メランコリーはホルンを起こす一Ⅱ

 チュンチュン、チュンチュンとスズメの声がする。朝だった。

 ぼんやりしていた頭が徐々に覚醒して、私はベッドから飛び起きた。


「ゆ、ゆゆ、夢…?」


 ああそうだ夢オチだ!そうに決まってるじゃない。楽器が人になるなんてそんなバカな話が――


「朝からうるさいバカあすか」


 ――あった。


「いやあああ現実!!」


 狭いベッドの中に、自分以外にもう1人いた。昨日の自称ホルンの美少年だ。はっぴとジャケットを脱いで、シャツ1枚になっている。


「おれが出てきた経緯知りたいって言うからしょーがなく話してやったのに、難しくて寝るとか、ガキかよ」

「…すみません。……あの、ほんとに魂楽器ソーリントなの?」

「そうだって言ってんだろ。あー、腹減った」

「…え、お腹、空くの?」

「だから減ったっつってんだろ」

「ヒィ」


 何この子ども超怖い…。


 *✻*


「…で、出来ました」

「なんで敬語?」

「本能的に」


 作ったのはふわふわタマゴのベーコンエッグ、レタスとトマトの和風サラダ、トーストにホットミルク。

 1人のときでは考えられないくらい凝った朝食だ。


「いただきます」

(ちゃんと手合わせるんだ…)


 自称イナリがベーコンエッグを口に運ぶのを緊張して見守る。


「………うまい!」


 そしてすごい勢いでもぐもぐし始めた。


 か…かわいい!!


 行動は横暴でも見た目はフランスのキッズモデルのような愛らしさ。私は思わずにこにこして眺めた。


見てんじゃねえよひてんひゃへえお

「…ウッス」


 フォークで目を刺されかねない様子で凄まれたのですぐに目線を外す。そのまま自分のトーストをかじりながらテレビを付けた。


『次のニュースです。警視庁音害おんがい課が11月5日に起こった殺人事件を、音害型の犯行とみて動く方針を発表しました』


 ピッ、ピッとザッピングする。


『えーしかし、その件はですね、はい、その慎重に、慎重に検討していこうと』

 ピッ

『―い、では早速見ていきましょう。まずこの中には』

 ピッ

『ひと言お願いします!警視庁はまだ連続殺人とは認めないんですか!?不審音を聞いたという情報が多くありますが、そこの所』

 ピッ

『さて今日のワースト1位の星座はー?ごめんなさーい、双子座のあなた〜!思わぬハプニングに見舞われてしまうかもっ!ラッキアイテムはショートブーツ!それではみなさん、行ってらっしゃーい☆』


「んげ…」

「ああ、あすか双子座だもんな」

「把握済み…!?」

「ホルンに収まってるときも、記憶はあるんだよ。…おかわり」

「アッ、ハイ」


 *✻*


「とり…あえず」

「とりあえず?」

「どっか…、行っていいですか?」

「相談所?なんでだよ」

「…い、イナリは知らないと思うけど、自我と実体を持つ楽器…魂楽器ソーリントは貴重だから、申請しないといけないの。けど最悪政府の楽器省に回収もありえるらしいから…私それだけはマジで無理だからホントに」

「必死だな〜」

「必死にもなるわ!だから、バレないうちに警察以外に相談したくて…」


 スマホで『音害相談事務所』で検索する。

 出てきた結果を見て、思わず溜息をついた。


「…やっぱここかぁ」


『近くの音害相談事務所:七宮相談事務所』


「ん、それ有名な所だろ」

「そう、かなり有名。しかも一昨年いきなり社長が息子に経営を譲ったとかで話題沸騰して…どうしよ」

「何がダメなんだよ」

「絶対相談料とかふんだくられるよ…?」

「貧乏大学生め…じゃあ、おれがどうなってもいいのか?」


 その瞬間、私は立ち上がって出かける準備を始めたのでした。


 *✻*


 30分後、私とイナリは七宮相談事務所のある建物の前に立っていた。

 来る途中、あんまりにもイナリが目立つので自分のパーカーを被せた。


「…目立つね、イナリ」

「まあ美少年なんで」

「おおう…謙遜しない」


 洒落たデザイナーズマンションの3階。そこが七宮相談事務所だった。


 七宮相談事務所って有名だけど内情はナゾなんだよね…。依頼した人からはすごいバラバラな話が出てきたりとか


 不安を感じながら相談所のドアをノックする。

 コンコン、と乾いた音が、静かな廊下に響きわたった。

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