花葬

「アプロディーテ……人間の小僧とグルか」


 アスラはまんまと罠にはめられたと悟り、苦虫を噛み潰したような表情になる。カーラントは「小僧が!」と吐き捨て、怒りで肩をわなわなと震わせた。


「皆さん、見てください!」


 大きな目をさらに見開いたベルモットが指を差した先には、うねうねと蠢く薔薇があった。

 薔薇のつるが触手のようにうねり、絡み合いながら形成したものは、──艶めかしい女のラインを表現しただった。エルフたちを囲うように次々と妖艶な薔薇人形が生えていく。その数、無数。

 薔薇人形の目の部分に不気味な赤い光が灯ると、はじわりじわりとエルフたちに近づき始めた。


「た、隊長」


 エルフたちは震える声で次々とアスラに指示を仰ぐ。


「うろたえるな! 私の指示に従えば切り抜けられる」


 アスラは狼狽している部下たちを大声で奮い立たせる。


「ベルモット、全員に〈鉄の心臓アイアンハート〉を! カーラントは私と来い、奴らを探しだして叩く! 他の者たちは〈熱射ヒートアロー〉でこいつらを焼き払え!」


 アスラの指示を受けたベルモットはすかさず〈鉄の心臓アイアンハート〉の魔法を唱えた。ベルモットの全身に赤色に輝くオーラが現れ、周りにいるエルフたちを包み込みこむ。エルフたちの目には勇気と信念の光が宿っていく。

 魔法により勢いづいたエルフたちは、アスラ、カーラント、ベルモットを守るように円形の陣を組み、円の外に向けていっせいに弓をつがえ〈熱射ヒートアロー〉を放った。光り輝く灼熱の矢を受け、高温に晒された薔薇人形たちは次々と発火して炎に包まれていく。


 アスラは薔薇人形と交戦するエルフたちの中心で〈第二の目セカンドサイト〉を使って、声の主のアプロディーテを探していた。


「──いたぞ! 二人揃って300メートルほど先にいる」


 アスラとカーラントは同時に〈瞬間加速スプリント〉と〈高速回避ドッジ〉のスキルを発動し、移動速度を大幅に引き上げる。


「〈風妖精の散歩ウィンドウォーカー〉」


 二人の足元に一陣の風が渦巻いた。風の力で空中を地面と同じように歩けるようになるアスラ固有の魔法だ。


「カーラント行くぞ、一気に間合いをつめて奴らの息の根を止める!」


 辺りは燃え盛る炎ともうもうと立ち込める煙で包まれつつあった。薔薇人形の手の先から伸びる薔薇の鞭に八つ裂きにされる仲間を横目にアスラは駆け出す。


「ベルモット、ここは任せたぞ!」

「はい! お二人とも、お気をつけて」


 ベルモットたちが薔薇人形と戦闘を繰り広げている上空を二人は風を切るようなスピードで駆けていった。




「あそこだ。人間の小僧と、アプロディーテ──人間の女か」


 アスラたちは地上の遥か上空からアプロディーテたちを見下ろす。


「我々をはめたのは奴らか……この【スコーピオン】の餌食にしてくれる」


 アスラはカーラントが握りしめている、サソリかたどった小型の刺剣【スコーピオン】を見つめる。


 先日、アスラたちは小遺跡ダンジョンで希少なマジックアイテム数種を発見したのだが、その際に一人の仲間を失っている。発見したマジックアイテムの一つに安易に触れてしまった仲間が、全身が真っ黒になり三秒も持たずに死亡してしまったのだ。蠍の尻尾のような刃の切っ先にほんの少し触れただけで──

 仲間を一瞬のうちに死に追いやったその恐ろしいマジックアイテムこそ、今カーラントが持っている【スコーピオン】であった。


「私が奴らに刃弾を撃ち込む。その隙に行け」


 アスラが【フェアリーウィングソード】を持つ手に力をこめると、半透明の刀身がいくつも重なるように分離していく。そしてアスラが勢いよく振りかざすと、無数の刃がヒュオンという空気を湾曲するような音を立てて飛んでいった。


