第6話 はじめての戦い@流刑者の谷

 桂木翼とツバサ・フリューゲルとの精神融合が終わり、今後の行動についてツバサは考えているところだった。

 ちょうどその時、ツバサは何かの気配を感じた。

 戦闘レベルが144にもなると、何のスキルがなくても気配を感じることができる。

 接近してくるのは流刑者の谷で死んだ者が死に切れずに残った姿――スケルトン――である。

 ここは〈流刑者の谷〉だ。

 この地に流刑になった人たちの恨み辛みが怨念となって渦巻いている。生き残れなかった人たちが魔物に変化しても不思議ではない。ミストガルとはそのようなことが普通に生じる異世界なのだ。


「おいおい、スケルトンじゃないか? まじで怖いんだけど……」


 横幅が20メートルほどの狭い谷で、ツバサは百体ほどのスケルトンに挟撃されようとしていた。

 骨と骨がぶつかり合う音が谷間に共鳴して結構うるさい。


 ツバサは武器を持っていないが、スケルトンは衝撃に弱いので、今のツバサなら素手でも対抗できるはずだ。


「触っても大丈夫なんだよな? 呪われたりしないよな? でも、やるしかないか……」


 ツバサは地面に落ちていた流刑者の物と思われる衣服を裂いて、両手に巻いた。


「あっ、俺って魔法が使えるんだったよな」


 精霊の紋章を持つツバサは、周囲の精霊の力を借りて精霊魔法を使うことができる。


「試してみるか。スケルトンに触りたくないし」


 ツバサは数が多い右側の集団に両手を向けてイメージする。

 酸素と水素を凝縮して、発火するイメージ……。


「精霊さん頼む! 火炎弾!」


 ツバサの両手の間の空間に歪みが生じて球体になり、それが高速でスケルトン軍団の中央に飛んでいった。そして……。


 ズドーンという大音響が流刑者の谷を揺さぶり、小規模の崖崩れがあちこちで起こり始めた。


 そしてツバサ本人は、爆風に吹き飛ばされて崖に張り付いている。


「き、聞いてないよ。こんなに威力があるなんて……」


 ツバサの魔法でスケルトン軍団の八割が消滅した。残りの二〇体ほどが起き上がり始めた。


「圧縮し過ぎた? それとも酸素と水素の量が多過ぎた? まあいい、調整は後回しだ。次は腕力を試そう」


 そして、スケルトンの軍団に突撃する――


 スケルトンの動きはあまり速くないので、ツバサのやりたい放題だった。

 次々にスケルトンの頭骨を粉砕していく。

 ところが、半数ほど斃した後、火の塊がツバサを襲い大爆発を起こした。

 突然の出来事で対処できず、ツバサは爆風に巻き込まれて10メートルほど飛ばされた。


「誰だよ! いきなり魔法を放ったのは!」


 人のことは言えないツバサだったが、とりあえず抗議した。

 ツバサの周りにいたスケルトンも爆発に巻き込まれたようだ。一体も残っていない。


「あっ、火傷しちゃったよ……」


『魔法攻撃により負傷しました。自動超回復プロセスを実行します』


「これはシルキーさんが言ってた〈自動超回復〉だな」


 黎明樹れいめいじゅの精霊シルキーが〈自動超回復〉を加護として付加すると言っていた。

 桂木翼は不幸にも天使ゼラキエルに殺されたので、シルキーとは詳細な約束をしたわけではない。それに、翼は転移ではなくてツバサとして転生した。

 例外事項がたくさんありそうなのに、自動超回復を得られたことはとても幸運だった。


『完全回復術式を起動します』


 どこからか声が聞こえると、ツバサの身体が白い光に包まれた。


『完全回復術式が完了しました』


「おお~、火傷が治ってる!」


 ツバサは自分の火傷が瞬時に治ったことに感動している。


『次に身体能力上昇術式を起動します。今回の魔法攻撃ダメージに見合った上昇率は一・一倍です』


 白い光が消えると、先ほどと同じ様に金色の光がツバサを包み込む。


