第2話「弾丸少女」

     弐

 

 マスクの下に驚愕を浮かべ、こちらへと機関銃を向ける武装犯の一人に、響は自らの機甲化した腕を叩きつける――鈍い感触――男がゆうに数メートルは吹っ飛ばされる/フロアのカウンターにぶち当たって倒れる。

 響――その手足を包む蒼い装甲/頭に獣耳ケモノミミのようなヘッドセット/しなやかで流麗な肢体を覆うスーツ=青いライン/腰に尻尾のようなバランサーユニット×三。

 林を駆け抜け狩りをする〝フックス〟のように目を細めながら、右手を捉えた目標――銃を構える武装犯に向ける。両腕の機甲と一体化した銃身+弾倉――超伝導レール式機関銃のトリガーを引く。

 カウンター横の柱の影からこちらに銃口を向けるスキーマスク野郎に、銃弾の雨を贈呈ダダダダダダッ

 一人目の武装犯が血溜まりの海に倒れる前に、すでに左手から放たれた弾丸が次の相手を蜂の巣にダダダダ・ダダダダ・ダダダダ・ダダダダッ

 蒼い風がもたらす銃弾の嵐ダダダダダダッ!

 武装犯が混乱し逃げ惑う/フロアを仕切る壁越しに応戦しようと周り込む――そのすぐ真横の壁/フロアの床/敵の銃器に突如、鋭い棘のような刃物が突き刺さる――次々と飛来する液状金属フリュスィヒ・メタル製のニードルに驚く武装犯。

「あーん、外しちゃったわぁ♪ ねえ……どう? 私と追いかけっこしない?」

 奏――手足を包む銀色の装甲/触覚のようなヘッドセット/メリハリのあるボディーラインを覆うスーツ=黒いライン/機甲化した両腕が弦楽器ハープのように展開=ニードル発射器ガン。その姿は背中から生えた昆虫の〝ツィカーデ〟のごとき透明な羽によって、ふわりと空中に浮いている。

「うふ、そんなところに隠れてる臆病屋ファイグリングさぁん♪ 歌ってあげるから出てきてね♪」

 喜色を浮かべた琥珀色の瞳が、壁の影に隠れた武装犯に向けられる。

「らああああぁぁぁぁあああぁぁぁ――♪」

 奏が歌う/小刻みに震える背中の羽、〈燐晶羽フェデール〉が振動――周囲のあらゆる物体に突き刺さったニードル=超伝導電撃針テーザーが紫電を帯びる/電子の共鳴――それらがもたらす破壊。

 フロアの壁/床/商品棚/武装犯の持つ銃器/防弾チョッキ/手足――その全てが電撃に包まれる――荒れ狂う稲妻がフロアを蹂躙。

 弾ける放電/電流に貫かれる武装犯たちの肉体――狂乱する男たちの絶叫+恍惚とした奏の絶唱=まさに死と破壊の交響曲シンフォニア

 フロアを暴虐無人に暴れまわる可憐な少女たち――「な、何なんだこいつら――っ!?」恐怖にかられたスキーマスク野郎が悲鳴を上げる/デタラメに銃を乱射/狙いもロクにつけていない凶弾が、あわや人質たちに飛来するかに思われた、そのとき――

「だ、だめぇぇぇ――――っ!」

 声を張り上げ躍り出た少女が、ピョンと人質たちの前に降り立った。

 鳴――薄桃色に染まった手足の装甲/頭に長く伸びるヘッドセット/細い体を覆うスーツ=赤いライン/お尻にぴょこんと付けられた丸いバーニアユニット=まるで可愛らしい尻尾のよう。

ヒースヒェン〟の耳を思わせるヘッドセット=《飾り耳オーア》+手にした巨大な円形盾バックラー=大型の抗磁圧発生器――それらが発する強力な力場によって形成された見えない障壁シールドが、凶弾を全て弾き返す/人質のみなさんをばっちり守る。

「うっうっ……。そんな危ないもの振り回しちゃ、だ・め・だ・よ―――っ!」

 鳴―――凶弾を放った相手に〝メッ〟と円形盾を力任せに投げつけ、オ・シ・オ・キ!

〝そっちの方がよっぽど危ないだろっ?〟という疑問ごと頭蓋を粉砕されたスキーマスク野郎の体が吹っ飛ぶ/そのまま外壁の窓ガラスをぶち破る――奈落の底へとさようならアウフ・ヴィーダゼーン♪。

