《悪戯のサンプリング》⑥


「し、失礼します」


 生徒会室に入った瞬間、幾つもの刺すような視線がぼくへと突き刺さった。

 この部屋は全く良い思い出がない。来る度に怒られているからだ。しかし今回に限っては、怒られる要因がぼくが自覚出来る限り見当たらないので、ことさらに怖い。


「……指定の通り、彼をここに招きました。これで良いのですね」


 席の配置は前と変わっておらず、来訪者を取り囲むようにして机が配置されている。いじめっ子といじめられっ子の構図みたいな席次である。

 と、ぼくはようやく、先客が既に待機していたことに気付いた。


「いやはや、さすがは生徒会長殿! 全ての生徒とパイプがあるとは!」

「よもや彼のような薄味の生徒を、さっさと見付けられるとは! これはまさに」


「「驚愕ッ!!」」


「…………そうですか。全く嬉しくありませんが」


 同じ顔立ちをした、一組の男女。どちらも長髪を首の後ろ辺りでひとつ結びにしている。背の高さこそ違うが、そうでなければパッと見て区別などつかないだろう。ぼくとは直接的な面識はないものの、一応彼らのことは知っている。

 というのも――彼ら双子が、渦中のイタズラ事件の犯人だからである。


「こうやってちゃんと喋るのは初めてだよな。こちらは我が姉者、《依成よりなり 紫陽しよう》!」

「ふつふつと様々な感情が湧いて仕方がないね! こちらは我が兄者、《依成 紫光しこう》!」

「あ、うん。坂井です。よろしく……?」


 すごく分かりづらいので、頭の中で整理する。

 えーっと……兄と呼ばれたのが、紫光くん。

 姉と呼ばれたのが、紫陽さん。

 一応、ぼくと同じ二年生だ。ただ、一度も同じクラスになったことはない。よって、なんで二人が互いを兄と姉と呼び合うのかは分からない。

 もっと言うと、この状況自体、全くもって分からないんだけど。


「困惑が顔に出ているので、私の方から説明します。噂で耳にしているとは思いますが、ここ最近頻発しているイタズラ事件――その犯人が、そちらの依成さん達です。我々生徒会は、教師陣及び風紀委員の協力の下、彼らから事情聴取を行っていました。その中で、何故か坂井さんをここに呼ばない限り、正直に話さないと言うのです。犯人の要求を呑むのは釈然としないものがありますが、仕方なくここへあなたを呼び出したというわけです。お分かりですか?」

「半分くらいは……」


 ぶっちゃけ三分の一も分からないんだけど、ちょっとだけ返事を盛っておいた。

 途中まではなるほど、って思ったのに、なんでいきなりぼくの名前が出てくるのだろうか。

 半分理解すれば充分と判断したのか、咲宮会長は睨むようにして依成兄姉きょうだいを見た。


「さあ! 早急に白状して下さい! なぜ、あのようなイタズラを繰り返すのですか!」

「その前に! 坂井ボーイ、アレを返してくれ!」

「盗ろうったってそうはいかないよ、坂井ボーイ!」

「坂井ボーイって……」


「「返却窓口はこちらッ!!」」


「ええ……」


 なんだろう、まだ少ししか喋ってないんだけど……この二人、すごく疲れる……。

 紫光くんと紫陽さんが、ぼくに向けてそれぞれ片手を突き出している。

 要求の内容がよく分からなかったので、ぼくは曖昧に頷くしか出来なかった。


「さては――兄者、坂井ボーイは何のことか分かってないんじゃない?」

「一理あるな、姉者。坂井ボーイ、我々の目的は一つ!」


「「オメガGッ!!」」


「ああ……これ?」

「ひいっ!」


 例のオモチャをポケットから取り出すと、咲宮会長が悲鳴を上げた。他の生徒会メンバーも、何人か声を出している。やっぱり突発的に見せられると、どうあっても驚く品物らしい。

