一章 不思議な夏休み

第6話

 ちなみに春巻きがどうなったのかというと、その後に近所のスーパーに豚ミンチを購入することで無事完成した。

 それに今日は客人があると言うことでレバニラ炒めも作る。

 お客にレバニラというのも何だか奇妙だが、貧乏学生の身である泰生はレバニラだって高級品である。

 もっとも、トコシエはといえばレバニラと春巻きでもそこそこ満足している様子である。


「なかなかの腕ですね、藤吉泰生。流石はあの藤吉セツの後継者と言うところでしょうか」

「はぁ、まぁ、どうも」

 夕飯を食べての感想にしては少々大袈裟である。

「特にこの春巻きが良いですね。からりと揚がってサクサクでジューシー。中に入った筍が良い仕事をしています」

「……」

 特に春巻きが好物だったのか、先程からかなり饒舌で味の感想が細かい。この感想も既に三回は耳にしている。


(さっきは素人が大結界を受け継いだことに頭を抱えていたクセに)


 色々と思うところがあるが、せっかく機嫌よく過ごしているのにワザワザ指摘を入れるのも良くないので口にはしない。

 それくらいの分別は持ち合わせている。


「で、そもそもなんだけど、君は何者なんだい?」

「? 言いませんでしたか? 魔法使いだと」

 それは確かにもう聞いている。

「だから、婆ちゃんとどんな関係があったとか、何で僕を手助けしてくれるのかとか色々だよ」


 そう言うと箸をひとまず置き、上品に口元をティッシュで拭う。

「そうですね。簡単に言っておきましょうか。貴方の祖母である藤吉セツには一度だけですが師事を受けたことがあるんです」

「つまり……弟子?」

「そこまで正式なものではないです。その教えも一度だけですしね」

 発言は控えめだが、否定はしていないことからして当たらずも遠からずと言った感じなのかもしれない。


「さっき婆ちゃんのことを『えるだー』とかって言ってたけど、それが師匠ってことなの?」

 ふと思いついたことをポロリと言ったがそれはどうも違うらしく、首を横に振る。

「『長老エルダー』とは世界中の魔法使いを管理・統制する組織の『魔導機関』の意思決定機関である『長老会議』のメンバーでーー」

「はいはーい。ちょっとブレイク」


 想像していたよりも三倍以上のスケールに泰生の許容量はあっという間にはみ出した。


「え、何? 婆ちゃんって世界を代表するようなそんなに凄い魔法使いだったの?」

「世界最高、と言うのは流石に言い過ぎですが、世界最高峰の一人であることは間違いないですね」


 ただの口やかましい婆さんだと思っていたが、どうもそう言う訳ではなく、泰生が知らない顔を持っていたらしい。

 魔法だの魔導機関だの世界最高峰だのと知らない側面がどんどん出てくることに脳内の処理はいまだに間に合わない。

「……」

 しかし、そんな事よりも。ただーー


「タイセイ」

 その呼びかけにすぐに反応できず「え?」とバカみたいな声を上げた。

「な、何かな?」

「本当に貴方は魔法について何も学んでこなかったんですか? 駆け引きや謙遜と言う訳ではなく」

「ま、まぁ。そうだけど」

 魔法を知らない、と言うことが信じられないとでも言いたいのか。

 泰生は未だに「これ」がドッキリだと言う懸念を払拭しきれていない段階だと言うのに。


「まぁ、それは置いとくとして。あの金髪男の古川だっけ? 何であの人が僕を襲うんだ?婆ちゃんがなんかしたの?」

 その言葉にため息をつく。予想外のリアクションに訝しんでいると「さっきも言いましたが」と前置きをして説明を始めた。


「この街の大結界を狙っているんです。あの男」

 そう言えば、と思い出した。

「でも、何でウチなのさ。ひょっとして結界とやらも世界最高峰とかって話かい?」

「確かに『如月の大結界』は機関から偉大秘蹟グレートワンダーとして認められるほどの大魔法ですが、規模としては中の上と言ったところです。この国でも、もっと大きく優れた結界は存在します」

 また新しい単語が出現したことに辟易しながらも黙って聞く。


「ですが、結界の能力もさることながら、その政治的側面も特殊なんです」

「せ、政治的側面?」

 魔法などと言うファンタジーな言葉に一番似つかわしく無い言葉が引っ張り出された。

 泰生としてはできればそんな世知辛い言葉を絡めて欲しくは無い。


「通常、このくらいの規模の偉大秘蹟ならば、魔導機関の管理下に置かれるのが一般的です。そんなのに手を出せば、魔導機関をーー世界中の最低半分の魔法使いを敵に回すことになります」

 通常。

 読んで字のごとく「常の通り」であればそう言うこと。だとしたらーー、

「ちょっと待って、まさかーー」

「はい。ここの魔法けっかいはその管理下に置かれていません」

「つまり、ウチはちょっかいをかけやすいってこと?」

 泰生の言葉に僅かに頷く。


「何でそんなことに……」

「藤吉の家は魔法の世界では名家ですからね。様々な所で影響力を持ってますからね」

「名家って……」

 自分の住んできた家と重ね合わせて、違和感が拭えない。

 こんな状況でなければ笑い転げていたかもしれないが、そのせいで襲撃されたとあっては笑い事では済まない。

「夕飯にレバニラ食べる名家はないと思う」

「……」

 いや、名家でもレバニラくらい食べるだろうが、そんな追い討ちに何の生産性もない事を理解してか、トコシエは何も言わない。

「で、これからどうしますか?」

 一通り話が終わり、とばかりにトコシエは再び春巻きにスッと手を伸ばす。

「どうって……」

「当主は貴方なのでしょう? なら、今後の重要な決定は貴方が下すべきです」

 春巻きを食べながらではイマイチ締まらないが、確かに他の人を巻き込むような話ではない。

「どうして、手伝ってくれるの?」

「先ほども言ったように、たった一度ですが支持を受けましたからね。『縁』というやつでしょうか」

 そうして三〇秒黙って考え続ける。

 その間もトコシエは急かすことも問いただすこともなく、ただ、泰生の出した答えを待っていた。


「お願いだ。虫が良いかもしれないけど、手伝って欲しい」

「……まぁ、春巻きの分は働かなくてはいけませんね」


 こうして、魔法使いとの契約は済まされた。




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