第Ⅵ篇「ウロボロス」

     Ⅵ


 夜の街路を走る純白の電子戦車両〈アイギス〉――後部車両の作戦室/通信官の操作により大モニターが複数のファイルを展開。

 席に並ぶ天姫・比叡・春奈――部屋の奥に佇む乙。

「市に提出された難民申請時のデータより、セム・カディル氏の所在が判明した」御影――部隊の移動を指揮/一同を見渡す。

 すっかりと立ち直った天姫――元気よく挙手。「ワタクシたちも、一刻も早くジャンのお父様を迎えに行くべきですわ!」

「慌てるな、お嬢様マドモワゼル。すでにブルクハルト率いる戦術班の別働隊が保護に向かっている」どうどうと制するように。「我々が追うのは難民を乗せた二台目のトラックと、敵組織の本体だ」

 モニターに新たなウィンドウが開く――本部からの映像回線によるニナの通信。《今夕こんゆう確保されたシンジケート構成員の尋問により、彼らの所属するグループは〈ウロボロス〉と呼ばれる国際的密輸シンジケートの下部組織であることが判明した》

 比叡+春奈=きょとん。「ウロボロスっすか?」「RPGロープレに出てくるモンスターみたいな名前だし……」

《もとは各地の神話にみられる〝自らの尾を飲む蛇〟のことだ》情報収集に余念のないニナ――淀みのない説明。《ハンガリーやルーマニアでは魔除けの装飾としても用いられている》

 御影の疑問。「東欧圏を中心に活動していた組織なのか?」

 頷くニナ。《中東情勢の混乱に乗じて台頭してきた、裏社会の新興勢力だ。欧州警察機構ユーロポールの管理する共有データベースによればイラクやシリア、イエメンなどの紛争地帯で、アメリカを中心とした先進諸国が反政府勢力へ武器や資金を提供した結果、それらを横流していた複数のグループ同士が結託し、東欧から欧州にまでまたがる巨大な密輸ネットワークが生じたとされている》

 天姫=驚きに腰を浮かしかける。「テロリストへ武器や資金を提供したんですの!?」

《当時はテロ組織認定されていなかった勢力だ》ニナ=言外に〝落ち着け〟と言い聞かせる。《アメリカはシリアの軍事政権打倒を大義名分に、反政府勢力を支援することで革命を主導しようと考えた。その時点では、国際社会もそれを容認していた》

軍事政権を排除し、米国主導のもと民主政権を作らせる――冷戦時代からの常套手段だな」とことんアメリカ嫌いな御影=渋面。「〝世界の警察〟が聞いて呆れる体たらくだ。アメリカは反政府勢力の操作に失敗し、さらなる混乱を招いた。そしてあれよあれよという間に、かの悪名高き過激派テロ組織、イスラム国が誕生してしまったという訳だ」

《正式名称は〈シリアとイラクのイスラム国ダーイッシュ〉だ。治安組織に身を置くお前が、ムスリム全体がテロリストであるかのような誤解を招く表現を使うな》ニナのひと睨み――御影が肩をすくめる。

 静かに話を聞いていた乙=端的に。「自らの行いが招いた魔物に苦しめられる――まさに尾を飲む蛇ウロボロスだな」重い一言。

 神妙な顔の天姫――理解しているのか怪しげな比叡+春奈。

《――話を戻すぞ。ロシアとアメリカが共闘によるテロ組織壊滅へとシフトしたことで、シリアを始めとした中東圏はひとまず小康を得た。それによって資金源を失った密輸シンジケートが新たに目をつけたのが難民だ。それ以前から副業として犯罪者の密入国斡旋で小金を稼いでいたグループが、今度は紛争によって生まれた大量の難民たちを獲物とすることで、多額の資金を得るようになった。……過去にユーロポールのまとめた報告書では、こうした〝闇の難民ビジネス〟でマフィアやシンジケートらが得ている利益は、年間にまで達している》

 天姫+比叡+春奈――ニナの告げる当方もない金額に仰天。

 天姫。「カペ・アラミド一億杯分ですのっ!?」

 比叡。「ロナウドの年棒七十年分っすかっ!?」

 春奈。「十連ガチャ二〇〇〇万回以上だしっ!?」

 御影――少女たちのユニークな例えに虚をつかれる/咳払い。「過去のダイヤや武器密売などとは比べ物にならぬ闇市場ブラックマーケットだ。どれだけの人間がこの悪行に関っているのか、想像もつかん」

