魔女の流儀
ガンッ、ガンッ、グシャッ……
十数人の極道の女たちは身を寄せ合いながら、惨劇が繰り広げられる毛利組事務所の隣室にて子猫のように震えていた。
先程から、何かを激しく殴る音が止まない。やがてそれは肉を叩き潰すグロテスクな音と混じり合い、世にも悍ましい怪音となった。
少し前までは男たちの喚き声や、乾いた銃声が無数に鳴り響いていた隣室からは、今やその音しか聞こえない。
それは、もう大半の男たちは息絶えてしまったことを物語っている。彼女たちは耳を塞ぎ、目を瞑った。
助けを呼ぼうにも、電話が繋がらない。張り巡らされた電線ぐらいしか見所のないこの裏通りで、である。何かに妨害されているとしか思えなかった。
誰か、助けて。誰か誰か……
身を寄せ合い蹲り、心を一つに助けを乞う彼女らの鼻孔を、不意にローズの香りが突いた。祈りは一斉に止まり、全員が顔を上げて視線を香りの元へと集めた。
「おはよう」
そこにいたのは、ワインレッドのクローシェと漆黒のPコートを纏い、机に長い足を組んで腰掛けて、片手に持ったパイプから紫煙を
女たちの体が恐怖に固まる。彼女の瞳から放たれる赤光が、今隣室で暴れているあの男と全く同じものだったからだ。
「ウッフッフッ……えらく怯えるのね。極道の女がそれじゃあ、あんまり覚悟が足りないんじゃなくって」
女の笑い方や口調はその出で立ち同様、なんだか時代錯誤の感を抱かせた。恐怖に打ち拉がれる女たちは沈黙したまま、ただ黙って彼女を見守る。
そんな彼女たちの反応は、クローシェの魔女を酷く退屈させ、落胆させた。
「ハァ……つまんない」
魔女は聞こえよがしなため息をつくと、懐から白く煌めく刃物を取り出した。
奇怪な代物だった。手裏剣に似ているが、少し違う。それは、中心のくり抜かれた黒いハンドスピナーだった。そしてその外側に、二本の片刃が付いている。
魔女はその穴に中指を差し入れてクルクルと回し、刃の逆側、日本刀で言うところの峰にあたる部分に人差し指と薬指を添えて、パチン、と閉じた。たちまちそれは、小さな鋏に姿を変えた。
「面白いでしょ。お察しの通り私は隣のあのコと同じでね、時々こんなものを使って発散しなきゃいけないのよ。彼の場合、ああいう小悪党がお好みね。実際ああいう手合いの良いところは、罪悪感なしに愉しめる所ね。でも私の場合……」
魔女は頬を歪め、立ち上がった。
「あんたらみたいのが好みなの」
女たちが小さく呻いて、一斉に後ずさる。彼女らが垂れ流した黄色い液体が床を伝う。魔女は気にも止めずに、その水たまりを歩いて距離を詰めた。
「危険な男に惹かれるのは分かるわよ……でも隣の連中はちょっと、趣味じゃないわね。最近のヤクザやチンピラって、ロマンがないでしょ」
魔女は饒舌に語りながら、片手に持った奇怪な刃物を薬指と人差し指で器用に展開した。すると、それはまたも手裏剣に似たハンドスピナーに戻った。
高速回転する白刃は、明らかに女たちの血を求めていると分かった。女たちは益々恐怖に顔を歪め、流れ落ちる涙と鼻汁に化粧が剥がれ落ち、一応は悪党らに愛されていた美貌は見る影もなく汚れていく。魔女はそんな彼女らをせせら笑いつつ、言葉を続けた。
「私、こうなった後もね、何人か好きになった男がいるのよ。在野の
そこまで言って、魔女は自嘲気味に吹き出した。
「ふふっ、何だかこれおバアちゃんの、大昔のお色気話みたいでヤだわ。恥ずかしい。やめた、やめた……だけどまぁ」
魔女の赤光を湛えた目が、恍惚として細まる。その視線は、今や怪音も鳴り止んでスッカリ静まり返った扉の向こうに向けられている。
「今お隣にいるあのコはなんて言うか、イイわよ。今まで見たこともない型の危うさがあってね。長生きも案外、いいものよ」
ふぅ、と一息ついて視線を女たちに戻し、魔女はまた歩き出した。壁際に追い込まれ、もはや身動き一つ取れなくなった女の一人の首筋に、奇妙な刃物を突きつける。蚊の鳴くような声で「やめて、助けて」と言う彼女の声は、もう魔女には聞こえていない。
「あの篤志家気取りの屋敷にいたお嬢ちゃんたちもそうだったけど……つまんない男をつけあがらせてのさばらせる女って私に言わせれば、女全体の価値を下げるのよ。だ・か・らっ」
魔女は二本の指を弾くように動かし、回転する刃物は風を切るついでに女の喉笛を掻っ切った。鮮血が噴水のように飛び散り、魔女のコートの袖と、女たちの全身を汚す。
「大人しく切り刻まれて……ね?」
ギャアギャアと喚き始めた女たちの喉笛を、魔女は流麗なほどに手慣れた所作で切り裂いていく。お喋りに飽きたから、殺す。そんな調子だ。表情一つ変わらない。
ケントと違って彼女の殺戮は、すっかり日常と同居しているようだった。
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