《悪戯のサンプリング》⑨


「まさかもうお呼ばれされるとは!」

「よもや怪しげな手段を講じたのでは!」


「「疑惑ッ!!」」


「……サラウンドやかましい連中だな」

「サラウンドやかましい……」


 思わずぼくは反芻してしまった。意気揚々と部室に現れた紫光くんと紫陽さんは、相も変わらずハイテンションである。

 やっぱり、アニメについて熱く語る時の部長と似ている気がした。

 何か一分野に特化した人は、こんな感じになるのかもしれない。


 馬越先輩から殺意が滲んでいるのを横目に見つつ、ぼくは二人を椅子に座らせる。

 すると、咲宮会長がバンっと机を掌で叩いた。


「お二人がイタズラ行為を繰り返すその理由。このアニメーション研究部の部長である阿仁田さんが突き止めましたので、今から聞かせて差し上げます。その正誤は正直に言うように」

「生徒会長殿はあの阿仁田部長殿とも繋がりがあったとは。その人脈、まさに群れの頂点に立つお方であると感服しました」

「お初にお目に掛かります、阿仁田部長殿。あちらは兄の紫光で、こちらは姉の紫陽です」

「阿仁田だ」

「「無論既知ッ!!」」

「そうか」


 淡々と部長が返した。この二人が持つ独特の空気感に、全く動じていない。

 やはり部長は、彼らの言う昇陽高校問題児十傑衆の中に入っているだけある……のだろうか。少なくとも、紫光くんも紫陽さんも、部長のことを知っているようだった。


「色々あってお前達の蛮行、その理由を俺が突き止めることになった」

「お噂はかねがね聞いていますとも。かの視聴覚室ジャック事件を知った時は、感動で打ち震えました。まさか我々を凌ぐ問題児が、この高校に存在していたとは――と」

「昇陽高校問題児十傑衆、その中でも間違いなく強烈な個性を持つ阿仁田部長殿。あなたとこうして直接語り合えることは、我々にとってはまさに――」


「「運命のイタズラッ!!」」


「そうか」


 ちょっと上手いこと言うなよ、とツッコミしたくなったがやめておいた。

 視聴覚室ジャック事件とは、去年の春先に部長がやらかした、宣伝の為の事件である。(色んな通称がある)

 そのせいで今年の春、アニ研は新入生の勧誘禁止を言い渡されており、結果ぼくらは部員確保の為に色々と動いたんだけど……そんな時間が経ってないにも関わらず、何だか遠い昔の話のようだ。


「何なのよ、この二人の喋り方……」

「十傑衆。つよそう」

「指パッチンで切断する人とかがこの高校に……!?」

「本題に入るぞ。お前達がイタズラ行為をする理由は、収録の為だ」


 本題と言うか、いきなり結論のようなものを部長が述べた。

 ぴくり、と二人の表情が全く同じように動く。


「それは、どのような観点からでしょうかね?」

「我々が映研だから、適当に言っただけでは?」

「映研であることは、お前達の行為に深く根差すだろうが。無差別にイタズラを仕掛け、その反応を撮影する。全て、自分達の作る映画に使う為にな。理由としては、ただそれだけだ。何てことはない、映研として至極単純な理由。少し考えれば、誰だって思い付く」

「…………姉者」

「…………兄者」


 紫光くんと紫陽さんが、互いの顔を見合わせる。その顔は、失望に満ちていた。


「……残念だ。我々は、阿仁田部長殿を少々買い被っていたようです」

「……とはいえ、我々のことを少しでも考えて頂けたのは多少なり喜ばしいですが」


「――と、まあ、これだけで話は終わらせないから安心しろ」


「「!?」」


 あんな適当な推論を、部長が答えとして提示するわけがない。

 ぼくらはそれを分かっていたので、誰も何も言わなかった。勝手に部長を見くびったのは、この二人だけである。

 部長は眼鏡のブリッジに指を這わせて、少しだけ持ち上げた。


「正確性を加味すると、収録とは別にイタズラ行為における被害者のリアクションそのものではない。お前達が欲しがったのは、イタズラを受けた者の反応の一部――

「というと?」

「つまりは?」


 聞き慣れない単語が部長の口から出たので、ぼくらは一様に首を傾げた。

 ただ、依成兄姉の驚いた表情を見るに、きっとそれは何か特別な意味を持つ単語なのだろう。


「何よそれ」

「あまり、耳にしたことのない単語ですが。阿仁田さん、詳しく教えてくださる?」

「あー、まあ、音響素材の一つだ。とある叫び声を、様々な映画が音声素材として使用しているんだが、門外漢だから詳しいことはこいつらに聞け」

「門外漢でありながらもそれを存じているとは!」

「実は阿仁田部長殿は映画にも堪能なのでは?」

「違う。カートゥーンアニメに使われることがあるから知っていただけだ」

「でも、そのナントカの叫びが一体どう関連するんですかね?」


 部長は己の考えを未だに誰にも話していない。

 どういう筋道で依成兄姉の狙いを看破したのか分からないので、ぼくは部長に訊ねてみる。


「こだわりの一種じゃないのか。こいつらがどういう映画を撮りたいのかは知らんし興味もないが、単純にウィルヘルムの叫びのような特徴的な悲鳴を使いたかった。だが、既存の音声素材を転用するのではなく、自分達でそれを作り上げようとした。結果としてこいつらは、多くの生徒にイタズラを仕掛け、その際の悲鳴をサンプリングしていた……というわけだ」

