第12問 誰かのせいにできますか? その②

 新人戦1回戦、vs大刀西にしちゅう

 西中のグラウンドにて。


 初回のピンチを脱した僕たち大刀中は、3回表に下位打線が繋がって2点を先制する。

 お互い大量得点は望めない打線で、この2点は大きい。


 勝てる!


 しかし、4回裏にシュックさんのレフト前へのタイムリーヒットであっさりと1点を返される。


 そして、1点リードで迎えた6回裏、西中の攻撃。


 1アウトからここまで好投が続く3番ピッチャーの1年生が、またもツーベースヒットで出塁。


 このチャンスに打席には再びシュックさんだ。


 ずるい、ずるいぞ、西中!

 こうなったらうちもヨッシーとセータ使おうよ、テルミ!

 監督の矜持だか何だか知らないけど、格好付けてる場合じゃないって!


 ベンチにいる子から背番号ひっぺがして、それをヨッシーたちに付ければオールオッケーだろ!?


 ベンチのテルミは座ったまま微動だにしない。

 敬遠もなしか。


 正直、西中打線で恐いのは3番と4番の2人の巨人だけだ。

 ここでシュックさんを歩かせて、後ろの打者と勝負した方が失点するリスクは低いはず。


 なのに、このピンチで勝負!


 部長でエースのナオユキはマウンドで奮闘してるけど、本来は二番手。

 エースの1年生は夏休み中の怪我で戦線離脱中だ。


 でも、どうやら、大刀中バッテリーは腹をくくったらしい。


 マウンドのナオユキが振り向き、バックの僕らを鼓舞するように人差し指を立てて「1アウト~!!」とえる。


 それは本来、後ろを守る僕たちが率先してやるべきことだ。

 敬遠はない。エースを――信じろ!


「一球入魂~!」

『入魂!』

「地上が騒ぐ~!」

『騒ぐ!』

「我らのエース!」

『エース!』

「うちのエース!」

『エース!』

「ゴーゴーレッツゴー、ナオユキ!」

『ゴーゴーレッツゴー、ナオユキ!』

「ゴーゴーレッツゴー、ナオユキ!」

『ゴーゴーレッツゴー、ナオユキ!』


 ベンチのチームメイトたちが、声を張り上げて息を合わせて、エースを盛り上げる応援歌を歌い始める。


打者バッター勝負!」

「レフト来い、レフト!」

「センター来い、センター!」

「ライト来い、ライト!」 


 僕たちもベンチの皆に負けないように声を張り上げる。


 僕はこれまでと同様に、対シュックさんシフトで定位置よりずっと後ろに下がって……守れない。定位置よりやや後ろで守る。

 点差もあって2アウトなら無難にそうしたが、今の状況は1点差でまだ1アウト。ランナーも2塁にいる。


 後ろに下がり過ぎると、長打じゃなくても内野の間を抜かれたら2塁ランナーがホームまで還ってしまう可能性が高い。そしたら同点だ。


 間もなく、エースのナオユキがセットポジションから勢いよく投げ込む。


 しかし、シュックさんはナオユキのボールが見えていた――あっさりと打ち返された!


 打球はライナー性で、カズたち内野手の頭上をあっという間に貫く。が、幸い、ライト線の外側に落ちた。


 ファール! ファールだ! 助かった!


「その意地を~! 見せてやれよ~!」

『エースのエースのエースのエースのエースの意地を! 意地を!』


 ベンチから再び応援歌が響く中。

 僕は先程のファールになった打球を思い出す。


 今さっきのシュックさんの打ち方は、明らかにライト方向を意識したものだ。


 僕のポジションはセンターで投手のほぼ真後ろにいるから、投手がどこのコースに投げたのかよく分かる。


 さっきファールにされたのは、真ん中やや外寄りのボール。


 シュックさんは力任せにレフト方向へ引っ張らず、外寄りのボールを逆らわずにライト方向へ打ち返した。


 右打者のシュックさんは、レフト方向へ引っ張った方が強い打球を飛ばしやすい。が、それを警戒するレフトのカイトは定位置よりやや後ろに守っているし、センターの僕もややレフト寄りに守っている。

 バッテリーもシュックさんから遠い、外角中心の配球だ。


 この僕たち守備陣のやり方に、シュックさんは気付いているのだろう。無理に引っ張っても打球は僕たちの頭上は越せないと。

 だから、シュックさんはライト方向狙いに切り替えたのだ。


 ど、どうする?

