最終話 裸一貫

 ――いつの間にか季節は冬。


 あの決戦の後、どうなったかを一応説明しておく。

 新火付盗賊改方しんひつけとうぞくあらためかた一味は全員逮捕された。

 上げて落とすのが得意なマスコミ。熱しやすくて冷めやすい日本人。

 

 新火盗とは結局何だったのか?

 この問いに対する一般的な答えは、未だ反抗期が抜けない大人の寄せ集め。

 だから今では新火盗の人気は地に落ちている。


 それにこの時期は神出鬼没の”怪盗ゲラゲラ仮面”が巷を騒がせている。

 予告状通りに日本銀行の地下金庫から金塊数トンを盗み出し、怪盗は一躍時の人となった。

 今頃、怪盗は名前の通りゲラゲラしているのだろう。

 まあ、怪盗ゲラゲラ仮面のことは置いておく。


 退魔十二楽坊たいまじゅうにがくぼうに関して。

 僕は解散を宣言した。

 その後、彼らは風間響太郎かざまきょうたろうをリーダーとする新しい退魔組織を立ち上げ、僕とブルーノを除いたほとんどのメンバーが所属することに。

 組織の名前は『武闘派退魔結社・ミカエルの剣』だったと記憶している。

 この件については名前の件も含めてノーコメントとしたい。


 ブルーノは所属する組織『ホワイトブラザーフッド白色同胞団』から新たな任務を命じられた。

 近々、組織のTOPが来日し『じゃ』と『たましずめ組』に挨拶をするので、その仲介役を仰せつかったとか。

 だからブルーノは来年の新学期までは日本にいるそうだ。


 ミコミコとはケンカしたり仲直りしたりを繰り返していた。

 今はケンカ中。

 そしていつものように仲直りできるはず。

 こういう関係があってもいいじゃないか、と自分に言い聞かせている。


 師走のとある放課後、窓から外を眺めると雪でも降りそうな雲行きだった。

 美人な女性教師と誰もいない教室で二人きりという状況は誰もがうらやむのだろう。

 しかし僕にとっては歓迎すべきシチュエーションではなかった。


「提出された進路調査票には第一希望に吟遊詩人、第二希望に小説家とあった。冗談なんだろ。頼むから真面目にやってくれ。先生も暇じゃない」

 アニメ声でしば先生が言った。

「失礼な! 僕が洒落た冗談一つ言えない真面目人間なのはご存知でしょう。でも、吟遊詩人はさすがに高望みしすぎたと反省しました。だから第二希望の小説家を目指します」

 僕は本心から言った。

「夢を見るのは結構。だがせめて進学か就職はしてほしいのだが」

「ああ、就職はしますよ。たましずめ組に。やっと退魔師見習いではなく一人前の退魔師として認めてもらえたんです。テリー組長からね。士は己を知る者の為に死す!」

 興奮して最後のフレーズは思わず大声になってしまった。


 柴先生は一度大きく深呼吸をした。

「いや、そういう裏の稼業じゃなくてな。できれば表の、陽の当たる職業を勧めたい。今ならまだ間に合うぞ」

「ダメですよ。仮にも教師ともあろう者が職業差別をしては。それに今、仕事が順調で人手が足りないんです。今日もこの面談をサッサと終わらせたら、たましずめ組で働きたいなんて希望者を面接しなきゃいけないんです」

 時計を見たらまだ面接の時間には余裕があるのでホッとした。


「ブンゴの人生だからもっと真剣に考えてくれ。あと小説家を希望するからには何か小説を書いたのか?」

 柴先生がため息をつきながら質問してきた。

「ええ、よくぞ聞いてくれました。今までの経験や出来事を小説にしました。『祓ってポン!』って作品です。キャッチーなタイトルでしょう。すでにカクヨムコン4に応募しました。大賞を取って賞金100万円と書籍化。コミカライズ、アニメ化、ドラマ化、映画化。印税生活、不労所得。ベガスで豪遊。富と誉れは我が物に」

 胸を張って僕は答えた。

 大いなる野望。小さくまとまりたくない。

 夢は広がるばかりだ。


「なんだって? 何に応募したって?」

 柴先生は困惑しているようだ。

「カクヨムコン4です。もしかして聞いたことないですか? カクヨムが主催するコンテストを?」

「だからカクヨムとは何だ? 先生は初耳だ」

「カクヨムとは小説投稿サイトです」

 僕はシンプルに答えた。


「ああ、小説投稿サイト! ”小説家になろう”のことか!」

 先生は手を打って納得したようだ。

「……Ah! My  Goddess……」

 今度は僕がため息をついた。

 ダメだ、救いようがない。

 こうなったら僕の『祓ってポン!』の力でカクヨムの名を世界に轟かせなければ。


「どうかカクヨムにアカウントを登録してください。そして素晴らしいと思った作品には積極的に応援コメントやレビューをお願いします。僕は予定があるのでこれにて失礼」

 席を立って教室を出た。

「待て、ブンゴ。まだ話は――」

 柴先生が引き止めたが僕にも都合がある。


 さて、頭を切り替えなければならない。

 これから事務所で面接をするのだ。

 たましずめ組は業績絶好調。今じゃ政府関係の依頼が多くなり、事務所も霞が関か永田町辺りに移転する予定だ。

 テリー組長と浦辻卜占うらつじぼくせんと僕の三人では人手が足りない。


 そんな中、就労希望者を紹介された。

 テリー組長に悪霊を祓ってもらった大企業の会長の孫娘だとか。

「可愛い孫娘に直接頼まれてしまった。だから面接だけでもしてくれないか。孫娘はなかなか才能もあるしそういう世界に憧れている。君のお眼鏡に適わなかったら断っても構わないから」

