第40話 バージェスの惨劇

 魔導士団団長であるフレッチャーとノルトライン騎士団団長であるカーライル男爵はツバサ・フリューゲルの捜索を終えて魔法研究所へと向かっていた。

 この日が事実上最後の捜索であったが、カーライル男爵の息子が見つかったわけではないし、彼らはツバサの捜索を諦める気は毛頭なかった。


「これから今後の作戦をビアンカたちと練ろうと思う。ギルベルト、君も来てくれないか?」


 マックス・フレッチャーは公式の場でない限りカーライル男爵を名前で呼んでいる。カーライル男爵、本名ギルベルト・フリューゲルもフレッチャーのことをマックスと呼ぶ。


「もちろん参加する。ところでビアンカというのはあの戦闘狂姉弟の姉か?」

「彼らが戦闘狂と呼ばれるなら、俺達は狂戦士バーサーカーと呼ばれるのが道理だ。実戦訓練が好きなんで戦闘狂と揶揄されることがよくある。いずれにせよバージェスでは若くして五本の指に入る天才姉弟だ」

「悪い、言い過ぎた。お前が天才と言うなら本当に凄いんだろうな、その姉弟は」


 フレッチャーが所長を務める魔法研究所はノルトライン領の北の外れにある。その地域が古くからバージェスと呼ばれていたので、研究所はバージェスと呼ばれている。


「ああ、だがまだ子供だから扱いが難しい」

「ふむ、その姉弟と作戦を練るということは何か妙案があるんだろうな?」

「ああ、当然だ」


 その時不意にカーライルが馬を止めた。そこは既にバージェスの敷地内である。


「どうした?」

「マックス、死臭が漂っている……」


 ギルベルトの言葉に反応し、マックスはすぐに探知魔法を発動し、生命反応を確認した。


「生命反応がない……。急ぐぞ、ギルベルト!」

「おう!」


 二人が正面玄関に着くと衛兵たちが血塗れで倒れていた。血糊の乾き具合から一時間以上経っているのが判る。

 ギルベルトは左右の手にダガーを握り、フレッチャーは魔力を練った。そして馬から降りて大急ぎで中に入る。

 

 そこは血の海だった――


「こいつは酷い……」


 殆どの犠牲者は首を切られているか、背中から肝臓を一突きにされている。明らかにプロの暗殺者の手口だ。それも魔法使いが弱いとされている接近戦で殺られている。


「今の時間、一階に居るのは一般職員と初等科の学生だ」


 実戦経験のある者は警備員以外に居なかったところを見ると、暗殺者にとってはとても楽な仕事だっだろう。だが……。


「マックス、これを見ろ」


 ギルベルトが発見したのは黒装束を身に纏った男の死体だった。

 その死体の右手がもげているのは、バージェスの誰かが応戦したからだろう。

 ギルベルトが持っているダガーと同じくらいの短刀が床に転がっている。やはり魔導士を狙った暗殺者に違いない。


「応戦したのは研究員だと思う」マックスは言った。


 今は午後三時、中堅以上の魔導士は遠く離れた訓練所か二階にある研究室に居るはずだった。


「マックス、その研究員が避難する場所はあるのか?」

「二階にある研究室だ」


 マックスの探知魔法を掻い潜ることができる研究室。それが二階にはある。もしかしたらそこへ逃げ込んだ研究員が複数人いるかもしれないという淡い期待を胸に、マックスとギルベルトは急いだ。


 二階へたどり着くまでに十人近くの死体を発見した。中にはマックス直属の研究員もいた。彼らは強力な魔法を使うことができるが、このような建物の中では使えないし、魔法の詠唱には時間がかかる。やはり、速度重視の暗殺者を相手にするには分が悪い。

 そのような状況だが、マックスたちは何度も死線から還って来た歴戦の英雄だ。沸々と湧き上がる怒りを静かに抑え込んでいた。


 その研究室には予想したとおり、物理と魔法の両方に対する魔法障壁が張られていた。


「だれかいるか! 返事をしろ!」


 ギルベルトが大声をだして中にいるかも知れない者に呼びかけた。


「無駄だギルベルト。この魔法障壁は音声さえも遮断する」

「それじゃあどうやって接触するんだ?」


 マックスは両手を研究室の扉に当てて、魔力を注ぎながら呪文を詠唱した。


〈我は魔導の真理を追求するものなり。終わりなき道への扉を開き賜え〉


 扉の魔法障壁だけが音もなく消滅した。

 マックスが急いで中に入り、ギルベルトも後を追った。


「フレッチャーさま!」


 その研究室には魔法障壁の研究をしているファビアンと二人の初等科の女学生がいた。

 初等科の女学生たちは部屋の隅で蹲っているが、怪我はなさそうだった。


「ファビアン! 無事だったか。何があったんだ!」

「申し訳ありません。他の生徒達を救えませんでした」


 ファビアンは今にも泣き出しそうな顔をして俯いた。


「ファビアン、よく生き残ってくれた。何があったのか教えてくれ」


 二人の英雄を前にして落ち着きを取り戻しつつあった研究員のファビアンは、訥々とではあるが話し始めた。


 ファビアンが確認した範囲ではバージェスへ押し入った暗殺者は五名程度いたようだ。

 彼は直接見ていないが、暗殺者たちは警備員たちを速攻で倒してから、一般事務員たちを皆殺しにしたようだ。異変に気がついた研究員たちが応戦しようと階下に降りていったが、太刀打ちできなかった。