 刃弾はアプロディーテたちの周辺に雨あられのように降り注ぎ、土煙を舞い上げていく。カーラントはその土煙の中にまぎれ、地上に向かい一直線に急降下する。


 広範囲に土煙の嵐が吹き荒れ、カーラントの姿も見えなくなった。アスラはそれを見届けると、ゆっくりと下降する。彼女が地面に降り立ったときには、あたりが異様なほどに静まり返っていた。アスラはそのまま姿勢を低くし、意識を研ぎ澄ます。


 土煙が一瞬揺らめく。アスラの目はその土煙の向こうにいた青年の姿を捉えた。


 その青年にアスラは戸惑い、釘付けになる。彼女を動揺させたのは、音速の刃弾やカーラントの追撃を受けながらもまだ生きているという事実はもちろん、しかしそれ以上に、青年の持つ一点の曇りもないその純粋無垢な瞳だった。アスラが今まで一度も見たこともない凛々しくもたくましい力を宿した瞳──


 その瞳に心を囚われかけていたアスラは必死で頭を振り、何とか冷静な心を取り戻す。アスラは自分に言い聞かせた、自分の相手はアプロディーテであると。


 アスラは戦況を見直すために上空に蹴上がった。青年がいたところから10メートルほど離れたところに全身を切り刻まれ、瀕死の状態になったアプロディーテを発見する。アスラは再び【フェアリーウィングソード】から大量の刃弾を放ち、アプロディーテの肢体を切り刻んでいく。ぴくりとも動かなくなったことを確認したアスラは、瞬時にアプロディーテが倒れている位置までつめ寄り、慈悲もなくその首をはねた。


「なんて綺麗な顔……顔だけ傷ひとつないなんて」


 アスラはぽつりと呟くと、踵を返してカーラントの元へ向かおうとした。その刹那、土煙の中からカーラントの苦悶の声が響き渡る。アスラは声がした方を凝視する。


 土煙から姿を現したのは、青年の方だった。青年は長い金色の髪を無造作につかみ、生首を引きずっていた。その首元にはおぞましい黒い炎が揺らめいていた。


「カーラント……」

「僕の洞窟ダンジョンを汚す奴らは許さない」


 青年は冷淡な口調でそう言うと、カーラントの生首をぐるぐると振り回し、アスラへ放り投げた。黒い火の玉が放物線を描く。アスラはその生首が撒き散らす黒い炎に危険を感じ、【フェアリーウィングソード】の刃弾で微塵に切り刻んだ。黒い炎とともに肉の塊がドチャッドチャッと音を立てて地面に落ちていく。


 青年がその落ちゆく黒い炎に気を取られた瞬間をアスラは見逃さなかった。アスラは疾風の如く青年の背後に回り、後ろ手に心臓の位置を突き刺した。


「〈背面確殺バックスタブ〉」


 アスラは突き刺した【フェアリーウィングソード】をすっと抜き、青年の背中に向き直った。ゆらゆらと上体を揺らしながら前のめりに倒れる青年。アスラはその後頭部を突き刺し、刃を回転させてとどめを刺した。



 アスラは残る仲間たちのところへ急ぐ。


 ベルモットたちが戦っていたあたりはまだ一面が炎に包まれていた。上空に蹴上がり見下ろすと、その炎の中心に薔薇の蔓に絡みとられてはりつけになっている仲間たちの姿が見えた。なぜか薔薇は燃えずに、


 アスラは必死に助けを求めるベルモットたちと目が合った気がしたが、もう助けることはできないと判断した。

 しかし、アスラはすがすがしい気持ちでいた。

 アスラは仲間を失っても、任務さえ完了できればそれでよいと考えていたからだ。


 美しく咲き誇るが仲間たちをゆっくりと死へ誘っていく。それはまるで火葬ならぬ花葬であった。


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