第21話「勇気と共に」

     拾壱


 くるくる廻る回転灯――夜の市民公園に集まる救急車・レッカー車・警備車両の群れ。

 雨上がりの夜空に月――地上の喧騒など、どこ吹く風といった澄んだ趣を放っている。

 納入されるなりスクラップ同然となった軍用機体(二号機)を、作業着姿の大人たちがレッカー車で泣く泣く回収してゆくのを脇目に――鳴は静かに救急車へ歩み寄った。

 担架に乗せられた男に、おずおずと声をかける。「……藤波さん」

「よお、嬢ちゃん。あの化け物を仕留めちまうなんて、大したもんだぜ」

 右肩から胸にかけて血の滲む包帯/救急隊員に鎮痛剤を打たれながら、ニヤリと微笑む。

 なんだか思ったより元気っぽい――ホッと胸を撫で下ろしつつ、上目遣いに見返す。

「倒したのは、響ちゃんだよ……だよ?」

。つまり、嬢ちゃんの手柄でもあるってことさ」

 褒められて悪い気はせず――気を利かせた救急隊員がウィンクして去る――何やらされてそう――無意識に赤らむ頬を隠すように、顔の前でぬいぐるみを抱き締める。

「……ウサギとカメの」もじもじと呟く。

 怪訝な顔をする藤波=すぐに合点。「約束だったな。そいつを聞きにきたってワケだ」

 こくんと頷く。「かけっこで負けたあと、ウサギはどうなったの……なったの?」

「よし、じゃあ聞かせてやるぜ」もったいぶった調子で語り始める。「――カメに負けたウサギはな……お前は仲間のだって罵倒されて、村から追い出されちまうのさ。丁度その頃、腹を空かせた狼がウサギ村を狙っていた。村の外を彷徨さまよっていたウサギは、偶然そのことを知っちまう――?」

「え……」予想外の質問。「そのまま逃げちゃったとか……とか?」

」まるで今見てきた光景を語るように、力を込めて。「ウサギは負けても挫けなかった。決して仲間を見捨てなかった。そして諦めず狼に立ち向かい、機転を利かせて強大な敵を打ち倒した。こうして村を救ったウサギは英雄として称えられ、――めでたしめでたしってワケさ」

〝な、ハッピーエンドだろ?〟とばかりに片目を瞑る――それを真っ直ぐ見つめ返す。

 油断から過ちを犯したウサギは、それでも自らを信じて、困難に立ち向かったのだ。

 諦めない心が――その勇気が――

「ウサギは……みんな守ったんだ」余韻を噛み締めるように呟く――それに頷き返しつつ、からかうように藤波が訊ねる。「――ところで嬢ちゃん。、まだ剥がさないの?」

 一瞬キョトンとして――すぐに〝おまじない〟のことだと察した。

 頬に貼られたままの絆創膏――少し勿体なく思いながらピリッと剥がす/何気なく目を向けて――そこに書かれた文字に気がついた。「これって――」

『B・W・Y』=〝勇気と共にブレイブ・ウィズ・ユー〟――マーカーで書かれた、端的で力強い文句フレーズ

「な、嬢ちゃん。よく効いただろ?」自慢げに左手を掲げる。「ご利益はバッチリさ」

 その手の甲に貼られた絆創膏――『G・L・Y』=〝幸運を祈るグット・ラック・ユー〟――まるで子供が壁に書きなぐったような、単純明快で、だからこそ胸の奥へ届く、ひたすら前向きポジティヴな合言葉。

 そのあんまりな、思わず吹き出した。「変なの……藤波さんってやっぱり変」

「あ、あれ~? そこはフツー感心するところだぜ、嬢ちゃん?」口をへの字に曲げる/その情けない表情が無性におかしくて、くすくす笑う。

」急に声をかけられる――何事かと振り向く。

 すぐ後ろで見覚えのあるヒゲもじゃが、人懐っこい笑顔を浮かべていた。「今日はおだがい、えらい目さっただな。オリャーもう地下さこりごりだよォ」

 ――唖然となる鳴を余所に藤波が相槌。「よう、グスタフ。そっちこそ無事で何よりだ。お前がはぐれちまった時は、心配したんだぜ?」

あに言ってるだ。こっちさ、オメら探すんのに苦労すただよ。ほれ……これさ見ろ」

 左脚のズボンをまくる――脛から下が動物の蹄みたいな形をしたが出現。

 目を丸くする鳴を面白がるように、ニカッと笑う。「お嬢ぢゃんは見んの初めてだな? 震圧センサーつっでな、土ん中を伝わる震動さ感知かんづすて、周りの様子さ調べるだよ」

 どうやら特殊機能が備わったであるらしい――驚きと困惑混じりで見つめる。

 それに気を良くしたっぽいグスタフ――腕組みして胸を張る。「大変だっただよ。班長フランクと羽の生えだ小隊長ぢゃんと手分けすて、三点測量式にオメらが何処さ居いんのか調べて回っただ。見づけんのに時間さ食っちまって、すんまなかっただなァ」

