第Ⅴ篇「乙」

    ☆☆☆☆☆★★


「オ――ホッホッホッ。このワタクシの相手をしようなど、壱百万年お早いですのよっ!」

 天姫=河岸に並ぶ倉庫の影へ華麗に着地ライディング――豊かな胸を反らして、高らかな勝ちどき。

 続いて翡翠+瑠璃の輝きも到来――比叡=頭の後ろで腕組み&背面飛行/春奈=透過防壁の隙間から顔だけ覗かせ、ボソリ。「毎度のことだけど、派手っすね~」「……やり過ぎオツだし」

「獅子はウサギを狩るのにも、全力を尽くしますのよ」涼しい顔で答える=仲間の揶揄は完全スルー。「それより……お二人とも。なんですかその恰好は? 淑女レディたる者〝つねに優雅であれ〟と、お教えしたはずですわよね?」

 ニッコリと微笑む優美秀麗なる小隊長――比叡+春奈=冷や汗。

「そういえば、あっちは大丈夫なんすかね~?」話題を反らす。

「センパイの方が心配だし……心配じゃない?」弱点をつく。

「そ、そうですわ! お姉サマをお助けに……」はっとする――慌てて飛び立とうとした矢先、無線通信=御影。

《おほん。……A分隊が輸送車両の運転手ほか数名を確保したが、いずれも末端の兵隊どもだ。どうやら本命を逃がすための囮として使い捨てにされたようだな》

 鳩が豆鉄砲を受けた顔。《大型兵器まで囮ですの!?》

《それだけ我々が〝敵〟の正体に迫っているということさ》御影=その鷹揚さの中に秘めた気迫が通信越しにも伝わってくる――ようやく掴んだ敵の尻尾を、逃してなるかという闘志。《現在、旧市街のデモに伴う交通規制によって、周辺管区の市警察は全て出払っている状況だ。今から検問を敷いても間に合わない。敵はそれを見越して、このまま州外へ逃亡するつもりなのだろう》

《……ワタクシたちも、至急、掩護に向かいます》

 平静さを取り戻す――敵を撃墜しただけで任務を終えたつもりになっていた自らの未熟さを恥じるように、頬を赤らめる。

 そこへさらに通信=水無月。《残念だが、そいつは止めておいた方がいいぞ、お嬢様マドモワゼル。いわゆるドクターストップだ》

《なぜですの……?》

 キョトンとする天姫――水無月=淡々と。《一つ、君の特甲は局地白兵戦に特化しているが故に、空中機動型としては足が遅い。二つ、特撃兵装ストライカーギア使用に伴う負荷で、君の〈羽〉はいま熱暴走したマシンのごとく機能停止ハングアップ中だ。即時継戦はオススメできないね》

「なんてことですの……」思わず無線から地声に――頭を抱える。

《つねに全力を尽くすのも悪くないが、この場は残存勢力の存在を考慮して〈金色の槍ランスドール〉はまだ温存するべきだったな。切り札トランプは最後まで取っておくのが、ゲームの定石さ》

 水無月の手厳しい採点ジャッジ――御影のフォロー。《なに、敵兵器の無力化だけで十分な戦果だよ。B分隊のバックアップは比叡くんヤーデ春奈くんラズーアに任せ、天姫くんプラティーンは休んでくれたまえ》

「そんな……ワタクシはまだ戦えますわっ」憤然とする天姫=類まれなる敢闘精神の表れ……というよりも、どことなく拗ねた子供が駄々を捏ねているよう。「そうですわ。比叡さん、春奈さん。お二人にワタクシを引っ張って頂ければ――》