「おお~、体が熱い!」


『身体能力上昇術式が完了しました。身体能力上昇術式の効果により戦闘レベルが144から158に上昇しました。これで自動超回復プロセスを終了します』


 この程度の魔法攻撃で戦闘レベルが一挙に14も上がったのは、魔法関係の能力値が底上げされたからだろう。

 戦闘レベルがどのように算出されているのか判らないが、魔法攻撃を受けた今でも、身体能力と比べて魔法関係の能力値はかなり低いはずだ。つまり、身体能力と魔法能力のバランスが悪い状態だと、ツバサは感じていた。

 魔力能力を上昇させるには、超回復というスキルの特性上、今まで以上の強い魔力で攻撃されなければならない。


「でも、超回復が起動するような攻撃を受けると、痛い思いをするから嫌だな。何とかならないのかよ……」


 ツバサが考え事をしていると、第二弾、第三段の火炎弾が飛んできた。

 それを態と受けてみる。

 再び爆風で飛ばされるが、体には傷も火傷も負っていない。


「戦闘レベルが高くなると、負傷しにくくなるんだな。でも、爆風で飛ばされるのはいい気分じゃない」


 火炎弾を放ったのは二体のリッチだった。

 リッチたちは次の魔法を放つために詠唱している。


「遅いぜ!」


 ツバサは高速でリッチたちに接近する。

 そして、拳を一体の顔面に打ち込むと頭部が粉砕した。

 すぐに残りの一体には回し蹴りを胴体に食らわせる。

 そのリッチは聳え立つ崖に叩きつけられて、動かなくなった。


「よく考えてみると、この人たちは罪人としてここに送られたんだよな。成仏できるのか?」


 おそらスケルトンやリッチたちの魂はこの地に残るだろう。地縛霊というやつだ。

 彼らの魂を救うには、聖水か聖職者の浄化魔法で浄化するしかない。

 つまり、今のツバサには何もできないのだ。


「とりあえず、俺がミストガルに転生した目的を思い出したぞ」


 桂木翼が黎明樹の精霊シルキーに頼まれたのは、黎明樹の巫女を黎明樹のところまで連れて行くという護衛任務だった。


「それにしても、その巫女さんはどこにいるんだろう? それに、地球とミストガルの時間軸が合っているなら、既に十六年経過していることになる。この依頼は今でも有効なのだろうか?」


 手がかりは黎明樹の巫女がエルフの里に住んでいるということだけだ。

 とりあえず、情報を収集してエルフの里に行ってみるしかないようだ。


「あっ、服がボロボロだ」


 崖から落ちたり火炎弾を受けたツバサの服はあちこちが破れてひどい状態だった。

 そこで、ツバサはリッチの一人が着ているえんじ色のローブに目をつけた。

 おそらく、それには魔法付与がなされているようだ。未だに新品のように美しい状態を保っている。


「悪いけど、これを貰っていくよ」


 ツバサは両手を合わせて祈り、リッチのローブを脱がせて、自分で羽織った。

 服も貰いたいところだが、さすがに抵抗があったので止めておいた。


 ミストガルのツバサは剣士だ。武器として剣が欲しいところだが、ここに残された剣は数も少なく、あったとしてもボロボロに錆びている。

 聖剣があれば錆びずに残っていたことだろう。だが、聖剣を持たせたまま流刑になるのは考えにくい。


「さてと、今の状況をよく理解する必要がある。それと、生き残り戦略を考えないと……」


 黎明樹の精霊シルキーが言うには、この依頼は「簡単なお仕事」のはずだった。

 ツバサの戦闘能力からすれば「簡単なお仕事」のような気がするが、状況は謎が多くてハードモードになっている。


「簡単なお仕事じゃなかったのかよ……シルキーさん」


 ――こうなったのは白黒天使のゼラキエルのせいだ。

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