第10話 神獣フェンリルと新たな仲間

 ツバサは瞬間移動スキルを使って大賢者グラン・マイヨールを〈流刑者の谷〉から連れ出そうとしたが、暗黒大陸自体に貼られている結界に阻まれた。

 暗黒大陸と流刑者の谷の中間点ならば瞬間移動できたかもしれないが、ツバサがイメージできる場所がその領域にはない。つまり手詰まりになってしまった。

 それは一旦諦めて次のスキルである〈探索〉を試してた時、神獣フェンリルを発見した。

 そのフェンリルは瀕死の状態だったので、ツバサたちは助けに向かった。


 マップ上に印された黄色い丸印の地点に行くと、そこにいたのはツバサと一緒に流刑者の谷へ落ちた巨大なワーウルフだった。

 そのワーウルフが苦しそうに唸っている。


「この魔獣はまだ生きていたのか。フェンリルはどこだ?」

『ツバサさま、これは魔獣ではなくて、神獣フェンリルです』

「えっ、こいつは神獣だったのか?」


 神獣フェンリルはツバサを見ると、「クゥーン」と犬のように鳴いた。

 どうやら前足と後ろ足が一本ずつ骨折しているようだ。

 そして胴体にも深い傷があり、血が大量に流れている。

 おそらく肋骨も折れているだろう。呼吸が苦しそうだ。


「これは酷いな」

『ツバサさまは完全回復が使えます』

「そうだな、使ってみよう」


 ツバサが魔法パネルで完全回復アイコンをタップすると、対象者リストが表示された。そこには、名前・種族・戦闘レベル・状態が表示された。


 名称:名無し

 種族:神獣フェンリル

 戦闘レベル:128

 状態:複雑骨折多数、内蔵破裂、重傷


 リストにはフェンリルしか表示されていないので、それを選択してから回復ボタンをタップした。

 すぐにフェンリルが白い光で包まれる。

 約三分ほどで光が消え、すっかり回復したフェンリルは立ち上がると、ツバサに向かって頭を下げた。


『助けてくれて、ありがとう』


 フェンリルは声を出せないので、テレパシーで語りかけてきた。

 クラウともテレパシーで会話するので、さすがにツバサもテレパシーには慣れてきている。


「まあいいさ。出逢いは最悪だったけどな。どうして襲ってきたんだ?」

『いきなり襲ってごめんなさい。異様な振動を感じたから行ってみたら、精霊の匂いがしたので……』

「精霊の匂い?」

『妖精も精霊もよく悪戯するの。だから懲らしめてやろうと思ったの』

「なるほどね。でも次からはもっと慎重に行動しろよ」

『解ったわ。だけど、何であなたは精霊の匂いがするの?』

「それは精霊紋を持っているからだろう。自然と精霊虫エメルが集まってくるんだ」

『まあ、面白いのね。精霊虫エメルに好かれる人間がいるなんて』


 そしてフェンリルは再び光に包まれた。

 回復魔法の白とは違う青白い光だ。

 フェンリルの体はどんどん小さくなり、そして人間の形に変化へんげした。


「えっ、女の子?」

「主さまっ!」


 見た目からすると十歳くらいの少女に変化へんげして、ツバサに抱きついてきた。

 髪の毛はゆるふわの銀色で、瞳の色は青い。

 頭には可愛らしいけも耳が生えているし、お尻からはふわふわした尻尾も生えている。

 外見は獣人の少女と変わらないかもしれない。

 だが、いくら少女とはいえ素っ裸の女の子に抱きつかれて、ツバサは困惑するしかなかった。

 日本だったら完全に通報されているだろう。


「神獣だから人間に化けることができるということ?」

「簡単なことよ。それより、わたしに名前を付けて欲しいの」

「そうだな……。フェンリルだからフェルというのはどうだ?」

「ずいぶん安直なのね。でも気に入ったわ。主さまの名前はなんていうの?」

「俺はツバサだ。ツバサ・フリューゲル。主さまとは呼ばないでくれ。ツバサでいいよ」


 この神獣は成獣ではなく幼獣なのだろう、ツバサに抱きついて離れようとしない。

 いずれにせよ、この流れだと神獣フェンリルを連れて行くことになりそうだ。その前に少し確認する必要がある。


「フェルは俺について来たいのか?」

「ツバサさんは暗黒大陸の外へ行くんでしょ?」