「え~マジっすか?」「天姫、重いし……」比叡+春奈=不満げ。

 激しく狼狽。「ワ、ワタクシは決して重くなどありませんわ! お二人が軽いだけでしょうにっ!?」

 騒ぎ始める三人――そこへさらに通信。《案ずるな。こちらは私が受け持つ!》


 ドナウ運河から数百メートル東。

 第二区――ドナウ川に沿って都市を南北に伸びる幹線道路。

 突風に髪をなびかせる女性=乙――街路を爆走する軍用機体の上で仁王立ち/まるで戦に赴く女武者のごとき凛々しい横顔。「天姫。後は私に任せて、お前たちは少し休め」

《いけませんわ、お姉サマ! ワタクシもお供しますの!》

「小隊長の座は譲ったが、私はまだ飛べる。……不安なのか?」

《そんな……そんなはずありません。ワタクシはただ、お姉サマのお手伝いをしたく――》叱られた子供のように語尾が萎む。

 苦笑を堪えて。「ならば安心して休んでいろ。なに無茶はしないさ。たまには先輩に獲物を譲るのも、いい後輩の役目だぞ?」

《……分かりましたわ。ですが、くれぐれもお気をつけて。こちらも冷却が完了次第、すぐ掩護に駆けつけますわ》不承不承ながら了承しつつ、〝でも心配です〟といった声音。

「お前に心配してもらうのも悪くない。……後詰めは頼んだぞ」相手を安心させるようにささやく。

はいっヤーお姉サママイネ・シュヴェスター♡♡♡》感激に悶える声を残して通信アウト。

 眼前の標的に意識を向ける――自然と口がほころぶ/対照的に獲物を見据える凄絶な眼差し。「さあ、たのしませてもらうぞ」

 その声に応じるように軍用機体が速度を上げる――ドナウ川西岸を国連都市UNO-CITY方面へ向かって走る国道十四号線ブンデス・シュトラーセ・フィアツェーン――逃走する敵性車両=ワゴンタイプ×三台+乗用車×一台。

 三台のワゴン――ボディ全体を鋼板で覆った防弾仕様/後部窓より突き出される複数の銃口=即席の装甲車。

 先頭の乗用車――黒塗りのメルセデス・マイバッハSクラス/いかにも金持ちが好みそうな高級車。

 それを追う戦術班B分隊のケーフェル×六台――犯罪者と公安が繰り広げるカーチェイス。

 ワゴン後部から武装集団が自動小銃AK-47で応戦――銃火が横殴りの雨となって道路に降り注ぐ――慌てて逃げる一般車=街灯に激突/玉突き――かと思うと、残る車両の群れがシンクロナイスド・スイミングのように一糸乱れぬ動きで車線変更&列車のように連なって徐行――交通局の介入による強制走行=自動運転による交通規制。

 乙=車両の群れへ跳躍――宙に身を躍らせる――八艘飛び。

 軍用機体の車体を蹴る/一般車の屋根を蹴る――国道の外壁へと飛び乗る/そのまま疾走=機械仕掛けの脚力――敵車両に迫る。

 外壁を疾駆する乙女の姿に度肝を抜かれる敵――その反応。

 闇雲に手にした銃を乱射=揃って全自動射撃フルオート――飛び交う弾丸が、外壁のコンクリートを削る/道路のアスファルトを削る――うち何発かが乙の肩口を掠める/翻る制服の裾を焦がす――が、唐突に銃撃停止=弾切れ。

 意表を突く戦法で敵の隙を誘う――カガミ流の技=歌舞伎カブキの型。

 教訓――かつてのベトナム戦争では、パニックに陥った兵士がフルオートで小銃を乱射するケースが急増――当然のごとく消費される弾薬が増大。戦後アメリカ軍は、その反省から多くの小銃に制限射撃バースト機能を追加することに。

 そんな事は知りもしないであろう敵――無謀な盲射=ものの数秒で全員が弾切れ。おそらく今ごろ、慌てて弾倉を交換中。

 どんなに急いでも数秒を要する作業――戦場では大いなる隙。

 敵が再装填を終えるまでの時間を存分に活用――すかさず迫撃=宙で抜刀/敵の車両へ飛び乗る――その屋根・ガラス越しに、武装犯たちの腕・肩・手首を刺突――たちどころに無力化。

