第24話

 この戦いにおいて、最も高い技量と負担を求められたのは、実のところ泰生でも古川でもない。

 それは藤吉邸で休んでいたはずのトコシエであるのは間違いなかった。


 未だ服装は寝間着のまま(流石に意識が戻ってから着替えた)で、布団から体を起こした状態のままである。


(他人事だからと言って、タイセイは好き放題言い過ぎですよ)

 らしくない愚痴が自然と口から漏れる程度には体に負担をかけている。

 それもそのはずだ。

 なにせ遡る事ほぼ一日前に、危険な凶器で刺されているのだ。

 体の傷は彼女自身の魔法でほぼ完全に治癒しているとは言え、消耗した魔力と体力は未だ全開には程遠い。


 とはいえ、彼に託した「賢者の小石」はもともと彼女自身の血液から精製した高純度の魔法触媒だ。

 


「弱った身体でもこれくらいなら……」


 泰生から預けられた強大な魔道具もある手前、魔法使いの意地にかけても失敗などできない。



 事の発端は数時間前に遡る。


『なら、こう言うのはどうだろ?』


 思えばその言葉は、次に出てくる台詞の後を思えば些か大人し過ぎた。

 だからだろうか。

 大して気負うこともなく自然な体勢でその続きを耳にしてしまったのだ。


『この街の大結界を経由して魔法を使うって可能なのか?』

 この言葉を聞いた直後は頭が真っ白になった。

『大結界を経由する?』

『そう。つまり自身と魔道具の間に大結界を挟んで延長コードのようにするんだよ』

 その言葉にとっさに反応できない。

 意味を噛み砕くのに数秒かかる。

 なんて事を考えつくのか、と戦慄する。

『理論上は確かに可能です』

 はっきりと「できるわけがない」と言わなかったのは、魔法使いとしての矜持が邪魔をしたのかもしれない、と振り返って思う。


『つまりは可能なんだね』

 最も、そんな自嘲に近い拒絶は目の前のど素人には理解してもらえなかった。

 たしかに、できないわけではない。

 だが、無論口で言うほどに簡単なはずもない。

いや、そもそも「理論上は可能」などという文句が前にくっついたときというものは、得てして現実的には不可能なことを指す。

そんな暗黙のルール、不文律という文化を目の前の男は知らないいでもいうのか。


呆れたように頭を抑えながら、不本意ながらも、まるで幼児に教えるように丁寧に説明しなければわからないのだと悟る。

『ですが、成功率は貴方が拳で直接殴り合って勝つ方が可能性があります』

 そこまではっきり言うと、流石に難しさが理解できたのか、『えっ』と驚いた。

 それが本当に意外そうで、余計に腹立たしかった。


『なんで? 本来ならそれくらいはできるスペックはあるんじゃないの?』

何を根拠に、と言ってやりたくなるが、彼の言葉はあながち間違いではない。


『えぇ、ならば』


 わざわざ『本来』を強調する。

『ですが、それは結界の管理者がする場合、つまりは貴方が行う場合です。

部外者である私が手を出せるようにはできてないんですよ』

 大結界とは土地が持つ魔力という力の配分をコントロールする調整機構である。

 私利私欲で使おうと思えばできるし、使い方によっては悪事に転用することも難しい話ではない。


 そのため、扱う力の量が大きくなればなるほど組み上げられた防衛機構は強力かつ複雑になりやすい。

 しかも、如月の大結界は数百年クラスの偉大秘跡グレートワンダーである。使われているは今の人の世では持て余し気味だ。


 はっきり言って、現在の魔法使いが一朝一夕でなんとかできる代物ではない。

 せめて一ヶ月、いや二週間ほどは必要になる。


 運良く解析できたとしても、結界とのアクセスを維持しながら、魔法の戦闘を同時にこなすとなればさらに困難を極める。

 不可能、どころではない。

 冗談抜きで大結界に殺される。


 そう思案していたところで、『はい』といってから何かを泰生が投げた。

 それはゆっくりとかを描きながらトコシエの手元に飛んできたので、両手で抱きしめるようにして受け取る。

『これは?』

 両手を恐る恐る開くと、それは指輪だった。

地金はシルバーで蒼い宝石の埋め込まれたシンプルなもの。

 それが何なのか、どういう意図があるのか、とっさにわからなかった彼女も、数秒あれば流石に分かった。


『貴方、まさかこれって……』

 そんな彼女の問いに、ケロリとした様子で『ご明察』と言って肯定した。


 それは、鎖を通して首からかけていた、二つの指輪うちのの一つである。 

 それは藤吉セツの遺した形見であり、この街の大結界の管理者の証である指輪の片割れだった。



「素人って怖いですね」

 あの瞬間を振り返るとそう思わざるを得ない。

 そこにある怖さはその瞬間よりも振り返ってみたときの方がより強く感じる。

 これからの未来など未だ確定していないが、今後もし、泰生が魔法使いと完成したときが来たとして、今日という日を振り返ったとしよう。

 きっと今トコシエが抱いているような怖さを感じるのかもしれない。


 そう言って見つめるのは彼女の右手。

 大結界と「縁」を結ぶための魔道具は確かなそこにある。

 それは、皮膚の感覚を通して、魔力の流れを通して、強く感じている。


「こんな藤吉が持つ不思議の深奥とも言えるような鍵をアッサリと渡す人がいますか」


 彼の立てた作戦は、確かに魔法使いらしく合理的であった。しかし、指輪を渡すという工程だけは、魔法使いなら絶対に避けたはずだ。

 その行為は大結界の主導権を譲り渡すも同じことだからである。


 無論、鍵を手にしたら好き放題できるというわけではない。

 しかし、トコシエくらいの魔法使いがその気になれば大結界の乗っ取りや、指輪を解析してバックドアを作るなどという暴挙 などはそう難しい事ではないのだ。


 わざわざ如月高校にある基点に訪れたのも、指輪に手を出そうとして要らぬ警戒をさせないようにするためだったというのに。


(最も、もう片割れを持っていれば大丈夫とも思っていたかもしれませんが)

 それが分かっていれば、泰生もそのような愚行に出ることはなかったはずだ。

 ……そうでない可能性が何パーセントかありそうな気がするのが痛いところである。


 とは言え、そこがクリアできればあとは簡単。

 彼から送られてくるを基にして、決められた「賢者の小石」に決められた「魔法」を発動するだけでいい。


 連絡手段?

 そんなものは携帯電話ありふれたしゅだんで事足りる。


 つまりは、彼が口にした言葉は、惑星との契約でもなければ、自己暗示でもなく、通信が齎した最も原始的な使用法。

 要はただの合図。ただ、それだけだが、それだけのことが、この瞬間においてはどんな魔法よりも重要だった。


 これ以上ないほどのトコシエの助力。

 いや、この身体や立場を考えればこれほどの助力ができたということも、「奇跡ふしぎ」である。


「手にした分不相応な『魔法』をどう活かすか。

 タイセイ。魔法使いとしての貴方の資質をここで見せてもらいましょうか」


 入ってくるのは耳からの情報のみ。

 全身の感覚を魔法に集中しながらも、泰生の行動これからを楽しんでいた。

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