第14話「コウモリの嗤い」

     肆


 ミリオポリス第一区――市庁舎の西に位置するラートハオス駅。

 夕闇に染まりゆく街――地下鉄入口で捜査官が慌ただしく出入り/警官隊が群集を誘導。

 駅に張られる封鎖線――BVTの輸送車/パトカー/やや離れた位置にMSEの装甲車。

「――本当に爆弾が見つかったんですか?」

「匿名で不審物の通報があったらしいわ。すでに爆発物処理班が駅構内で対処中よぉ」

 奏の説明――不安な様子で口をつむぐ響+鳴。

 あのあと――少女四人組=地下鉄が止まったため、仕方なくタクシーで現場へ急行。

 すでに到着していた副長たちと合流――MSEの車両内でいつもの制服姿に着替えさせられ、ろくな説明もないまま管区警察に交じり封鎖線に参加/近辺を警備。

 三十分ほど前には、押っ取り刀で駆けつけたBVT捜査班と特憲コブラの別働隊が到着。

〝君たち邪魔だから、あっち行ってなさい〟とばかりに、警戒区域の端へと追いやられた。

「みんなピリピリしてるね……ね?」

 鳴=手持ちぶたさ――ぬいぐるみのウサ耳をくねくね=気を紛らわす時の癖。

 鈴鹿は摩耶と一緒に車両内で待機中/向こうでは、副長が捜査官と難しい顔でお話中。

 封鎖線の隅っこで立ち尽くす三人/何だかほったらかしにされてるカンジ――そこに声。

「よっ! 嬢ちゃんたち、お疲れさん」車両の影から巨漢と優男のコンビ=大須+藤波。

「インスタントでよければ、眠気覚ましのコーヒーカフェはいかがかな?」

 ぶっとい手で差し出される紙コップを、三人とも喜んで受け取った――騒々しい街路・治安関係者・野次馬たちを余所に、湯気を立てるインスタントコーヒー片手に夜のお茶会。

「しっかし、お互い災難だよな~。案件なら、呼ばないで欲しかったぜ」

 したり顔でうそぶく藤波――三人が顔を見合わせる/出し抜けに地下鉄の方で

 駅入口から作業を終えた爆弾処理班が次々と出てくる/肩をすくめて捜査班と遣り取り。

 ざわつく周囲を気にしつつ、響が訊ねる。「……もう爆弾は処理されたんですか?」

 頷く大須。「先ほど駅構内の様子を見てきたのだが、どうやら爆弾はフェイクらしい」

「はぁ、? イタズラだったってことぉ?」

 憤慨する奏――肩を縮めて巨漢が答える。「それはまだ分からないが……発見された鞄の中身は火薬ではなく、消費期限の切れたごく一般的なだったようだ」

「けど、点火装置とかは本格的だったらしいぜ? 陽動ってこともあり得るし、一応、他の路線もいま捜査官が調べてんだとよ」藤波が補足/飲み終えた紙コップを折り畳む。

「だから、みんなで集まってるのかな……かな?」

 カフェをふーふー冷ましながら鳴が質問――それに大須=微妙な表情。

「いや。どうも捜査を主導するかについて、BVTと憲兵が

「まさか、縄張り争いですか?」響が呆れたように顔をしかめる。

 この都市の治安組織が抱える問題――独立した複数の組織が常に

 そもそも今のミリオポリスでは、BVT/特殊憲兵部隊コブラ・ユニット憲兵MPB公安MSS第二作戦部隊ツヴァイ・コマンド/さらに連邦警察と市警――それらが事件を捜査している状況。

 オマケに昔から、BVTは未来党/憲兵は社会党/公安は国民党――それぞれ政治的なライバルが背後バックにいるために、親分に倣い子分同士もすこぶる仲が悪いときている。

 結果この都市では、手柄を争った治安組織同士の対立が、もう嫌になるほど巻き起こる。

 いずれにせよ――少女たちにとって迷惑極まりない〝大人の都合〟。

「さて……どうかな。地下鉄はロンドンやベルギーの前例のみならず、かねてよりテロの標的にされやすい施設だ。過去にはこの都市の地下鉄構内でも爆破テロが起こっている。過剰に思えるBVTの対応も、万が一の事態に備えてのことだと思うが」