「その考えに至った根拠をお聞かせ願いたい」

「単に我々の行為を見るだけでは、そこまで分からない気がしますので」


「莉嘉……そこのそいつにイタズラを仕掛けた後、お前達は『素晴らしい声』だと評したそうだな。もし、イタズラを受けた際のリアクション映像が欲しいなら、その謝辞はおかしい。お前達は毎回片割れがイタズラを仕掛け、もう片割れは撮影をしていたのだろう。そんなお前達の行動が映画作りに根差すのなら、単に質の悪いドッキリ映像を集めるのではなく、もっと別の何かを集めていたと考えた。そこでイタズラ被害者の特徴を聞いたんだが――全体的に悲鳴が面白そうな連中だと思ったから、声に関係するのではないかと推察した」


 その例がオカ研の佐藤くんである。悲鳴が面白そうという表現はアレだが、確かに馬越先輩も悲鳴はしっかり上げるタイプである。

 部長は「それに――」と、続けて根拠を提示しようとしたが、ちらりとぼくの方を見て、しかし言うのをやめてしまった。


「……ともかく、いい声が撮れたのならば、その謝礼としてギフト券を渡して回っていたのだろう。言うなれば撮影協力費だな」

「撮影に協力して欲しいのならば、最初からそう言えばいいでしょう!」

「俺に言うな。大方、演技が入った叫び声は欲しくなかったとかじゃないのか。不意に仕掛けたイタズラだからこそ、そいつ特有の悲鳴が出る。それは混じり気のない、天然の悲鳴だ」

「まさに!」

「まさしく!」


「「その通り!!」」


 紫光くんも紫陽さんも、頬を上気させていた。部長の考えは大体当たっているらしく、そして当てられたことが嬉しいのだろう。

 その瞳は総じてキラキラと輝いており、あたかも宗教の教祖でも仰ぐかのように、部長へ尊敬の眼差しを注いでいる。


 彼らが欲しかったものは、悲鳴。

 ウィルヘルムの叫びというものがどんな叫び声なのか、ぼくは聞いたことがないけれど、二人はそれを自分達で作ろうとしていた。

 イタズラは悲鳴を引き出す為の手段に過ぎない。ギフト券はちゃんと悲鳴を出してくれた者に対する謝礼。

 全ては、自分達の映画作りの為に。


「そ、そんなことの為に……全校生徒及び教師陣に対し、あのようなイタズラを仕掛けたというのですか。言葉になりませんね……」

「お前にとってはつまらないことでも、こいつらにとっては重要なことだったのだろう。まあ、傍迷惑な話ではあるがな」

「阿仁田部長殿――否!」

「阿仁田部長殿――否!」


「「阿仁田部長閣下!!」」


「つよそう」

「岩根さん、さっきからそれしか言ってないよ……?」


 とうとう二人の阿仁田部長に対する呼び名が閣下になってしまった。

 言われた側の部長は、何とも白けた顔をしているが……。


「ウィルヘルムの叫びは、音声素材としては広く知られたお約束とも呼べるような存在です。我々は、映画業界に深く切り込みたい――新たな時代のウィルヘルムの叫びを、撮りたかった!」

「艶かしく、ひょうきんで、間抜けで、特徴的で、ともかく聞いた者全ての脳裏に残るような、そんな叫び声! これだけ多くの人間が居る学校内ならば、きっとそういう叫び声の持ち主が存在するはず! 我々は潤沢な資金を用意した上で、幾度となく挑戦をしました!」


「「しかしながらッ! 未だ納得のゆくものは撮れず仕舞いッ!」」


「ちょっとは反省しなさいよあんたら」


 馬越先輩が半ギレで言ったが、全く二人の耳には届いていない。

 あれだけ何回もイタズラを繰り返し、その叫び声を録音したにも関わらず、まだ彼らの『ウィルヘルムの叫び』は撮れていないらしい。

 しかし咲宮会長が、声を張り上げるようにして告げる。


「どういう事情であれ、約束は約束です! こうして阿仁田さんがあなた達のイタズラ理由を推し量ったのですから、今後一切のイタズラ行為は慎むこと! どうしても行いたいのであれば、正式な手続きを生徒会にて踏んだ上で、仕掛ける相手にも事前に重々伝えつつやりなさい!」

「くっ……! 生徒会長殿は特に何もしていないというのに……!」

「阿仁田部長閣下とねんごろな関係にあった時点で、我々に勝ち目は無かった……!」


「「まさに虎の威を借る……!」」


「だ、黙りなさい! 様々な意味でっ!!」

「でも会長先輩はむご!」


 またも喜んで地雷を踏もうとしたので、ぼくは田中さんが何か言う前に口を手で覆った。

 ……まあ、依成兄姉の言うこともある意味事実ではあるが。ねんごろな関係はおいといて。

 ともかく、これで二人はイタズラ行為を今後やらないだろう。

 部長が念押しで「約束は守れるな」と言ったところ、二人は同時に元気良く返事したからだ。


「それはそうと阿仁田部長閣下!」

「一つ伺いたいことが!」

「……何だ」


「「この坂井ボーイを殺しても構いませんかねッ!?」」


「…………。ええええええええええええええええええええええええええええ!?」

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