 一台を制圧完了――ようやく弾倉の交換を終えた残り二台から応射が返ってくる。流石に学習したらしく、今度は三点射撃バースト

 だが――射撃の反動で跳ね上がる銃身/揺れる車内/走行する車上の目標――そもそも、ろくに訓練も受けていない人間が正確な射撃を行うには、不利な要素が多すぎる。

 結果――明後日の方向に飛んでゆく銃弾=乙の体には一発も命中せず――悠々と車上から飛び退く。

「あっは!」宙を舞う己の肉体――慣性と重力の均衡が作り出す一瞬の浮遊感/ドキドキする高揚感――たまらず快哉が零れ出す。

 がむしゃらに戦場を駆け抜けたあの頃に戻ったかのような感覚――それを噛み締めながら、追いついた軍用機体へと着地。

 まるで映画のアメコミヒーローや日本のヤーパニッシュニンジャを観ているようなサムライレディの戦いぶりに、呆けた様子で見惚れる敵団。

〝このままじゃ、俺たちがヒーローに倒される悪役ヴィランになるぞ〟と悟った男ども=血走った目つきで銃を構え直す/ヘッドライトが照らし出す女に、壮絶な銃火で持って抵抗。

 目くるめく火線がこちらに集中――だが、乙には一発も届かず。

 乙と敵集団――その間の空間に、突如としてアメフトのクォーターバックのように走りこんで来た青い影が立ちはだかっていた。

 身を挺して乙を守る機体=〈ミノタウロス改〉式アームスーツ。

 元は米軍が開発した二足歩行型の〝着るロボット〟=その公安採用モデル。頭から伸びる二本の角/青く重厚な装甲/蹄のような脚部――まるで二本足で立つ水牛=機械仕掛けの牛頭人身ミノタウロス

 青い水牛が速度を上げる――手にした馬鹿でかい機関砲がくるりと前へ――先程のお返しと言わんばかりの猛射。

 たちまち一台のワゴンが蜂の巣に――さらに速度を上げる水牛=肩を突き出すように上半身を折り畳む――そのまま敵へ突進。

 ! 肩に装備された雷撃器が作動――猛牛に跳ねられたように吹っ飛んでゆくワゴン――速度を緩め、平然と戻ってくる水牛が乙を乗せた軍用機体と並走。《大丈夫か、アリス?》

「こ、こら日向ヒナタっ! その呼び方はプライベートの時以外、使わない約束だったじゃないかっ!」

 アリス――ミドルネーム=アリステルの略称/幼い頃の呼び名。

 乙にとって少女性アリスを想起させる呼び名――むずがゆさと感傷的な想いに胸の奥がざわついた。そんな感傷などどこ吹く風といった様子のアームスーツ――その頭部+胸部装甲の一部がスライド――骨格の合間から、精悍な顔つきの男が顔を覗かせる。

 男――MSS地上戦術班専任仕官、ロルフ・日向・アナベル。

 戦術班の制服/白い布で束ねたコルク色の髪/切れ長の黒目/出自は中東のクルド系移民――猛々しい古虎の風情。

「こちらの方が言いやすい」悪びれぬ返答。「あまり無茶をするな。この程度の反撃なら、俺たちだけでも制圧可能だ」

 むっつりとした態度――だが、油断なく敵の動きを虎視。

 自分の乗るアームスーツをいつでも乙の盾になれる位置に――まるで姫を守らんとする忠実なる従者。男が自分の身を案じてくれていることが分かる――それが自然と伝わってくる。無意識に緩みそうになる頬を引き締め、凛として告げる。「いや……ここは私にやらせてくれ」

「しかし……」この男にしては珍しく言い淀む――いまだに無茶ばかりする乙に心を痛めている/同時に、その意思を尊重するべきかも迷っている――心配してくれている。

「私はまだ飛ぶことができる」だから、安心させるため告げた。「守るべき者を守るために、でありたいんだ」

 すっと、眼帯に覆われていない左目を、アームスーツに向ける。

 澄んだ隻眼/迷いのない眼差し――曇りなき蒼穹の蒼い眼スカイブルー

「……分かった。だが無理はするな」短い応答――そのまま機体の装甲を閉じる――男の顔が機甲の奥へ隠れる。けれど今の乙は、無骨な水牛の中で自分を気遣う男の想いを、はっきりと視ることができた。感じることができた。それでだけで満足だった。