 困ったように応じる大須――代わりに奏が話をまとめる。

「ま、不審物が処理されたんだから、じきここの封鎖も解除されるでしょ」ネイルアートを施した爪を噛む=考え事をする時の癖。「、副長たちの様子を見て来るわぁ」 

 紙コップを丸めて歩き出す――それに大須も続く。「自分も同行しよう。封鎖線周囲の人員配置について、確認しておきたいのでね」

「私も……、用事をすませてきます」

 便乗するようにこそこそと動き出す響――それに鳴=何かを期待する目つき。

「ひょっとして……、お兄さんに連絡TELするのかな……かな?」

「ち、違いますっ。鈴鹿の様子を見てくるだけです」目を泳がせる=照れ隠しの癖。

「がんばってね、ね?」「もう、違いますからね!」ツンッと足早に去る仲間を見送る。

 ざわざわする地下鉄周辺――でも、さっきまでよりどこか弛緩した空気。

 冷めたコーヒーをこくこく飲みながら、ぼんやりとたたずむ――隣の男が口を開く。

「さてっと……オレたちはどーする? どっかその辺ブラついてるか?」 

 あ、まだ居たんだこの人――てっきり用がすんだらどっか行ってくれると思ったのに。

 気まずく相手を見上げる――なぜか居すわる藤波/相変わらずと軽薄な笑み。

 正直、相手にするのも煩わしい――その時、計らずしも鳴のお腹がと鳴った。

 とっさにお腹を押さえる――抑えようのない生理現象/恥ずかしさで顔が赤くなる。

「ご飯……まだ食べてないから……」おずおず言い訳――急な呼び出しでまともな夕食も取れず/〝だから仕方ないよね、ね?〟という意図を込めて、上目遣い。

 納得げに藤波が頷く――思いが伝わったことにホッとするのも束の間、何やらニカッとイタズラげな笑み――真っ白な歯に三日月を連想/またはチェシャ猫の笑い。

「腹が減ったんなら、いい物があるぜ?」得意げに懐から何かを取り出す――薬用ハーブ入りのど飴――思わず手を伸ばしかけて、ストップ/不審そうに相手を見つめる。

 視線を察した藤波=〝心配するなって〟というカンジに肩をすくめる。「気晴らし用さ。狙撃手は待つのが仕事だからな。精神を落ち着ける効果もあるらしいぜ?」

 納得いかない鳴――とりあえず誤魔化す。「飴じゃお腹一杯にならないよ……よ?」

「そっか? じゃあ、他にもあるぜ?」

 まだ何かあるの?――〝面倒な相手に捕まった〟と、顔を上げた鳴=軽く目を見開く。

 藤波が取り出だす品々――ビタミン剤・DHAカプセル・アンフェタミン&ギャバ配合チョコレート・惑星模様のロリポップ――次から次へと品物が

 一体どうやったら、制服のポケットにここまで詰め込めるのか――まるで手品。

 目を丸くする鳴に、藤波=自慢げにニヤリ。「驚いたかい、嬢ちゃん? 何を隠そう、〈子供工場キンダーヴェルク〉の〝ドラッグストア〟とは、オレのことさ」

 大変にかっこ悪い渾名をドヤ顔で披露――〝ごぼうクレッテを食べるのは日本人ヤパーナーくらい〟という豆知識よりもどうでもいい情報。「……なんでそんな渾名だったの、だったの?」

「ほら、ドラッグストアって薬とか雑貨とか……いろいろ置いてるだろ? オレに頼めばなんでも手に入るってんで、周りからそう呼ばれるようになったのさ」

?」疑いの眼差し。

「例えば、酒・タバコ・化粧品・デーメルのお菓子……こっそりと調達してきたそれを、仲間に配達するのがオレの役割だったのさ」指折り数えてトンでもないことを暴露。

 どうやら教官たちの目を盗んで仕入れた品々を、不良グループに配っていたということらしい――少年時代の悪事を誇らしげに語るその姿に呆れ+警戒の念。

 相手が両手に掲げる品々――透明な瞳で見つめる/

 藤波の弁解。「あ~……ほら、オレって手足の覚えるのが遅くて、同期んなかじゃ割りとな方だったからさ。これでも周りから浮かないように苦労したワケよ」〝な、分かるだろ?〟といった調子で片目を瞑る。