「暗殺者の死体が一つだけあった。それは誰がやったのか判るか?」

「わたしが短詠唱の風魔法で暗殺者の一人を吹き飛ばした後、エアーカッターで腕を切り落としました。その後誰かがアイスキャノンを命中させたところまでは見ています」

「応戦できたのに、何で撤退したんだ?」

「マックス、彼を責めないでくれ」

「いや、責めているわけじゃないぞ、ギルベルト。暗殺者の正体が知りたいんだ」

「カーライル男爵さま、大丈夫です」


 うまく攻撃できたのはそこまでで、暗殺者たちは体制を整えるとスピードを上げて接近戦に持ち込んだようだ。そこで誰かが撤退しろと叫んだので、一番後ろにいたファビアンから逃げたそうだ。


「我々研究員の連携がバラバラでした。それが一番の敗因です」


 マックスは顎に右手を添えて「うむ」と答えた。


「生き残ったのは三人だけのようだな……」

「はい……。そうかもしれません」

「ファビアン、辛いかも知れないが訓練場の連中に連絡をとって、バージェスの守りを固めてくれ。暗殺者たちはこの周辺にいないから訓練所までは安全だ」

「了解しましたフレッチャーさま。早急に対処いたします」




    ◇ ◇ ◇




 訓練場にいた研究員たちよりも先にビアンカ姉弟が先にバージェスに着いた。

 マックス・フレッチャーと打ち合わせがあったのだから当然のことだった。だが、彼らはこの惨劇を受けいるられるほど精神的に成長していなかった。


「フレッチャーさま、お願いでございます。追撃の任を我ら姉弟に……」

「二人ともよく聞いてくれ。ギルベルトもだ」


 応接室でマックスは三人と向かい合って座っていた。


「まずは謝罪させてほしい。こんなことになって本当に申し訳ない」


 マックスが彼らに謝罪する意味はあまりない。もし、マックスに謝罪する相手が違うだろう。

 マックスは謝罪しようとしているのではなく、懺悔しようとしているのだ――


「相手を見誤った……。勇者ガイル・アロンソがツバサ・フリューゲルを暗黒大陸へ送った犯人だと思っていた」

「違うというのか、マックス」

「いや、違わない。だが、あいつだけが犯人ではない。もっと巨大な組織が動いている」


 マックス・フレッチャーはガイルに対して二つのプランを用意していた。

 プランAは、ガイルを強制的に連行し、彼を拷問するプランだった。

 マックスは一見そのような非人道的な手段を取らない人種に見えるが、実際は違う。それは長年マックスと一緒に戦ったギルベルト・フリューゲルがよく知っていることだった。

 だが、このプランには弱点がある。彼は最近キーハイム城を一歩も出ないので強引に連行するタイミングが見つからないのだ。


 プランBは、マックスが逃亡し、犯人たちに自分を追わせるプランだった。

 マックスは自分が罠に嵌められつつあることを事前に察知していた。そしえこうなることはある程度見越していた。なぜなら、マックス自身がエルカシス遺跡の転移魔法陣を起動できることは判っていたからである。そこを追求されたら、第一発見者であるマックスに疑いの目が掛けられることは疑う余地がない。

 そこでマックスが逃亡すれば、真犯人はマックスを追いかけて抹殺しようとするだろう。真犯人はガイル・アロンソであることは判っている。彼は単純な馬鹿であるから、マックスを必ず追ってくるはずである。

 もし、勇者ガイルがマックスと対峙しても、ガイルに勝てる通りはないはずだ。だが、彼にはマックスとの実力差を測れるほどの能力がない。

 もちろん、ガイルがマックスを追ってくればこのプランは成功である。すぐさま拷問してすべてを吐かせればよい。


「バージェスに対する襲撃で、何かの組織がガイルのバックに居ることが判った。プランAは実行不可能だ。だから、プランBを修正したプランCを実行することにする」

「それはどんな計画なんだ?」


 マックス・フレッチャーはいつになく真剣な眼差しで三人を見つめた。


「暗黒大陸へツバサ・フリューゲルを救出に行く」

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