 ライト寄りに位置を調整するか。


 いや、ダメだ。

 もしそれにシュックさんが気付いたら、1回裏の打席みたいにレフトとセンター方向に引っ張る作戦に切り替えるだろう。


 プロの選手でも流し打ちで強い打球を飛ばすのは難しい。引っ張った方が強い打球が飛びやすい。


 つまり、今の僕たち守備陣の狙いはシュックさんに難しい流し打ちをさせて、ミスをさせることだ。


 僕は念のためほんの少し、ほんとに気持ちだけライト寄りに守備位置をずらす。レフト方向を狙われない程度に。万が一ライトに飛んでもいいように。


 これで準備万端だ。


 大丈夫。

 投手が打者と対戦すれば、相手がどれだけ優れた打者でも7割くらいは投手が勝てる。


 さあ勝負だ!


 そしてナオユキが再びボールを投げ――また打ち返された!

 しかも今度はファールじゃない!


 打球の行方は――僕と軍曹が守る、ライトとセンター。

 そのちょうど真ん中……!?


 なんちゅうところに!?


 僕と軍曹が全速力で落下地点を目指す。が、無情にも打球は僕と軍曹の間に落ちた。


 ヒットにするにはここしかない。そこに完璧に打ち返された。


 これはもう相手を褒めるしかない。


 打球は大きく弾み、中々落ちて来ない――これだから軟球(ゴムボール)は!


 ボールを捕った軍曹がすぐさま返球するが、2塁ランナーが還り、残り1イニングというところで同点とされてしまった。

 打ったシュックさんも2塁へ。


 逃げ切りを狙っていた大刀中野球部は追い付かれ、一打逆転のピンチを迎える。が、ここでエースのナオユキが次の打者を打ち取り、2アウト。


 あと1つ。


 そしてその次の6番打者、相手チームのキャプテンには――打ち返された!?


 しかし。


 打球音は鋭かったが、低い弾道で飛んだボールはレフトを守るカイトの真正面。打ち取った……ッ!?


「カイト! 後ろ!」

「あ」


 僕はその光景を――打球とカイトの位置関係を真横から見ていたからよく分かる。カイトは前に出過ぎている! 


 低い弾道だったため、ボールがバウンドする前に捕ろうとしたのか、カイトは前方向にダッシュしていた。が、僕の声が届いたのか、カイトは途中で急ブレーキをかけ、その場で踏み切って全力ジャンプ。


 その150前半の身体を目一杯伸ばして、打球にグローブを突き出す。


 届け!


 しかし、打球はカイトの頭上を破った。


 最悪そうなるかもしれないと途中で予測できたため、僕はカイトのカバーに入ろうとレフト後方に向かって走っていたが、打球が速過ぎて追い付けない。


 これはボルトかガトリンでもじゃなきゃ無理!


 結局ボールは外野の一番向こう側――ホームランラインと呼ばれる白線を越えてしまった。バウンドしながら越えたから、エンタイトルツーベースというやつだ。これにより打者と走者に2つ塁を進む権利が与えられる。


 当然、2塁にいたシュックさんは悠々とホームに還った。


 これでスコアは2対3。


 逆転されてしまった。それも6回裏に。

 大刀中の攻撃はあと7回表の1イニングしかないってところで……。


「……死にたい」

「重い重い!」


 レフトを守るカイトが、そのまま倒れそうな勢いで僕に寄り掛かってくる。

 僕はカイトの小さな背中を「ドンマイ、ドンマイ」と言いながらグローブでぽんぽん叩き、自分の守備位置に戻った。


 カイト……精神的に相当キツいだろうなぁ。


 まあ、今のプレーに直面したら、誰だってああなる。

 カイトのメンタルが弱いわけじゃない。


 それにまだ試合も負けたわけじゃない。


 その後、ナオユキが後続を断ち、ピンチを凌ぐ。


 さあ7回表! 最終回だ!


 僕たち大刀中野球部は幸先よく先頭打者が四球(フォアボール)で出塁する。

 ここでテルミが立ち上がり、1塁ランナーを交代させる。

 代走はチーム最速の韋駄天(いだてん)――アツシ。テントリ生で僕と同じBクラス。


 アツシは野球未経験者だけど、身体能力がずば抜けている。

 50m走は6秒台だし、遠投も90m近く投げ、トスバッティングの飛距離も1個上の先輩たちを差し置いて1位だった。


 野球経験者が少ない僕たち2年生の中で希望の光である。


 しかし、顧問のテルミとは馬が合わないのか、背番号は二桁だし、この試合でもベンチスタートだ。

 見返すチャンスだぞ、アツシ!