 正直さっぱり分からない――けど/唯一〝落ちこぼれ〟という部分だけは、共感できないでもなかった。だってあそこに集められた子供は、

 手足が動かない子・事故で障害を負った子・親がいない子・親に棄てられた子――都市という巨人の両手からこぼれ落ち、死ぬ前に運よく掬いあげられた子供たち。

 苦痛を味わいながら、それでも生き続けることを諦めなかった子供たち。

 それが、鳴は知っていた。

 黙りこくる少女を見て、何を勘違いしたのか藤波がまたニッとする。「大丈夫だって。こいつは駅前のキオスクで売ってる既製品だからさ」

 誤魔化すようにチョコを握らされる――なんか口止め料っぽい/今でも隠れて裏で秘密のアルバイトとかやってそう――困って、また上目遣いに相手の顔色をうかがう。

 へらへらした藤波――どうしよう/こんな時、響や奏がいれば迷わないですむのに――

 ふっと心細さが込み上げる/それを覆い隠そうと、ぬいぐるみをギュッと抱き締める。

 その時――――ふいに、

 ハッとして周りを見る――まるで聞き耳を立て警戒する子ウサギのように、辺りを覗う。

「どうした、嬢ちゃん?」キョトンとした藤波=腰を屈め、こっちと顔の高さを合わせる/こっちを覗いてくる――デリカシーの欠片もない仕草=幼児扱いされてカチンとくる。  

 とりあえず無視――ぼんやりと封鎖線の外を眺める/通りの向こうに工事のバリケード。

「嬢ちゃん?」急にズンズン歩き出した鳴を藤波が追いかける。そのまま道路を横断――少女を呼び止めようとした警官が特殊部隊の制服に気づく/何事かと遠巻きに見守る。

 おかしな二人組へ奇異の視線を送る警察官+野次馬たち――藤波が愛想笑いで誤魔化す。

 それらを無視して、反対側の歩道に辿り着く――第一区と隣の第八区ヨーゼフシュタットの境界線上にある通り――フェンスで区画された新地下鉄U5路線の工事現場/『休工中』の立て看板。

