第23問 450を超えたいか?


 春の大会で念願の初勝利を掴んでからすぐのこと。


 土曜日。

 僕はテントリに来ていた。


 まだ中間テストまでは1ヶ月以上ある。

 通常ならばテントリは開いてないのだが、今日は違った。


「みんな、今日は集まってくれてありがとう。先生も嬉しいです」


 教室に現れた勇気先生は、厳かな感じでそう言った。


 集まったメンバーは、AクラスからCクラスまで所属クラスはバラバラだ。


「なに!? あいつは――Aクラスのイマサト!?」

「Bクラスの~にもいるぞ!」

「~もだ!」


 これが漫画ならモブキャラや情報通のキャラが、そんな台詞で読者の期待を煽り、これから始まる展開を盛り上げてくれるだろう。

 

 さて。


 今日はみんな、自分のクラスの授業を受けに来たのではない。


 僕を含めてここにいる全員がこの「450点を超える会」への参加を熱望して、テントリにやってきたのだ。


 そう「450点を超える会」である。


 設立の経緯は分からないけど、少し前に勇気先生から誘われて、僕は二つ返事で参加を決めた。


 450点。それは1つの目標だ。


 僕もこの学年に5人しか存在しない常時450点超えの化け物たち――《五神》と、同じ空気を味わいたい!


「目標は次の中間テストで450点を超えることです! ……無理だと思うか?」


 生徒たちの間に緊張が走る。


 そうだ。ベタベタな綺麗事言って申し訳ないけど、最初から諦めてたらできることもできない。


「無理じゃない! ちゃんと勉強すれば不可能じゃないよ! 本気で狙え! 本気で目指せ! 頑張ろう! 以上!」


 勇気先生は熱くそう締めくくった。おお、おでこに血管浮いとる。


 にしても「450点を超える会」かぁ。

 呆れるくらいド直球な名前だ。

 名が体を表している。


 これがテントリのノリ。


 勇気先生のはじめの挨拶が終わると、教室から何故か拍手や歓声が上がった。


 近くに座っていたイマサトもテンションが上がったのか、ぱちんと指を鳴らし、戦闘モードに入った。なんでだよ。


 な、なるほどー、これがテントリのノリか~……え!?


 こ、これ乗らないといけない流れ?


 嫌だよ。そんな意味もなく。

 

 指パッチンなら、まあ……。鳴らせないけど。


 そういうわけで。


 僕は来る中間テストに向けて、テントリの講師陣によるありがた~い発案のもと、着々と準備を始めるのだった。



     * * *



 テストの1ヶ月以上前。

 僕は平日の授業は勿論、休日もテントリに通った。


 普段はちょうど1ヶ月前くらいからじゃないと、どうもギアが上がらなかったけど今は違う。


 人間不思議なもので、周りの同輩が――特に友達が頑張ってると危機感を煽られるものだ。


 いや、ただ僕がそういう性格ってだけか。


 なんだかみんなすごく勉強ができそうなオーラを出してる。

 外部のテストで他校の生徒がそう見えるように。


 うわ~、この会、僕以外は参加できないようにできないかな?

 これでみんなめっちゃ得点上がるんじゃないか?


 同じ塾に通う者として、仲間のレベルアップを素直に喜ぶべきところなんだろうけど、残念ながら僕はそんなに人間できちゃいない。


 僕は特にAクラスからやってきたイマサトをすごく意識していた。


「450点を超える会」の参加者が初めて集まったときのこと。


 僕がテントリに到着すると、先に来ていたイマサトが入口で靴を脱いでいた僕のところに近寄ってきて――


「やっぱりお前も来たか」


 そんな台詞で出迎えた。


 なんだそのかっこいい台詞。


 イマサトが参加することは事前に諜報員もとい栗原先生から「イマサト、例のあれに来るよ。勇気は参加しないの?」って言われたから知ってたけど、イマサトのやる気満々の様子を見てすごく焦ったことを覚えている。


 イマサトはずっとAクラスだし、僕みたいな成金と違って、僕よりずっと前から常時400点を超えている《400保持者ホルダー》だ。


 次のテスト、負けたくない。


 勇気先生の言葉を借りるわけじゃないけど、今回はイマサトも本気で5教科合計450点を狙ってるはず。


 1点が勝負を分ける。

 そんな熾烈な戦いになるだろう。我ながら大袈裟。


 あぁ、そう言えば、《400保持者》と言えば……。


 ――なんかさ、たまに捻り潰したくなるんだよね、ヒッシーのそういう楽観的なところ


 と名言(?)を残した章宏あきひろもそうだったな。

 でも、もう敵じゃない。最近400点を割ることもあるそうだし。テストの点数を聞いても「いや自分は大したことないっす」と耳を疑うような腰の低さだ。


 人生何が起こるか分からない。

 気を引き締めて臨まねば。


 普段よりも長い準備期間が取れたから、中間テストの勉強は基本的なところからじっくりやれた。


 特別なことはしていないと思うけど、分からないところはすぐに質問して、丁寧に分かりやすく教えてもらって……。


 テントリの真骨頂であるアットホーム感を感じながら。

 僕は限られた時間の中で完成度を高めていった。


 例えば数学は勇気先生が「この問題は絶対出る!」と予言したところは確実に解けるようにし、授業で扱った問題や学校のノートも見てもらって対策した。

 数学担当の先生の過去問から出題傾向を予測した指導も受けた。


 そして国語も……。


 サナミ先生からバトンタッチで赴任した栗原先生のもと、出題範囲の文章を徹底的に解説してもらい、授業中に漢字や慣用句などの小テストを満点が取れるまで、ときには居残りをしてまで繰り返した。


 テストの1ヶ月以上前から本腰を入れて勉強したの初めてだったけど、時間はあっという間に過ぎて、嫌だなぁとは感じない。


 1年生の頃だったら、絶対途中でこの「450点を超える会」から脱退していた自信がある。


 それからテスト2週間前になって土日講座が始まって、朝から晩までテントリで勉強して――


 遂に中学3年生、最初のテスト。

 中間テストが始まるのだった――



 

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