 もはや理解が追いつかず――たじたじ。「えと……こっちこそ、その……ありがとうダンケ

べづにいいだよ。オラだづ、同ず部隊の仲間でねェか。すったら、

 上機嫌に歩き去るヒゲもじゃ――未確認生物に出くわしたような気分でその背を見送る。

「驚いたか、嬢ちゃん。グスタフの奴はな、いつもは無口な癖に、任務の後だけやたらと饒舌になるんだ」真顔で語る藤波――半ば呆れつつ、ふいにピンときた。

「……ひょっとして、グスタフさんが普段は無口な理由って――」

 を気にしてるからか――と続けようとして、シ~ッと藤波が唇の前に指を立てる。

「――言うなよ? あいつ、あれでも気にしてんだから」

〝本人にはナイショだぜ?〟といった調子で片目を瞑る――我慢しきれず、今度こそ二人でお腹を抱えて笑い合った。

 世の中、案外そんなものかも知れない。本人にとっては重大なことでも、他人からすればちっぽけな悩みに見えることなんて、きっと数え切れないほどあるのだろう。

 人は、誰だって何かしら悩みに取り憑かれていて生きている。

 鳴の抱える不安や罪悪感も、結局はそうしたものの一つでしかないのだ。

 ならば――大切なのは、それと

 前向きか、後ろ向きか――そのどちらを選び取るのかも、ようは自分次第。

 例え悩み苦しみながらでも、、いつか何処どこかへ辿り着けるはずだから。

「ほら、嬢ちゃん――向こうで仲間が待ってるぜ?」藤波が顎でしゃくる先――車両の影からこちらへ歩いてくる響+奏。「すっかり遅くなっちゃいましたね」「あ~、早く帰ってシャワー浴びたいわぁ~」

 姦しい仲間たち――促すように藤波がぱっちりウィンク。「行ってやんな」

「うんっ!」元気良く返事して、鳴は二人のもとへ駆けてゆく。

 その姿を夜空に輝く月の光が、穏やかに照らしていた。


     ***


 BVT支局ビル――七階のMSE本部フロア内に設けられた隊長オフィス。

 立体映像MRビジョンで再現された法廷台のごとき重厚な執務机=隅に『BVT局長』のプレート/座上で鋭い眼光を放つ黒ずくめの男――第一区にある本局からのリアルタイム通信。

《過日の事件においてMSEが発した〝空想的な警告〟により、関係各省庁に動揺の波が広がっている。これは非常に憂慮すべき事態だ》抑揚を抑えつつも咎めるような口調――黒カマキリが鎌を構えるように、顔の前で両手を組む/神経質な眼を尖らせる。《今回、君たちの取った数々の問題行動について、申し開きがあるならば聞こう》

 対面の隊長デスクに座るガブリエル――揺るがぬ岩の佇まい。

「我々は与えられた権限において、実行可能な最善の策を講じたのみです」まるで動じず。「マスターサーバーでさえ対処不能なによる破壊活動を阻止するためには、必要な処置であったと確信しております」

《それがだというのだ》かぶりを振る局長。《かつて六年前のテロにおいて、我が国を震撼させた忌まわしき兵器が――などという妄言を、信じろというのか?》

「その通りです、エゴン・ポリ局長」重々しく。「マスターサーバーの解析結果からも、敵が再び犠脳技術そのすべを冥府より甦らせんとしていることは、明らかです」

《だが――君たちが撃墜した機体から、犠脳ユニットは》刃物のような厳しい視線。《回収された残骸から見つかったのは、空のカプセルのみだ。報告にあった主犯格の男も、崩落の影響で遺体が激しく損壊しており、本当に犠脳者であったかどうか定かではない。全ては推定のみで、もはや確証を得ることは不可能だ》

 それでも動じぬガブリエル――エゴン=裁槌のような睨み。《よもや、MSEの権限を拡大するために、在りもしない空想を吹聴したのではあるまいな?》

 そのまま断頭台にでもかけそうな勢い――だがガブリエル/決して揺らがず・動じず。

「局長、一つ重要なことをお忘れのようですな」泰然と。「先の機体が抜け殻であったということは――敵は、今この時も、都市がという可能性を、憂慮すべきかと」

《馬鹿げたことを。そんな空想のために、我が局と〈特殊憲兵部隊コブラ・ユニット〉の貴重な人員を割く余裕など……》一笑にふそうとしたエゴン――手元の端末へ新たに届いた書類に気づく/ザッと一瞥――すぐに険しい顔つきに。《――これは一体なんだ?》

「ご覧の通り。我々MSEを正式なとして、〈ヴァイスシュベルト〉及び当たらせて頂くための書類です」

 目を剥くエゴン――さらに書類を確認――すでに市議会/司法長官/内務省の受諾ずみ。

《……こんなものを、いつの間に用意した》もはや隠しもせぬ苛立ち――、その庇護下にある組織BVTとしては、無下に扱う訳にもいかず。

《この件は、私の方でも慎重に検討する》怒りを抑えた面持ちで、自らをいさめるように息を吐く。《君に政治家の才能があったとはな。人は見かけによらんものだ――》

 捨て台詞を残し通信アウト――消失する立体映像。

 静かなオフィス――静かに椅子から立ち上がるガブリエル。

 抗弾ガラスの向こうに広がる灰色の街を、独り眺める――近未来的な高層ビル/中世来の歴史建造物/文化委託によって移設された世界各地の文化財が、複雑怪奇な網目模様パッチワークスを描く〈ロケットの街〉――現代に造られた壱百万都市ミリオポリスという名の迷宮。

 おしりも今日は聖金曜日カーフライターク――イエス・キリストが処刑された受難の日。

 まるでこれからMSEが――あるいは、この都市が辿るべき運命を暗示するかのように。

「かくしてさいは投げられる。報いられざること一つとしてなからん――か」

 怪物のような都市の行く末を案じるように――黙祷を捧げた。

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