 即撃即射で敵を撃ち倒していく〝蒼風アッシェ〟こと攻撃手フォワードの響。

 冷吟冷徹に敵を狩りたててゆく〝銀風ズィルパー〟こと司令塔プレイメイカーの奏。

 堅牢堅守に敵から皆を守りぬく〝桃風ローザ〟こと防衛手ディフェンダーの鳴。

 蒼+銀+桃――三条のヴィントが舞うたびに、悲鳴と硝煙と血飛沫にフロアが染まる。

《なぁ~んだ。テロリストっていうからもっと強いのかと思ってたけど、よっわよわ~。奏、拍子抜けよぉ~?》

 ふわりと飛翔し武装犯を追う奏――顎骨がくこつに移植された通信機による無線通信かざぶえ

《そう言いながら奏は、前回の出撃のとき壁に激突してましたよね?》

 電子のささやきによる冷静なツッコミ=響。その間も的確に敵を捉える/殴ると同時の零距離接射で、通路に陣取っていた武装犯の腹ワタを撃ち抜く。

《ちょっ……あんたどっから見てたのよぉ!?》

《え、えっとね……奏ちゃんのピンチは私が見てたの。うっうっ……ごめんね? せっかく響ちゃんにも、あの時は助けに行けなくて……》

 涙ながらに暴露する鳴――武装犯との攻防で倒れた棚を円形盾で叩き飛ばし、巻き込まれた人質を救出中。

《ちょっとぉ、何その謀略! 二人とも奏の輝くキャリアに傷をつけるつもりぃ!?》

《そんなこと……ないよ、ないよ? ただ〝チームはお互いをよく知るように〟って、副長さんが言ってたから……》

《なるほど。小隊の訓示を忠実に守るとは、鳴は良い子ですね》

 三人の無線通信を通したコント的会話――今が殺伐とした武装犯との戦闘中であることによる緊張=ゼロ。さながらウィンドウショッピングを楽しむ女子会のような気軽さで、武装グループを包囲/撃破/殲滅。

《ううっ、なんか奏ちゃんが機嫌悪いの……》《そうですか、いつもこんな調子ですよ?》《ちょっとちょっとぉ、どーゆー意味よそれぇ?》三人娘=姦しく。

《蒼風! 銀風! 桃風ッ! お前ら、戦闘中に意味なく駄弁だべるなっ!》

 みかねた副長ヴィーラントの怒号=ドスの利いた一喝――群れをまとめるボス狼の叱責。

《お前らのくだらないコントを、毎度のように必死になって暗号化しなくちゃならねえ通信班の気持ちを、少しは察しろっ!》

 完全に説教モード――まるでイタズラを咎める教師と生徒/ゲンナリする三人娘=無線を使わず互いに目配せアイコンタクト――〝やれやれ、また始まった〟/反省の色=なし。

 そこへさらに通信=補佐官の摩耶。

《説教中に悪いけれど、敵集団の一部がそのフロアから移動しているわ。おそらく地下の業者用搬入路を利用して、逃走するつもりね》

 同時に脳内チップを通して指揮車両から三人に送られる情報――ショッピングモールの見取り図/構造図/業者用搬入路までの最短経路――マスターサーバーによって都市計画から抜き出された建造物のデータが、脳の視覚野に映像化ビジュアライズ

《――そういうことだ。今、別動隊が人質の救出に向かっている。銀風ズィルパーはそのまま周辺の階層に残っている敵を掃討。桃風ローザは取り残された民間人がいないか捜索しつつ、銀風の掩護にあたれ》

 説教を中断されたヴィーラント=憤然としながら、次々と指示/〝激高しやすいように見えて冷静な判断を下せる指揮官〟――若くしてこの部隊を任される所以の一つ。

《了解よぉ~》《了解です……です》元気に返答しつつ、ぺろりと舌を出す奏+鳴。

 さらに指示。《蒼風アッシェ、お前は解析されたルートで逃げる敵を追え。お前のいる位置からが一番近い》

了解ヤー》短い返答と同時、響は駆け出した。


 階下へ降りる響――指揮車両から転送されるマップ情報に従って進む。

 敵の逃走ルートを示すマーカーの道先案内――業務用区画/通路の先にある資材搬入用昇降機エレベーター――どうやらそこから地下に降りられるらしい。

「……なるほど、確かに的確な追跡フォローですね」

 送られてきた情報が的中――搬入用昇降機の扉=強引にこじ開けた跡/扉横の制御盤=銃撃でズタズタに破壊されている。ここを使って犯人は逃走したに違いない。

 半壊した扉を蹴破ると、その先のシャフトはポッカリとした空洞になっていた。昇降機の箱はおそらくすでに下/最下層の地下搬入路に。

 推測――こちらの追跡を逃れるため、武装犯たちは制御盤を破壊したのち、非常用装置を作動させて最下層へと移動した?

 思ったより逃げ足が早い。軽く床を蹴り、躊躇わず奈落に身を躍らせる――シャフト内を自由落下フリーフォール/縦坑を抜けてゆく風に、サイドテールが煽られる。

 ――どんっ!