《難民から搾り取った金で犯罪者が活動資金を得る。それにより武器や麻薬などの密売を行う。弱みを握られた難民たちは、時に人身売買の対象となり、脅迫された者たちが新たな運び屋や売人として犯罪の輪に取り込まれてゆく――まさに悪行が悪行を呼ぶ、悪循環ウロボロスのメカニズムだ》ニナ=苛烈な眼差し。《〈ウロボロス〉はそれらのシンジケートの中でも最大勢力と目されている組織だ。その拠点となる施設と構成員を確保し、密輸ネットを解明することが、欧州へきたる難民たちを悪行から救い出すための道を開く、モーセの杖となるだろう。現在、解析課が確保された施設から敵の暗号化メッセージを解読中。残りの敵性施設を突き止めている。――解析は進んでいるか、水無月副課長?》

《お呼びでございますか、ご主人様……と、いったところかな》

 新規ウィンドウの水無月――恭しく一礼。《暗号化データの多くは貿易禁止の電子部品や薬物関係の一覧だな。さしずめ裏社会の商品リストといったところだね。これらを過去のデータ及び都市内の電力消費と照らし合わせて、シンジケートの所有する施設を特定したぞ。これを見てくれ》

 モニターに次々表示されるデータ――予想される敵集団の規模/潜伏地点/関連施設の一覧=その数三十二ヶ所。

 御影=渋い表情。「。この全てを当たっていては夜が明けてしまう。これらが敵の用意したダミーである可能性は?」

《ご明察の通り十中八九、ダミーだね。……そこで視点を変えてみたのさ》水無月=不敵に眼鏡をくいっと持ち上げる。《先程のニナ長官の説明通り、敵が都市内で物や金を輪のように循環させることで追跡から逃れているなら、それを解いてしまえばいい。――さて、自らの尾を飲み込む蛇、?》

 天姫+比叡+春奈――むむむ、と考え込む。「それは……にあるのでは?」「そーっすよね」「決まってるし」

 水無月=ニヤリ。《正解だねテュア・レゾン、ポワロくん。輪を成す蛇にとって頭こそが尻尾であり、アルファにしてオメガだ》

 御影=感心するように。「つまり、品物ブツの搬入される施設ではなく、追う訳だな?」

《そうさ。武器も金も情報も、活用するためには一旦集められたものを放出しなければならない。丁度、僕らがネットで通販倉庫から注文した商品を取り寄せるように、敵にも必要な物資を管理する基地ベースとなる施設が存在している。そいつを探せばいいのさ》意味もなく白衣を翻す=決めポーズ。《以上の推論を加味して、データマイニング的手法で〈バク〉の解析プログラムを再構築すれば――そら、頭と尻尾のお出ましだ》

 モニター=都市の全域マップに二ヶ所の地点が表示される。

 比叡+春奈=パチパチ。「ほえ~、センパイすげーっす。説明はよく分からなかったっすけど」「流石センパイ、ウチらに出来ないことを平然とやってのける。そこにシビれる、憧れるゥ」

 脱力。《……褒められた気がしないのは、僕の気のせいか?》

「水無月センパイにしては、まあ、お見事ですわね」天姫=ツンとして顔を背けながら。「ようするに、この二ヶ所を制圧すればいいのですわね?」

 御影=思案深げに。「この二ヶ所は都市の東西か。また場所が離れているな……。敵の使用する兵器について情報は?」

《そっちも解析を進めてる。敵の商品リストには複数に分割された軍用機体と推測されるパーツが含まれている。さらに詳細な解析を進めているが、おそらくこれは米軍製のアームスーツだね》

「――となれば、どちらからも相応の反撃が予想されるな。さて、この盤面において、我らが白き女王陛下は如何な一手を打たれるのかな?」白皙のおもてを引き締め、モニターのニナを振り返る。

 ニナ=凛然と告げる。《これより部隊を三手に分け、第二態勢へ移行する。アイン、敵性施設Aの制圧――天姫・比叡・春奈、及び戦術班A分隊、我らの誇る最強の妖精たちの力でこれを達成せよ。ツヴァイ、敵性施設Bの制圧――日向、乙のアームスーツ、及び戦術班B分隊との連携でこれに対処。ドライ、戦術班C分隊は引き続き本件の重要参考人でもあるカディル氏の捜索と保護にあたれ。これらの三つを同時に完遂し、夜明けまでに都市を大蛇の毒牙より開放することが、我々に与えられた責務だ。良いな?》

