迷宮にて =エーデムリング物語外伝=

わたなべ りえ

迷宮にて

遺構


 ここは、すでに死した世界ともいえる。

 永久に、生きつづける世界ともいえる。


 魔の島を貫く山々の南、その遺跡はひっそりとあった。

 かつて、大いなる力を持ってこの星を支配した人々の忘れられた王国の首都とも、遥か星の彼方から神代の人を運んだ翼舟とも呼ばれている。

 時に死者の集う場所とも、天国ともいう者もいる。永久の命を得た者が、平穏に暮らす花と光の楽園であると主張する者もいる。

 だが、正しくその遺跡を知る者はいない。


 迷宮なのだ。


 この地に足を踏み入れられる者は少なく、戻ってこられる者はさらに少ない。

 四つの封印された門をくぐり、ひとつの輝ける門を開けられる者は、まれな者である。銀に輝ける角を持ち、エーデム王族の血をひく者。さらにその中で、わずかな選ばれた者だけが、かの地に許され、属している。

 その者たちは言う。

 四つの門の向こうは、ただ寂寥とした気だけが漂うと。

 生きる者のない世界。古の力も血筋も途絶え、今となっては、冷たい息を持つ氷竜たちだけが住まう世界。

 すでに死した世界であると。

 だが、輝けるひとつの門――金剛門の向こうには大きな力が眠っていると、誰もが信じて疑わない。

 迷宮は、この世界を創成した力を秘め、封印しつづけているのだと。

 その力がある限り、エーデムの世界は滅びゆくはずがない。……と。 


 エーデムリング――


 それは、人々の希望を繋ぐ力。

 信じる限り永久に続く魔法。

 ゆえに迷宮は、永久に生きつづける世界ともいえた。

 ――今生の人々の伝説として。



***




 迷宮の暗闇の通路を、エレナは闇雲に走っていた。

 永久に燃え尽きることのない灯篭が、所々に道を照らし、足元を心配することはない。つまずいて転ぶような障害物も床にはない。

 しかし、それはいいことではない。

 もしも道が暗ければ、手探りでその場を動くはずもなく、ここまで迷宮深く入りこむこともなかっただろう。

 角を曲がったとたん、今度は真っ白な光が彼女を包み込んだ。

 エレナはまぶしさで顔を両手で覆った。

 柔らかな光が、長い金髪に絡まり、キラキラと輝いた。

 あまりきつい光ではない。

 明るさに慣れた頃を見計らって、エレナはゆっくりと目を開けた。

 そして振向いて驚いた。

 もうすでに、曲がった角はなかった。

 この世界は、端から端まではじめから白亜の世界だった……とでもいいたいまでに、どこまでも同じ回廊が続いている。


 なぜ、こんなことに?

 エレナはその場に座り込み、しばらく立ち上がることが出来なかった。


 エレナ・ホルビン。

 古代エーデムリングの流れを引く魔族とはいえ、たかが平民である。

 大いなる力を継承している王族の血など、彼女にはただの一滴さえも流れていない。

 所詮は、この迷宮に足を踏み入れることすら、許されるはずもない者である。

 ほのかに明るく光る壁は、エレナを惑わせるだけだった。


 ――レイラ様は無事なのかしら……?


 エレナは、銀髪の少女……まだほんの子供である少女のことを心配していた。

 絶対絶命の危機にあって、人の心配をするのは、エレナの性分かもしれない。

 もちろん、彼女の優しさでもあるが、おそらく臆病な面も影響していた。

 とても、自分の心配をできるほど、現実を直視する勇気など、エレナには持ち合わせていなかったのだから。

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