 数秒もしないうちに地下に到達/箱の上に着地――衝撃でへこんだ上蓋うわぶたを両腕の機関銃で破壊/中の扉を機械仕掛けの腕力で押し広げ、地下フロアへと降り立つ。

「――?」

 拍子抜け――妨害工作がされていたから、当然待ち伏せがあるものと警戒していたのに。どうやら相手は完全に逃げの一手に出ているらしい――ある意味で敵の潔さに感心しつつ、とりあえず現状を報告しようと上に呼びかける。

蒼風アッシェより指揮車両へ。追跡中の敵は、抵抗を諦め逃走に徹している模様です。このまま単独で追跡するべきか、指示を願います」

 …………沈黙。

 響の声は顎骨に移植された通信機によって自動的に電波に変換され、地上の指揮車両へと送られているはず――にも関わらず一向に通信が返ってこない/おそらく地下に入ったことで通信に障害が出ている。

 逡巡=どうしよう……このまま敵を追跡する?/それとも応援を待つ?/または一旦、通信可能なエリアに移動して指示を仰ぐ?

 アー.応援を待つ――その間に敵は逃げてしまいます=×。

 ベー.階層を移動する――敵の逃走スピードを考えると、そんな時間はありません=×。

 ツェー.このまま敵を追跡する――消去法から必然的に結論はこれですね=○。

 淀みない思考――即断即決=すぐさま行動方針を決めた響は、地下フロアを走り出す。

 超音波探査モード――いた/この先の支柱に隠れる複数の人影を発見。

 一人目=彼我の相対距離を一瞬で走破――地を這うような低いフォームで右の機関銃を掃射ダダダッ/驚愕におののく相手の姿を確認する間もなく、発射されたケースレス弾がその頭を吹き飛ばす。

 武装犯らの反撃――四方八方から降り注ぐ銃弾――さらに速度を上げて回避/二人目=柱の影にいた敵の腹部を蹴り飛ばす/内臓を破壊された男が派手に床を転がってゆく。

 息つく間もなく接敵=三人目。

 距離が近い――間合いを取り直す?/いや、このまま殴り飛ばせっ――機甲に包まれた拳を突き出す。三人目の男=素早く両腕でガード――止まらない響/生身で特甲に敵うはずもない――構わず拳を叩きつける。

 轟音+衝撃。

 狙いたがわず拳がヒット/――地下に響き渡ったのは、生身の骨を砕く鈍い音ではなく、かん高い金属同士がぶつかる音だった。

 殴られた武装犯の男=。間近で見るその姿――

 男――見上げるような巨漢/着古した軍用ジャケット/その下にプロレスラーのように鍛えられた肉体/両腕が機械化=戦車のように分厚い装甲/明らかに違法な戦闘用義手。

 だが、それよりもいっそう男の異常さを際立たせるもの――頭をすっぽりと隠す覆面=タイガーマスクディーゲル・マスケ

 さらに響を襲う衝撃――/なんと無造作に伸ばされた男の機械化義手によって、響の特甲=右の機甲の一部が、逆に握り潰されていた。

 遅れたようにやってくる認識――混乱という名の第二の衝撃。

 驚愕=なんだそのふざけた虎の覆面は。

 脅威=この男は両腕を機械化していた。

 戦慄=それも特甲の一撃に耐えるほどの性能/戦闘用義手ハイエンドアーム――そんなバカな。

 瞬間――響は相手の腕を振り払い、大きく後方へと離脱していた。背筋に震え――わずかな動揺/一瞬の空白=致命的な隙。

 ふいに迫る眩い光り/唸りを上げるタイヤの軋む音。

 視界を埋め尽くす閃光/車両のヘッドライト――大型の装甲車=逃走用/あらかじめ地下に隠していた。

 それら目まぐるしい思考が脳裏を掠めた時にはすでに――響の体は/走る鉄の塊によって撥ね飛ばされていた。

 装甲車――素早くティーゲル・マスケの男と生き残った仲間を乗せ、瞬く間に搬入路を走り去っていく/猛スピードで遠ざかる――逃げられる/逃げていく。

 撥ね飛ばされた衝撃で無様に地を転がりながら、それでも痛覚をオフに――必死に跳ね起きると、通路の奥に消えた装甲車の後を追う/走り出す。

 走りながらもぐらぐら揺れる視界+ぐらぐら揺れる思考。

 口の中に血の味――錆びた鉄の臭いに合わせ、胃液が込み上げる/無理やり嚥下えんか――口の中に胃酸の味=酸っぱい味が広がる。

 揺れる視界/揺れる炎/――最悪の連想。

 歯を食いしばって頭から振り払う――悪夢から逃げるように、ただ走る。

 出し抜けに光――搬入路の終点=外。

 その出口を取り囲む車両――銃口を向ける男たちの群れ。

「……これはまた、手荒い歓迎ですね」

 銃を構えるフル装備の男たち――〈ラーゼン〉小隊の掩護に駆けつけた別働隊の一団。

 響=大きくため息。緊張感の途切れた体から、一気に力が抜けていくような気分/うっかり敵と間違われて撃たれないように、両手を上げようとして気づく。

 呼吸に伴い上下する肩の先――自分の代わりに敵車両の体当たりを受け止め、ひしゃげた機械仕掛けの両腕――再転送すら忘れていた間抜けな姿=

 無様に捻じ曲げられた両腕は元より力なく/天に向かって手を伸ばすことも叶わず――ただダラリと垂れているだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る