了解ヤー!》あらゆる隊員たちの力強い返答/即応/通信アウト。

 御影らと共にモニターに向かって敬礼する天姫――つと、皆から離れた場所でジッと佇む乙の姿に気づく。

 乙=ひとしきり画面に映された情報を睨む――かと思うと、音もなく奥の待機所へ消える。その他者を寄せ付けぬ雰囲気にちょっと気圧けおされながら、天姫も後を追いかけカーテンをくぐった。


 手にしたカタナを見つめる。

 左手で鞘を右手で柄を握る――流れる所作で僅かに刃を抜く。

 何度となく繰り返した動作――音もなく引かれる白刃。

 明鏡のように光り輝く刀身――映し出された蒼い隻眼を見る。

(刃物に曖昧さはねえのさ)脳裏に甦る声。(善の善になるか、悪の悪になるか)妖しく光る白刃。(なんであれ、善か悪かだ)過ぎ去った過去の記憶。(それが真っ二つにするってことだ)

「お姉サマ……?」その声に、没入しかけていた意識が戻る。

 待機室の入口――不安げに様子を窺う天姫。「その……こちらに入るお姿が見えたもので」ばつが悪そうに目を伏せる。「瞑想中でいらしたのね……お邪魔して申し訳ありませんっ」

「いや、いいんだ」パチンッと音を立て刃を納める。「少し……昔のことを思い出してな」

 小首を傾げる天姫――やたら邪気のない真っ直ぐな瞳――その姿に、かつての自分の姿が重なる気がした。「私にこのカタナを託した日本人のことを思い出していた。彼は私の目標であり――真のサムライだった人だ」

〝だった〟と過去形で語られることに、天姫が何かを察したように顔を伏せる。後輩に心配をかけるようでは、まだまだだな――自重するようにカタナを腰に戻す。

「その人は、ミョーオーサマの剣は、その炎で罪人のを焼き払うと言っていた。私たちの火で、難民たちに取り憑いた魔物を真っ二つに切り払い、彼らを助ける――必ずやり遂げるぞ」

 蒼き火を燃やす眼が少女に向けられる――感銘を受けたように天姫が頷く。「はいヤーっ、お姉サママイネ・シュベスター♡」

 戦意に満ちた足取りで待機所を出てゆく背中を見守る――そうしながら、乙は天に向かって語りかけるように呟いた。「のカタナで今度こそ善と悪を真っ二つにしてみせるよ、モリサン」


 ミリオポリス第九区アルザーグルント――深夜のウィーン総合病院。

 外科・内科をはじめとした数々の専門療科/一五〇〇名の医師/約二〇〇〇床の規模を誇る市内きっての総合医療施設。

 その一角――緊急搬送された怪我人や病人を運ぶ緊急病棟。

 運び込まれた急患を数名の担当医が診断――ストレッチャーで手術室や大部屋へと運ばれてゆく患者たち――非常灯の灯る廊下を進む一台の台車を、すれ違った医師がふと呼び止める。

「君、その患者クランケはそっちの病棟じゃないぞ」台車の鑑札タグを指す。

「あい、すんません医師ドクター。上からの指示で、個室に変わったんでさあ。こっちが新しいタグです」別の札を取り出す若い看護師。

「ふむ……」医師が差し出された札に端末をかざす――読み出された電子カルテを一瞥。「そのようだね。紛らわしいので、次からは古いタグはすぐ処分するようにしなさい」

 新米らしい若い看護師に教育的指導を施し、かつかつと足早に廊下を去る医師――その背を見送った男がすたすたと台車を運ぶ。

 男が台車を押してエレベーターへ乗る。「間抜けな野郎だ」

「患者にゃ興味ねえんだろ」函の角から、新たに男が現れる。

「楽な誘拐でなによりだぜ」別の角から、またも男が現れる。

「そいつが例のガキか~?」別の角から、さらに男が現れる。

 台車を運んできた男が、シーツをめくる――吸入マスクの下で静かに寝息をたてる少年=ジャン・カディル。

 一人目の男が嗤う。「このガキには、まだ使い道がある」

 二人目の男が嗤う。「用済みになったら、売り飛ばしゃいい」

 三人目の男が嗤う。「〈宿り木ミステルの苗〉にするってのも有りだぜ」

 四人目の男が嗤う。「さあ、坊主。今から親父に会わせてやる。安心しな、。さ、地の底へご招待だ」

 下卑た男らの笑いが函に満ちる――ほどなくして最下階へ到着。

 開いた扉――葬祭屋のスーツに着替えた四人の男たちが、台車を転がしながら、暗い廊下の奥へと消えていった。

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