「ああ、行くつもりだよ」

「それなら連れて行ってほしいの」

「人間に変身できるのなら連れて行っても大丈夫だよな……」

「フェンリルは一度相手を認めると、とても従順になる神獣じゃ。連れて行ったほうが何かと便利だと思うぞ」

『仲間が増えるのはそれなりに心配事になりますが、ツバサさまなら問題はないかと思います』

「グランさんとクラウがそういうなら大丈夫だな。それじゃあ、今からフェルは俺の仲間だ!」

「末永くよろしくね。ツバサさま」

「末永くって……。まあいいか。こちらこそよろしくな」


 ピコーン!


『フェルが仲間になりました』

「はい?」


 ツバサの目の前に表示されているパネルに子犬アイコンが一つ追加された。その子犬アイコンの名前は「フェル」だった。


「何か着るものを調達しないと……」

『ツバサさま、グランさまの持ち物の中に衣服もあります』

「そうだったね。オープン・パネル」


 ツバサは異次元収納から女性物の衣服をリストアップしてフェルに見せた。


「どれを着てみたい?」

「たくさんあるのね……。これなんかどうかしら?」


(なぜゴスロリ風のドレス?)


「そ、それはやめたほうがいいな。フェルの場合はもっと活動ってきな服装のほうがいい。それに、フェルに合ったサイズはあるのかな?」

『グランさまのコレクションですから、普通の衣服ではありません。魔法が付与されているので、着た人の体に調整されます。因みに、下着は自動的に浄化されますから、洗濯する必要もありません』

「それは凄い。俺もこのさいだから着替えよう」


 ツバサは衣服を幾つか取り出そうとしたが、思いとどまった。

 魔法付与されているから衣服が汚れたりはしないが、誰も見ていないとはいえ、こんなにオープンな場所で着替えるのは抵抗がある。


「儂の屋敷を使うがよい」

「そうだった。早速使わせてもらおう」


 魔法パネルでグラン邸の扉をタップすると、ツバサの目の前に厳かな観音開きの扉が出現した。


『ツバサさま、次からはわたしに命じてください』

「そうだね、次回からは頼むよ。中に入ったら案内してくれるか?」

『もちろんです。ツバサさま!』


(何故かクラウの元気がいいな。よっぽどグラン邸に戻りたかったと見える)


 グラン邸の中に入ると、そこには広々としたエントリーホールがあった。

 中央には二階に通じる階段があり、左右には観音開きの扉がある。

 天井からは大きなシャンデリアがぶら下がっていて、柔らかな光を発している。

 壁は白く、階段や扉は漆黒に近い重厚な木で造られている。


『左の扉がラウンジで、右の扉はダイニングです。着替えは二階の寝室でなさいますか?』

「ああ、そうしよう」


 二階に上がると長い廊下があり、右側は主寝室、応接間、書斎、メイド部屋がある。

 左側には客室が四つあるようだ。


『ツバサさまは主寝室をお使い下さい。フェルさんは客室をお使い下さい』

「え~、ツバサさまと一緒がいい。衣服の着方も知らないし」

「まあ、最初は教えてやるか」


 主寝室はとても広く、三〇畳くらいありそうだ。しかも、カウンターとソファまである。

 カウンターの壁側には様々な形のボトルが並んでいて、大人の雰囲気を醸し出している。


(ふっふっふ、今晩はここで酒の味見をしよう)


「まるで高級ホテルみたいだな」

「そうじゃろう。儂のセンスの良さが光るのう。ふぉっふぉっふぉっ」

「まあ、それはいいとして。奥にある扉は何だ?」

『左側は浴室です。右側はメイド部屋になります』

「今にもメイドさんが出てきそうだけど」


 すると、メイド部屋の扉が開き、本当にメイドが出てきた……。

 メイド服はコスプレでよく見るようなフリフリの付いたもので、それもゴスロリ風だった。


「え~と、君は誰?」

「わたしはクラウです」

「ということは、ロボット? いや、人造人間ホムンクルス?」

「はい、人造人間ホムンクルスです。この姿の方がツバサさまのお世話をしやすいので、今後はこの体でご奉仕させていただきます」


(この体でご奉仕……。なんとなく淫靡いんびな響きがある)


