潜っていったようだ。


 どうなってるの? 

 変態呼ばわりされなくなったのは喜ばしい。でも、いつも冷徹って感じの彼女らしくない。

 いつも一緒に居るはずのジネヴラはセルジアと話をしていている。ひょっとして友達少ない人なのかな?

 マルティナがジネヴラやデアドラ以外と積極的に喋ってるのって見たことないかも。


「どうしたの、マルティナ? いつもと違うようだけど? 何かあった?」

「う、うん」

 あれ? 

 いつもと明らかに違うマルティナの反応にこちらが困惑した。

 いつにも増して女子力がアップしてるっぽい。何、このはにかんだようなご様子。

 ただでさえドレスアップして更に女子力がアップしているというのに。生ツバを飲み込むのを何とか我慢する。また、変態呼ばわれされるのは嫌だ。


「あの、ウウイエア」

 名前の呼び方はブレないんだ。うん、いいよ。わかってたし。

 でも、この先はいつもとは違ってた。

「男から見て、私って、どう見えるんだろう?」


 彼女はちょっと上目遣いでこちらに問いかけてきた。


 えー、何、マルティナ。どうしちゃったの急に。

 今まで変態呼ばわりとかされてたけど、仲良くなれない人なんだろうとか考えちゃってたけど、今の言葉で心臓をギュッと鷲づかみされちゃったよ。勢い余って、ニュルっと指の間から右心室と左心室が顔出すぐらいの勢いだよ。


「き、綺麗だと。思う、います」

「そうか……」

 マルティナがそう言って、物憂げに微笑んで、この場の会話は終わった。

 ただ、この時の僕は妙にドキドキしていたのは鮮明に覚えている。


 マルティナってさ、自己紹介の時にサキュバスです、と言われても、えーそうなんだー。って言ってしまえるほど美人だから。

 ウェーブのかかった黒髪は艶ややかで、睫毛の下にあるブラウンの瞳は輝いていて、それでいて身体つきがエロい。

 いつもは颯爽としているから、意識しなくて済んでいるけど。仕草や表情が変わっただけでも、かなりの量のフェロモンが噴出してるんじゃないだろうか。

 特に今日はスゴい。一日五バレルほど。致死量は越えちゃってると思う。



 そんなことは置いておいて、食事の時間になった。

 僕はキッチンで囚人服を着たままボーっとしているだけだった。

 三人が料理をしている間。そういや、この世界って外食産業とかないんだよな。そんなことを考えていた。料理とか自分で作ったことがない。


 あれよあれよと言っている間に、食卓に料理が盛られてゆく。キッチンは戦場だ。僕は皿を言われた通りに並べることしかできなかった。

 それでも時間を持て余し、置いた皿を時計回りに回転させ三角関数について考えていた。


 食事の時間になり、僕は席についたが、生活力のなさに打ちひしがれた。でも食事が始まるとそんな気分も吹っ飛んだ。

 ムール貝はジューシーで美味しく、レモンを搾って香草をかけただけ。鹿肉のロースのワイン煮も臭みがいい意味で抜けていて、食べやすかった。

 ただ、ハギスだけはちょっと、遠慮したいというか、もう勘弁して欲しいという感じだった。そりゃジョークにされるわけだ。

 デザートが出されたものの、僕はハギスのせいで、これ以上は無理だった。


 ジネヴラは食後の会話をしばらく楽しんでいたが、紅茶を一口飲んだ後、いつになく真剣な表情をした。皆もそれに気付いたのか、彼女に視線を向けた。


「皆、根源サーバー集めご苦労様でした。ギルド設立に関して第一段階をクリアできたのはとても喜ばしいことだわ。そして、新しくメンバーに加わってくれることになったユウヤに改めて自己紹介してもらいましょう」


 ジネヴラの視線を受けて、僕は立ち上がった。見回すと皆がこっちを見てる。

 何、これ。ちょっと緊張するんですけど。

「ええと、ギルド設立に協力させてもらうことになったユウヤです。こちらの魔法の仕組みについては、知らないことも沢山あると思うので、色々教えて下さい。僕はプログラムやネットワークが得意だったので、その特技とか活かせればと思います。よろしくお願いします」


 ちょっとした拍手を受けて着席をしたら、冷や汗が出てきた。

 異国の地に来たんだなあとつくづく思った。


「新しいメンバーが加えることを了承してくれた、デアドラに改めてお礼の言葉を伝えさせてもらいます。デアドラ、本当にありがとう」

「いえ……。ウーヤの手腕に期待しての投資です……。契約の詳細についてはセルジアと詰めておきますので……。ジネヴラさんはギルド運営に全力を注いでください……」

「はい。わかりました。さて、ギルド設立に関してクリアしなくてはならないことは、一つ目は各根源サーバーの管理者権限の取得。二つ目が根源サーバーの公開準備。三つ目が実技試験になります」


 この世界では物理世界に影響を及ぼす魔法サービスを提供する根源サーバーが存在し、人間が魔法を認知した時には、全サーバーはオフにされている状態だとか。

 どうして彼らがサーバーにオフにしたのか、エルフと接触がなくなった今では理由を確かめる術がない。

 

「優先事項としては、まず根源サーバーから管理者権限を取得することです。運が悪ければ何年もかかると聞いています。だけど、ここを乗り越えなくてならないといけません。私たちの目的はギルド設立だけではなく、この世にいる女性たちに、女性でも男性と同じことができると、希望を与える存在になれることを忘れないようにして欲しいです」