 このチームには俺がいるって、プレーでアピールだ!


 アツシはリードを大きめに取り、次の塁を狙う構えだ。


 しかし――相手の1年生サウスポーがセットポジションから素早く牽制。

 逆を取られたアツシは、慌てて一塁にヘッドスライディングするが……。


「アウト!」


 一塁塁審は拳を突き上げて、厳かにそう言った。

 チャンスは一瞬にして潰えた。


「なんだよ、もお~」


 ベンチのテルミが、アツシに聞こえるような大きさでそう言う。てか俯いてるアツシの方を怒ったような顔でめっちゃ見てる。ひでえことするなぁ……。


 結局、後続も倒れ、試合終了。

 我らが大刀中野球部は2対3で敗退した。


 そして試合後のミーティングで……。



     * * *



 試合後、一塁ベンチの後ろ側のスペースで。

 顧問のテルミ監督の試合評が始まった。


「今日の試合は井原(いはら)のせいで負けた」


 開口一番飛び出した言葉は耳を疑うようなものだった。

 部員たちもしーんとしてしまう。


 井原とはアツシのことだ。

 アツシは最終回の攻撃から代走で出場して、次の塁を果敢に狙ったリードをして、結局牽制でアウトにされたけど……そんな言い方ないじゃん。


 僕はアツシの方をちらっと見る。

 アツシは……泣いていた。

 人目も憚(はばか)らず、ボロボロと涙を零し、嗚咽(おえつ)をもらしている。


 これが指導者のやることか。


 監督はその後も話を続けているが、全然耳に入ってこない。


 アツシのせいで負けた?

 なんでそうなるんだよ!


 誰かのせいって言うなら、相手の3番、4番打者と勝負させたあんたの采配にも問題あるんじゃないのか? まあ、結局最後に勝負するって決めたのは自分たちだけどさ……。


 あんな風に皆の前で言われたら、言われた側がどう思うか。

 そんな想像もできないのかよ、ちくしょう……。


 新人戦、翌日。

 練習はオフだった。


 そして僕は昨日に引き続き、西中のグラウンドに来ていた。

 試合観戦のためだ。


 グラウンドでは西中とシード校の城南中が、ウォーミングアップをしている。


「おぉ、ヒッシー!」

「ヒッシーも見に来たんだ」


 観戦する人たちのために用意されたベンチに腰掛けていると、馴染みの顔から声を掛けられる。

 部長のナオユキと副部長のカズだ。

 2人とも、元チームメイトたちが気になって見に来たのだろう。見れば、2人のお母さんも来ていて、西中のお母さんたちと話を弾ませている。


 僕たち3人もあーだこーだと話しながら、西中のアップする様子を眺める。すると、カズがトイレで席を外したタイミングで、ナオユキがこう切り出した。


「昨日の試合の後さ、カズのやつ、過呼吸になってさ。まあ、いつものことなんだけど」

「え……なんで?」


 そう言えば、昨日はカズもめっちゃ泣いてたな。

 立ち上がれないくらいで、結局、親の車で帰ったっけ。


「あの後、カズの家に見舞いに行って話したんだけど、悔しかったって言ってたよ。西中は知り合い多いし、負けたくなかったから。俺もね」


 解散した後、そんなことがあったのか。

 てか、2人とも仲いいな。なんか羨ましい。


「ごめん……あの打球捕れなくて」

「初回のフライは捕ったじゃん」

「……アツシは? あの後どうなったか知ってる?」

「いやー実は……」


 試合が始まり、シュックさんがいない西中がボコボコにされる中。

 ナオユキはこう続けた。


「アツシ、部活辞めるかもしれない」

「え!?」


 ま、まさか……。


 しかし、それは現実となり、新人戦明け最初の練習に、アツシは姿を見せなかった。


 そしてその日のミーティングで、テルミの口から「井原は部を退部した」と。

 

「新しい道に進むことをみんなで応援しよう」と、そう淡々と伝えられた。


 よくもまあそんな台詞を僕らの前で言えたものだ。


 アツシの退部がきっかけで、僕の中の今までどうにか持ち堪えられていた気持ちが切れてしまった。

 誰かが辞めるなら、自分も。

 それくらい弱っていた。


 そして。


「お母さん、僕、野球部辞める」


 僕はそう言うのであった――



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る