 日向のアームスーツが離れる――機銃を掃射=陽動による支援――敵の注意を惹きつけることで、乙が飛び立つまでの時を稼ぐ。

 その背を見つめ――ある種の充足感と共に、そっと瞼を閉じた。

 明鏡メイキョウの心で己を満たす――これから飛び立つための――あと何度飛べるか分からない大切なこの時を、しっかりと胸に刻み込むための覚悟を決める儀式テスタメント――ひと時が無限大にも等しくなる瞬間――瞼の裡を、万華鏡のように数多の幻影が過ぎ去っていった。

 紫の少女――いつも姉のように慕っていた存在。〝あたくしたち、いつでも三人一緒よ〟

 黄の少女――いつも妹のように大切だった存在。〝独りぼっちになるのが怖くなったの〟

 学童服の少年――いつも影から助けてくれた存在。〝必ず成功させてみせる。信じて〟

 みんな、それぞれの答えを見つけて、それぞれの道を歩んで、それぞれの理由でこの場所を出て行った。

 記憶の中の少女アリスがささやいた――〝ドキドキしたいっしょー!〟

 今も胸の裡で刻を刻むペースメーカー=機械化された心臓。

 チクタク・チクタク・チクタク――少女に宿るワニの笑い声。

(転送兵器の継続使用に伴う進行性感覚障害ね)だがワニは消え去った。(あなたの成長した脳が、一度は適応したはずの人体外構造を、再び拒み始めたのよ)黄色い右眼=ワニの眼と共に。(遠からずあなたは、起きながら夢を見ることができなくなる)二十歳を超えてなお、空を飛び続けた代償――度重なる負荷――生体義眼の代謝性障害=白内障に似た水晶体の白濁症状。(夢の国から去る日が来たってことよ)

 飛ぶことを止めれば治療可能――だが/白くせてゆく右眼を受け入れた――自分の中から、本当にワニが消え去った証だと。自然とそう受け取ることができていた。

 ワニは消え去った――そして――時計の音だけが残された。

 空を飛んでいられる残り時間――特甲児童でいられる転送限界タイムリミット

 残された時間を仲間のために――次へ託すために使うと決めた。

 守られる立場から守る立場へ――今度は自分がその手を掴む。

 雛を育てる親ツバメのように――若鳥が飛び立つその日まで。

 記憶の中の少女アリスがささやいた――〝オレ、ミョーオーサマのワザモノになる!〟

 カタナを託された日本人。〝刃物になれるってのは素質だぜ〟

 ダイヤを託された老婦人。〝あなた自身が宝石のような子ね〟

 道を示したフランス人。〝君が生きていただけでも希望なんだ〟

 先人たちのように――何かを託したい。与えたい。届けたい。

 記憶の中の少女アリスがささやいた――〝悲しいって、こんな気分だったのかな?〟

 もう二度とそんな気持ちを味あわないで済むように。

 もう誰にもそんな気持ちを味あわせないで済むように。

 私は/乙は/少女アリスは――大人になり、自らを一振りのワザモノと化して進み続ける道を選んだのだ。飛び続ける道を選んだのだ。

 左手に抜き身のカタナ――今と過去を繋ぐもの=託された絆。

 右手で胸元の石を握る――今と未来を繋ぐもの=託すべき絆。

 過去と未来――どちらもしっかりとその手に繋ぎとめる。

 どんな危機でも決して離さない固い絆――それこそが空を飛び続けるすべだ。それこそが

 それらの想いを両手に抱いて、真言シンゴンのようにその言葉を呟いた。

「転送を開封」

 軍用機体の装甲を蹴り、宙へと躍らせたその体が、エメラルドの幾何学的な輝きに包まれる。まるで夢の国へといざなう妖精の光――その背に広がる、青く煌くトンボドラゴンフライの羽。