 ジネヴラの声は透き通っていて、活力、自信にも満ちている。弁舌の才能もあるらしく、声にも説得力がある。

 デアドラが投資したのも頷ける。


「今日をギルド設立に向かっての根源サーバー起動が無事に達成できたことを覚えていて欲しい。そして、次の目標。根源サーバーの管理者権限の取得に、折れるでのはなく、挑む姿勢を忘れないようにしてください」


 今の状態はというと、根源サーバーを三つ見つけた状態で、いずれもパワーオンしただけの状態なのだそうだ。

 ギルド設立するのであれば、パワーオンされた根源サーバーの管理者権限を取得して、サービスを公開できるように環境を構築しなくてはならない。

 管理者権限とは根源サーバーの特権階級みたいなもので、Windowsで言うところのAdministrator権限にあたる。

 つまり、管理者権限を得ないと、サービス公開も何もできないってことだ。


 根源サーバーOSはLinux。

 そうなると管理者権限はrootになる。

 パスワード・ハックって正攻法で行ったら地味で退屈な仕事だ。

 PGプログラマSEシステムエンジニアに七階にある寂しいオフィスで正攻法でパス割り作業させたなら、七日目ぐらいに窓開け、飛び降りてしまうことだろう。

 アンドロイドが電気羊の夢を見るのかどうかはしらないが、PGプログラマSEシステムエンジニアは鳥になれるかもという白昼夢を見ることはある。


「ジネヴラ、質問があるんだけど?」

「どうしたの、ユウヤ」

根源サーバーの情報って教えてもらえるかな?」

 さすがに正攻法でいくとなると何年かかるかわかったものではない。

「これが一覧になる」

 マルティナがそっとノートを差し出した。うっわ。何か装丁がスゴい。革が表紙になっていて、ノートにはインクで書かれているのか、文字がかすれていたりする。

「マルティナ、字が綺麗だよね。性格なのかな」

 どうやら学校時代から使っているらしい、線もないのに文字は等間隔で書かれている。几帳面だなと素直に思った。

「世辞はいい。言っていたのは最後から二ページ目にある」

「あった。ありがとう」


 僕は見せてもらった根源サーバーについての情報を頭の中にあるコンソールに叩き込む。


 パスワード・クラックは大した仕事じゃない。

 人間にはパスワードを設定する際にパターンがあるからだ。今まで散々使ってきたパス割りツールの出番が来たようだ。


 「DirtyCOW」と命名されたLinuxカーネルのバグを利用した、|プリヴィレッジ・エスカレーション・アタック《権限昇格攻撃》を実行する。



 エルフもあんまり人間と変わりないね。

 ハッカー仲間に言ったりしてみたら、クールbadassどころか、マヌケjackass扱いされることだろう。


 最後の一台は時間がかかったが、パスワード・クラックは全て終わった。

 ただ、最後の一台に関しては、ちょっと気になる点がある。ユーザー一覧に見かけた名前があったからだ。


 とういうわけで、僕はジネヴラに声をかけた。

「ジネブラ。根源サーバーの管理者権限取得できたよ、全部」

「えっ?」


 あー、しまった。

 良いニュースと悪いニュースがある、と言うべきだった。

 仕方ないので残った悪いニュースを付け加えた。


「ただ、一つのサーバーはDHAが勝手に乗っ取ったっぽい。ラルカンってユーザー名が登録されてた」


<Supplement>

※a

 対象となるサーバーはLinuxで、「DirtyCOW」という脆弱性を持っているバグとする。


 ユウヤが取った手口としては、guestアカウントから侵入。

 そこから「DirtyCOW」と命名されたLinuxカーネルのバグを利用した、プリパレージ・エスカレーション・アタック権限昇格攻撃を実行している。


 guestアカウントでログインした状態で、「DirtyCOW」と命名されたLinuxカーネルのバグを利用した、プリパレージ・エスカレーション・アタック権限昇格攻撃を実行する。


 手順としては以下になる。


 01.DirtyCOW用のC言語のソースファイルを根源サーバーに転送

 02.gcc(標準的なCコンパイラ)でコンパイルを行う。

 03.手順02で作成された実行ファイルを実行する。

 03-01.新規アカウントが作成され、パスワードの要求がされる。

 03-02.新規アカウント作成(root権限を持っている)

 03-03.パスワードを管理している/etc/passwdファイルを書き換え、元ファイルは/etc/passwd.bakとして保存する。


 

 この時点でハッカーはバックドアの作成等や秘密鍵持ち出し等を行うが、

 本物語の場合、rootアカウントのパスワードが必須となる。(上書きしても可)


 その為、パスワードクラックツールを使う。

 パスワードは/etc/shadowファイルに格納されており、暗号化がされている。


 その為、/etc/shadowファイルに復号化を行うことになる。

 使用するツールはJohn the Ripper(切り裂きジャックのパロ)になる。


 このツールには以下の3つのモードがある。

 ・シングルモード

 ・ライブラリ・アタックモード

 ・ブルートフォース・アタックモード

 

 ライブラリ・アタックモード

 これは辞書アタックとも呼ばれている方法。


 ライブラリ・アタックにあたっては以下のようなパスワードは真っ先にアタック対象となる。

 123456

 12345678

 121212

 password

 passw0rd

 p@ssword

 p@ssw0rd

 login

 root

 admin

 administrator

 qwerty


 上記に加え、対象国籍の辞書を設定し、Adobeから1.5億、Yahooから30億のユーザー情報が盗まれたパスワード一覧をセットしている。

 こういったパスワードリストはダークウェブ上で普通に販売されており、サイバー犯罪で大量のデータ抜き取りが行われたら、販売されてると考えておいた方が良い。



 ブルートフォース・アタックモード


 順番に文字列変えて試す方式。かなりCPUを使ってしまうので、複数の踏み台ゾンビから同時に並行して行うことが多い。


</Supplement>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る