「……ただの看板だぜ。これがどうかしたのか?」

 挙動不審な少女に〝やれやれ〟と藤波が首を振る――鳴=返事をしないまま、看板に手を伸ばす/アルミフレームの縁に挟まっていた、真っ白い長方形のカードを掴み取る。

「……んっ」上目遣いで相手に差し出す。

「なんだそりゃ、か?」受け取ったカードをしげしげと観察。

 手品師がよく使う白紙のカード――表面は通常のトランプと特に変わらぬ絵札。

 無地の裏面に文字が書いてある――聖書からの引用『カエサルのものはカエサルに』。

「キリストが宗教家に語った言葉だ。確か〝神への信仰と国家への忠誠は別物〟って意味だったか? イタズラにしても薄気味悪いな……」珍しく真剣に考え込む。

 隣で鳴はジッと工事現場を眺めている――区画用のカラーコーンとバー/その一ヵ所が外れている――?/小首を傾げて区画の中へ踏み入る。

「おい……嬢ちゃん?」気づいた藤波が後を追う――作業員用の地下へ出入りする階段=洞穴のような仮設通路を、ふらふらと降りてゆく鳴/仕方なく藤波も階段を降りる。

 暗い地下=聖週間中は公共事業も休みであるため、仮設照明も点いておらず――藤波がペンライトを取り出す――コンクリートむき出しの階段を降りた先、広い空間へ出る。

 建設中の地下鉄構内――ライトに照らされた無人のプラットフォーム/未使用の線路。

「嬢ちゃん、ここって勝手に入っちゃマズイんじゃないの?」

 あちこちに並ぶ建材や工事機材を眺め〝もう気がすんだだろ。戻ろうぜ?〟と言うように藤波が階段を指差す――だが、鳴はそれを無視した/だって――

 動悸――何か良くないことが起こる予感/逃げ出したい衝動/それを確かめねばという強迫観念――怖い・怖い・怖い――追い立てられるように線路へ飛び降りる。

 かぶりを振って藤波も続く――行き先をライトで照らす――光の中に、それが現れる。

「なんだ……?」藤波が息を飲む――その隣で、鳴はウサギのぬいぐるみをぎゅぅぅぅっと強く抱き締めながら、透明な瞳でそれを見た。

 まだ一度も列車が走っていない、真新しい線路――レールの上に横たわる

 血溜まりの中に沈む、――身なりのいいスーツを着た胴体からは、まるで断頭台ギロチンにかけられた罪人みたいに、首から上が、

 暗い地下に棄てられた――どこからか、ウサギの笑い声が聞こえる気がした。


     ***


 ミリオポリス――都市に広がる地下下水道のいずこか。

 にごった汚水を弾き飛ばし、コンクリートの洞窟を疾走する一台のバイク。

 バイクを止め男が降りる――しなやかな細身/全身黒ずくめのライダースーツ。

 特殊ペンライトを掲げる――フルフェイスヘルメットに隠された双眸そうぼうで壁を確認。

 ライトに浮ぶ古びた壁面――その一角に印=特定の光源に反応する文字=『WS』。

 水音を立てて通路を進む――やがて錆び果てた扉に行き当たる/迷わず押し開く。

 場違いに明るく広い空間――地下に設置されたソファ/絨毯じゅうたん/壁時計/観葉植物。

 さながら高級ホテルのスィートルーム――秘密裏に建造された地下の核シェルター。

「先人の残した遺産の一つだよ。じき役目を終える場所だがね」

 朗々とした声――部屋の奥から現れる人影=仕立てのよいスーツ/角のように尖った頭/鼻から上をすっぽり覆う黒覆面/露出した口元に酷薄な笑みを張りつけ、先端に黄金の髑髏どくろが付いた杖を恭しく掲げる――まるで人間大の黒いコウモリ。

「さて、君は招かれざる客かな? それとも、冥府の使者かね?」

 かぶりを振るライダースーツ。「僕はさ。ここへ来るよう指示されただけだよ」

「なるほど、なるほど。君は〈宿り木ミステルの枝〉か、ライダー坊やユーゲント・レイター?」

 コウモリ男がソファに座る――白い手袋をした指でワイングラスを掲げる。

 ライダースーツが部屋の中に進み出る――テーブルには目もくれず、奥の壁を見上げる。

 壁一面に描かれた宗教画――レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』のモザイク。

「エルサレム入城を果たしたキリストは、最後の晩餐で弟子たちにパンとブドウ酒を与えたという……それらは主の〝肉体〟と〝血〟の代わりなのだよ」

 大仰に語るコウモリ男――肩をすくめるライダースーツ。「聖書には興味ないね。僕は自分に与えられた仕事をするだけさ」

「勤勉だな。それはこの都市が失った物の一つだ。人は自らの存在価値に気づいてこそ、がもたらされる。それが、我々の目指す偉大なる調律ヴァールシュティムングへの一歩だ」

 血のように赤いワインへ口付け/グラスの先で部屋の奥を指す/ライダースーツが見る。

 宗教画の下――玉座のような機械――その脇に置かれた、二つの

 ライダースーツが歩み寄る――箱を開く/霊気のような煙の底――眠れるを確認。

 箱を閉じる/両脇に抱えて立ち上がる/男を振り返る。「確かに荷物は受け取ったよ」

 満足げにコウモリがわらう。「じきに晩餐の準備が整う。新たなる存在価値を得た私は、広大なる世界に羽ばたく大いなる存在の一部となるだろう」腹の底から愉快そうに、杖の髑髏を突きつける。「君もやがては洗礼を受け、それに

 しばし、ライダースーツが髑髏を見つめる――だが、ミラーシールドに覆われた仮面の表情は誰にも覗いしれず――やがて、くるりと踵を返す/再び洞窟の奥へと去りゆく。

。その時こそ、我々の理想が世界を覆いつくすだろう」

 誰も聞くものとてない地下の奥底に、コウモリの嗤いだけが、不気味に木霊した。

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