ダンジョンでの晩餐

 日が暮れる頃、仕留めた獲物を担いだマグメルが意気揚々と洞窟ダンジョンに帰ってきた。

 マグメルは洞窟の入り口付近にある調理場に収穫物を置き、急いで大部屋へ向かった。そして、大部屋の入口に立つと、水浴びをしていたアプロディーテに大声で話しかける。


「女神様、今日も大収穫でしたー!  魔素45個、鳥、豚、狼、大トカゲ……」

「そう、それは良かった。マグメルちゃん、あなたも水浴びしたら? 泥まみれでしょ」

「あ、汚いですよね。ごめんなさい。でもまだ調理がありますのであとにします」


 そう言ってマグメルは踵を返し、脇目も振らず調理場へ戻っていく。アプロディーテはそんな彼の一生懸命な姿を見て微笑む。



 マグメルは調理場に入ると、豚や鳥の皮や毛を石包丁で剥ぎ、塩と香草を練りこんだ。

 肉に塩や香草がなじむのには少し時間がかかるので、その間に狼や大トカゲを洞窟に穴を開けて作った窯に放り込む。時間をかけて燻製にすることで独特の臭みを消すのだ。出来上がった燻製は保存食、携帯食として重宝する。

 次に『福音』で手に入れて大量にストックのある豆類、麺類を茹で、同時に塩と香草を練りこんだ肉にも火をかける。

 茹で上がった豆類、麺類にこんがりと焼きあがった香草焼きの鳥肉、豚肉を和えて、マグメル特製の料理が完成する。


 マグメルが出来上がった料理をテーブルに並べているときにアプロディーテがやってきた。アプロディーテは美味しそうな料理を見て、顔の前で手を合わせ驚く。


「わあ、美味しそう。マグメルちゃんは料理が本当に上手ね、助かるわ」

「女神様に喜んでもらえると僕も嬉しいです! でもこうやって料理ができるのは先月『慈悲』で授かった能力のおかげなんですけどね」

「いいのよ、愛がこもっていれば。さっ、貴方は体の汚れを落としてらっしゃい。あとはやっておくわ」


 アプロディーテはマグメルが洞窟に入っていくのを見届けた後、テーブルをトントンと指先で叩き、指をパチリと鳴らした。

 すると、テーブルに置いてあったグラスにロゼのワインが湧き出てくる。テーブルの中央には色とりどりの薔薇の花が現れ、ディナーを美しく飾っていく。   

 アプロディーテなりのささやかな食事の準備なのである。



 満天の星空のシャンデリアと洞窟のやさしい間接光が二人の囲む食卓を美しくライトアップし、様々な虫の音色が心地の良い協奏曲を奏でている。

 そんな幻想的な空間の中で食事をする二人の会話は弾み、ワインのグラスが次々と空いていく。


「これで713個の魔素が貯まったわ。目標まであと300個ほど、いいペースね」

「毎日狩りに出て獲物を仕留められるようになりましたからね。これも僕の槍に女神様が〈白薔薇の蜜薬ホワイトローズ ネクター〉のエンチャント魔法をかけてくれたおかげです」

「マグメルちゃんが危険を冒して頑張ってくれているおかげよ」

「いえ、ゴホっ、違います。槍で少し傷つけるだけで一瞬で眠らせることができるエンチャント効果が凄すぎるのです」


 マグメルは喉に詰まった食事を胸を叩きながら、ワインで流し込んだ。


「危険な敵や獲物を眠らせた後、安全な場所で落ち着いて息の根を止められるのは本当に助かります。息の根を止めた後に生命の魔素を取り出すのには少し時間がかかりますからね」

「生命の魔素は対象によって得られる量が違うのでしょ?」

「はい。強敵であればあるほど量が多くなるようです」

「ふうん。狩りで得る魔素が日に日に増えて、最低限必要な魔素しか使わないように節約してると、結構早く貯まりそうね」

「はい。でも女神様は不便だったのでは……」

「そうね。でも毎日水浴びさせてもらって、こうやって美味しい食事もいただいてるもの、今の段階ではこれ以上の贅沢は言えないわ」


 アプロディーテは長い足を組み、美味しそうに【花煙草のキセル】をふかす。アプロディーテのくゆらせる花煙草の紫煙がさまざまな色に変わっていく。


「その煙草の煙、色が変わるのを見ているのだけでも飽きないですし、それにこのいい香り……ふわんと心が安らぎますね」

「これは花煙草といって、魔法で配合して作るのよ。何種類かの薔薇の花や葉を乾燥させてすり潰した粉末を使うの。この【花煙草のキセル】を通して燻る煙は相手をリラックスさせることもできるし、魅了して幻覚を見せることもできるのよ」

「僕には幻覚を見せないでくださいね、女神様」 


 クスクス笑うアプロディーテ。アプロディーテの心模様を表すかのように、夜空に昇る煙の色が美しい虹色に変わっていく。


「魔素の話に戻しますけど、実は今まで魔素のはそんなに意識していませんでした。手に入れた魔素はクリスタルに格納せずに、大部屋にそのまま貯めていました。魔素が美しく飛び交う姿を見て楽しんでいたぐらいです」

「この洞窟で生成される少量の魔素を使って毎日『福音』をしてたのでしょ? いい恩恵は授からないわけね」

「そうですね……毎日10個は使っていました。残りはとりあえず大部屋って感じでしたから、ドンブリ勘定ですね」

「そのドンブリ勘定で貯まった魔素で私は召喚されたのね……」

「……すいません」

「まぁそのおかげで保存食などの生活備品が潤沢に揃ったってことよね。今はそれに助けられてるからよしとしましょ」

「こうやって節約しながら着実に魔素を貯めていくのって楽しいです!」


 マグメルは自分のクリスタルを具現化し、貯まっている魔素を確認しながらニヤニヤしていた。それを見てアプロディーテは苦笑いを浮かべる。


「さて、マグメルちゃん。そろそろ次の段階のお話をするわ。まずは明日の『慈悲』。ここでいいものをもらいたいところ」

「『慈悲』は無償ですけどピンキリですからね。でも頑張りますよ!」

「マグメルちゃんの運次第よ。大丈夫、頑張って!」


 アプロディーテはパチリと指を鳴らした。新しいグラスの底から今度は赤ワインがなみなみと湧きでてくる。

 テーブルの上にはもうすでに20杯以上のグラスが転がっていた。


「その次は、『福音』。1000個の魔素が貯まったら、そのうちの500個を一気に使うのよ」

「え、『福音』は中止では?」

「少量の魔素での『福音』は中止ということ。500個の魔素を一気に使用する『福音』であれば、少しはまともな恩恵が期待できるでしょ。戦力になる恩恵を狙いたいところだけど……」

「なるほど。それで残りの魔素はどうするのですか?」

「それは私が使わせてもらうわ。この洞窟を護るのにね。今の段階ではあのダンジョンの攻略は不可能。だからこの洞窟を護り抜くことに専念するの」

「僕の力不足で……」


 アプロディーテはマグメルの手を取り、その無垢な目を見つめて言った。


「そんなことを言ってても何も始まらないわ。マグメルちゃん私の目を見て!」

「……女神様」

「今まで私が言ってきたことと矛盾していると思うかもしれないけど──


 マグメルはアプロディーテの瞳の奥が赤く光るのを見逃さなかった。

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