 機甲化したその腕に備わる刃――右の大刀&左の小刀=二刀流。

 複数の間接を持つ鋭角的な両脚部――先端に鋭い突起=まるでツバメの尾羽/または機械仕掛けのトンボの尾――可動尾翼スタビライザー

 青い甲冑を纏った女武者のごとき特甲姿――そのまま突撃滑空。

 地を滑るように迫る青い輝き――敵からの銃火が襲い来る。

 巧みに弾丸をかわす――風に舞う木の葉のような横転機動エルロンロール――最小の動きで攻撃を回避――減速することなく加速――加速――ふいにその脚部が人魚の尾ヒレのように翻る――と路面を打ち据える――飛礫となって弾けるアスファスト――まるで水面を跳ねる人魚が作り出す飛沫――乱れ飛ぶ飛礫と塵の向こうに、青い輝きが姿を消す。

 敵の動揺――男たちが慌てふためき四方へ銃口を向けまくる。

 その頭上――優速高度変換機動ハイ・ヨー・ヨーで急上昇――上空で宙返りループ――急降下ストールに転ずる青い輝き。

 カタナによる近接戦闘術CQCと特甲による空中格闘機動ACM=その融合。

 二次元的に敵を掃射するように訓練された兵士は、急な三次元的機動には対応できない――さらに全ての動物に共通する死角である頭上――そこから、あたかも獲物を追い急旋回するツバメのごとき空中機動で敵を斬り討つ――カガミ流奥義=乙鳥ツバメの型。

 まさに飛燕の急降下――瞬く間に迫撃――左腕の小太刀を振る。

 苛烈な斬撃――敵の持つ銃器/ワゴンの後部ドア/後輪タイヤが一瞬で真っ二つに。切断された車体をアルファルトに擦り付け、火花を散らして路面を滑るワゴン――悲鳴を上げて転げ落ちる男たち――道路に投げ出される/ごろごろ転がる/低い呻き。

「安心しろ。無益に人を斬るつもりはない」宙を舞う乙――その左腕で灼熱する小刀――バチバチと爆ぜる紫電の刃が、鞭のようにしなり路上に転がる武装犯らを縛り上げる。

 左の小太刀=数百万ボルトの電撃を操る紫電刃スタンブレイド――蛇腹のように伸長する刀身が敵に巻きつく/その動きを封じる。

 電撃=男たちがたちどころに失神――追いついた戦術班の機体が鎮圧用ネットを放出――地引き網のようにまとめて捕縛。

 護衛のワゴン×三台を制圧完了――丸裸となる敵の本丸=黒のメルセデス・マイバッハ――必死に逃走。潰走する車両を見据え、乙が地に降り立つ――その右腕を高々と掲げる。

「――だが、人以外のモノならば躊躇ためらわず……!」

 星青玉石シュテルンザーフィアのごとき左の隻眼/背の羽が煌々と輝きを増す――さながら青き独眼竜ワンアイズ・ドラゴン――大上段に構えた大刀を振り下ろす。

 右の大太刀=烈風刃ソニックブレイド――ワニの顎のように二つに割れる刀身。

 内で生じる熾烈なる輝き/加速される抗磁圧――剣閃=収束・放出される不可視の刃――逃走する車両へ一閃――地を走る鋭利なる抗磁圧の波涛が、道路ごと車体を一刀両断――鏡合わせのように左右対称に斬り分かたれた車体が、泣き別れとなって外壁に激突――白煙を上げて停止した。

 真っ二つになった車――助手席から小太りの中年男が這い出す。

 男=呻きながらアタッシュケースを抱えて匍匐ほふく――その眼前。

 、と音を立て振り下ろされる鋼鉄の蹄=日向のアームスーツ――審判を下す裁槌のように、無造作かつ無慈悲に退路を塞ぐ。

《逃げ場はない。抵抗を諦め投降しろ》スピーカーから放たれる日向の声――問答無用のホールドアップ。

 中年男――尻餅/蒼白/己の運命を悟ったように両手を挙げる。

 その拍子に、男が抱えていた特殊合金製のアタッシュケースが音を立て地に転がった。

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