 一方で紫光くんも紫陽さんも、満足そうにぼくからそれを受け取った。


「あ、あなた方は……! そんなものをここで取り出すなど……!」

「驚くことなかれ、生徒会長殿。これは偽物――本物ではない」

「良ければ一度触ってはいかが?」


「「このソフビ感覚ッ!!」」


 生徒会長が今から鬼にでも変貌しそうなくらい、顔中に怒りを溜めていた。

 このままでは――釈然としないが――多分ぼくもついでに怒られる気がする。


「あ、あの、依成くんに依成さん」


「「下の名前で呼べ、無礼者!!」」


「そんな理不尽な……。ともかく、紫光くんに紫陽さん! 理由を言おうよ! 言っておくけど、ぼくだってちょっとは怒ってるんだよ!?」


 一応、五回も被害に遭っているのはぼくだけらしい。怒る権利はあるはずだろう。

 ぼくの反応を見て、二人は同時に「ふ」と笑った。たったそれだけだった。


「先に申し上げる、生徒会長殿。我々は今後も、イタズラ行為と呼ばれるそれを止める気は毛頭ない!」

「何ならもっとエスカレートしてもいい所存!」

「……本気で言っているのですか?」


「「かなりマジッ!!」」


「分かりました。ではあなた達二人は、厳重な処罰を望むと。そういうことですね」

「それも違う、生徒会長殿。我々は別に校則違反を犯しているわけではない」

「廊下は走るな。授業中は私語を慎め、居眠りするな。そういう校則はある。しかし生徒会長殿。イタズラをしてはならないという校則は――」


「「――未記載ッ!!」」


「めちゃくちゃだぁ……」


 思わずぼくはそう呟いていた。部長がたまに言う屁理屈よりも屁理屈じみている。

 咲宮会長は眉間を指で押さえて、頭痛を我慢しているかのような仕草を取っていた。


「従って――我々を処罰するという行為自体、不当なものだと主張したい」

「この出頭命令に応じたのも、我々の善意の現れに他ならないのだから」


 つまるところ、二人の意見をまとめると――イタズラをしてはならないという校則は、昇陽高校の校則に載っていない。

 なので、学校のルールに則って二人を処罰することは、生徒会の職権濫用ではないのか、と。

 ぶっちゃけ校則に書いてある以前の問題なんだけど……一理あるといえばあるのかな。


「でも、それはそれとして、イタズラをする理由は言うべきなんじゃ……」

「愉快犯というものでしょう。くだらない」


 切り捨てるような生徒会長の一言に、二人の眉根が同時にぴくりと動いた。


「くだらない? ふふふ……実に聞き捨てならないセリフが聞こえたなぁ、姉者」

「全くだよね、兄者。ああ……悲しいにも程がある」


「「理解されないというのは」」


「なぜ私が、あなた方を理解する必要があるのですか」

「確かにその通りだ、生徒会長殿。しかし――本気で生徒会長殿が、我々をただの愉快犯だと思っているのであれば、それは思い違いと言う他ない」

「我々を止めたければ、生徒会長殿はまず我々を理解すべきであるというのに」


「「理念無くして行動無しッ!」」


 えーっと……つまりこの二人は、無意味にイタズラをしているわけではないらしい。そこにはちゃんとした理由や理念があり、それに基づいてやっているということなのだろうか。

 それはそれで、ものすごくはた迷惑な話だ。咲宮会長も呆れ返っている。


「ただ――これは一つの挑戦だとお見受けした」

「生徒会長殿。ここは一つ、勝負しませんか」


「「尋常に!」」


「その演技じみた喋り方、何とかなりませんか。また、勝負する意味も分かりません。そもそも、イタズラ行為というのは、校則以前に咎められるべきもので――」

「「我々の行動理由を当てられたら、即刻イタズラ行為は中止することを誓います」」


 きっぱりと二人が声を揃えて断言する。

 ……普通に中止すればいいのに……。


「逆に言えば、それを当てられない限り、我々はどんな処分を受けたところでイタズラ行為はやめません」

「停学処分・退学処分どんとこい、といった心意気で、こちらも臨んでいるので」

「……自らの立場を鼻にかけたようなことを……」

「では我々も暇ではないので、これで」

「貴重なお時間、ありがとうございました」


「「答えが分かったらまた呼んでねッ!」」


 言いたい放題言って、紫光くんと紫陽さんが生徒会室を出て行こうとする。

 呆気に取られていたぼくだが、言いたいことを思い出したので、慌ててその背中に声を掛けた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 二人は何でぼくをここに呼び付けたの!?」

「坂井ボーイ――」

「それは――」

「「――オメガGッ!!」」

「え……」


 要するに、あのオモチャを返して欲しかったから、ぼくを呼んだってことなのだろうか……。

 それは何というか……捨てとけば良かったな、あのオモチャ……。


「ああそれと、我々は坂井ボーイに注目しているからな」

「我ら昇陽高校問題児十傑衆――その内の二人と強く親交を結んでいる坂井ボーイは、きっと常人とは違う秘めたパワーがあるに違いないからね」

「初めて聞いたんだけど、何その秘密結社みたいなの……!?」


「「自分で調べろこの野郎ッ!!」」


 この二人はぼくのことが嫌いなのか……?

 スッパリと切り捨てられたぼくを尻目に、意気揚々と双子は去って行った。咲宮会長を前に一歩も引かないどころか、わけのわからない理屈を並べ立てて強気に出るあの態度。

 どこからどう見ても変な人達だけど……それと同時に、部長に似た底力のようなものを感じた。

 言葉が浮かばず、パクパクと酸素不足の金魚みたいに口を動かすぼくに、咲宮会長がゆっくりと席を立って近付いてくる。


「行きますよ。ついてきなさい、坂井さん」

「へ? あの、どこへ?」

「我々の部室です」

「それはまた……なぜ?」

「単純な理由ですよ。単に私が――とても怒っているからですッ!!」

「あっ、はい」


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