「ツバサ殿、いやらしいことを想像しているようじゃな?」

「そ、そんなことないよ、グランさん」


(この服装だって爺さんの趣味だろ。色ボケ爺さんめ)


「フェルさん、こちらにいらして下さい」

「うん、解ったわ」


 ツバサはGパンのような素材のパンツと革のブーツを履き、上はオフホワイトのシャツを着た。

 ちょっと物足りないので、手足と胸には革の防具を付けてみた。


「ちょっと冒険者風だな。この上にローブだと魔法使いになってしまうので、マントを着てみよう」


 上着は焦げ茶のマントを着てみた。これなら目立たないだろう。


「でも、何かが足りない……。武器か!」


 ノルトライン領ではツバサは一流の剣士だった。剣を持っていない剣士は変なので、異次元収納から剣を探すことにした。


「ショートソードがいいな……」

「それなら魔法剣を使ってみるといいのじゃ。ツバサ殿の強力な精霊魔法を誤魔化すためにも早めに慣れたほうがいいからのう」

「なるほどね。魔法剣の威力のほうが弱いから、カモフラージュになるのか」


 インベントリーを剣に絞って見ていると、面白いことを発見した。

 武器の名称と、その横には武器の特徴やレベルが表示されていたのだ。


 ツバサはその中でシンプルな魔法剣に目を付けた。


 ・風神の剣:風魔法を発生することができる魔法剣、レベル10


「おお~、これがいい。レベル10は最高値みたいだし、これに決めた」

「うむ、いい選択じゃ。その程度で十分だと思うぞ」


 異次元収納から〈風神の剣〉を取り出すと、腰にいてみた。


「ツバサさま、フェルさんの用意ができました。まあ、素敵……」

「お兄ちゃん、カッコイイわ!」

「お兄ちゃん?」

「ツバサさま、今後のことを考えると、お二人は兄妹ということにしたほうが、旅がしやすくなると思うのです」

「なるほど、それでお兄ちゃんか。いい考えだな。さすがクラウだ」

「ツバサさま、褒め過ぎです……」

「お兄ちゃん、わたしの服を見て見て」


 上は白いブラウスに下がショートパンツに皮のブーツだ。防具らしきものは付けていない。


「か、活動的な感じでいいと思うよ。でも、防具はいらないのか?」


(反則級の可愛さだ。俺はロリコンじゃないんだけどな)


「外に出るときは手足にプロテクターを装備します」

「それから、タガーくらいは装備したほうがいいんじゃないか? 戦闘以外でも役に立つし」


 ツバサは異次元収納からフェルに似合いそうなタガーを取り出した。もちろん、腰に巻くタイプのホルダーも一緒だ。


「お兄ちゃん、ありがとう。大切にするね」

「魔法が付与されているから多少は乱暴に扱っても大丈夫だよ」


 どうやったのか理解できないが、そのタガーには刃こぼれを防ぐ魔法が付与されているようだ。

 大賢者グラン・マイヨールはこんな武器にまで魔法を付与している。大賢者の称号は伊達ではないようだ。


「儂は魔法付与が得意でな。細工がしたいようなら言ってくれていいぞ。ただし、武器には魔法許容量があってな。なんでも付与できるわけではないのじゃ」

「魔法付与って、奥が深そうだね」


 とりあえず風神の剣を使いこなしてから別の魔法を付与してみるのがいいだろう。いっぺんには習得できそうもない。


「それでは皆さま、ラウンジでお茶の時間にしましょう」

「ちょうど喉が乾いてきたところなんだ」

「わたしも! お腹も空いたんだけど……」

「軽食をご用意いたします」


 ツバサたちはクラウに先導されて、そそくさと一階のラウンジへと向かった。


(仲間が増えて楽しくなってきた。こんなに楽しいのは子供の時以来だな……)

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