 ここまで会長に頼まれてはテリー組長も断れない。

 それに事務所が人手不足なのは事実だ。

 ただ、テリー組長と浦辻さんは超多忙。

 なので、この僕が面接官をやることになった。

「全てブンゴの判断に任せる。だが人一人の人生を左右するんだ。責任は重大だ。その事を決して忘れるな!」

 予め、テリー組長に念を押されていた。

 しかも大企業の会長の孫娘。それも女子高生。

 僕としては、おとなしく進学してセレブな学生生活を満喫した方がいいのに、と思ってしまう。

 何を好き好んでこんな裏の世界に関わろうとするんだろう。

 苦労するだけなのに。


 そんな事を思いながら事務所に到着。

 ソファーに座りコーヒーを飲んだ。

 面接の時間まで後10分。

 普通は時間前に来るものだが未だ来る気配なし。

 予定の時間になっても来ないので帰ることにした。

 偉い人の孫娘でも守るべきは守らないといけない。


 ドアを開けて帰ろうとした時だった。

 事務所に置いてあったダンボール箱から女の子が突然現れた。

「ムフフフ、固体蛇作戦大成功。古人曰く、先んずれば人を制す。私がすでに忍び込んでいたのに気づかなかったお前がマヌケなのか? それとも私の隠密能力が優れているのか? お前はどっちだと思う?」

 制服姿の女子高生は芝居がかった声でそう言った。


 とにかく魂消たまげた! とにかく驚いた!

 彼女が例の孫娘だろうか?

 礼儀のようなものは皆無。キチンと躾けられていないらしい。


「では今から面接するのでそちらのソファーに座ってください。僕は退魔師兼面接官の引田文悟ひきたぶんごです」

 呼吸を整え冷静に振る舞った。

 彼女は意外にもおとなしくソファーに座った。身のこなしは俊敏そうだ。

 

 僕は改めて彼女を観察した。

 クリクリと大きな目がよく動き、悪戯っぽい微笑みを浮かべている。

 流れるような髪をサイドテールにまとめ、アスリートのような身体を制服に包んでいる。


「まず、あなたのお名前を教えてください」

「私は岩倉空音いわくらそらね。二つ名を”神をもあざむく少女・ホラッチョ空音そらね”だ。覚えておくがいい」

「ああ、すでに二つ名があるとは恐れ入りました。それでこの事務所に入りたいと思った動機をお聞かせください」

「うん、ジッチャンのようにどんなにお金や権力があってもそれが通用しない世界があることに驚いたんだ。私はこの世界の覇者になって表からも裏からも支配したい」

 敬語こそ出来ていないが、彼女の動機はわりと納得できるものだった。


「では質問です。仮に空音さんがタチの悪い悪霊にとりつかれたらどうしますか?」

「そんなのジッチャンのお金の力でなんとかする」

「なるほど、質問を続けます。仮に空音さんが敵対する退魔師と戦わなければならなくなったらどうしますか?」

「そんなのジッチャンの権力でなんとかなる」

 当たり前のように彼女は答えた。

 確かに金と権力は僕にはないもの。

 しかし待てよ、さっきの彼女の発言と矛盾しているような。


「では自己アピールをお願いします。今までの実績とか空音さんの長所などですね」

「うん、こないだは異世界に転移して魔王を倒してきた。ちょっと前は旧神を南極に封印した。昨日はレプティリアン爬虫類型宇宙人共を皆殺しにしてきた」

「えっ! それはすごい。僕自身はこの業界に入ったばっかだけどそのすごさはよくわかります」

「ムフフフ、そうだろうそうだろう。死ぬほど尊敬するがいいぞ」

 彼女は少し演技がかったセリフでそう言ったが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 どこか無邪気で、しかも生まれ持った顔立ちのせいで可愛らしくもあった。


「次はあなたの短所を教えてください」

「うん、私は嘘つきなんだ」

「はあ!?」

「私の二つ名を思い出すがいい。”神をもあざむく少女・ホラッチョ空音そらね”たぁ私のこと。どうだ、一瞬でも信じたか? 信じさせた私がすごいのか? それとも信じたお前がマヌケなのか?」

 彼女はたたみ掛けてきた。


 どうもこの僕が翻弄されている。圧倒されている。

 しかし面白い人材ではありそうだ。


「空音さん。実は礼儀も霊能力も退魔の現場ではあまり必要ありません。この業界でやっていくのに必要なのは覚悟です。まだその覚悟を見せてもらっていません。ですので今からある事をしてもらいます」

 そろそろこのイカれた面接を終わりにしよう。

「大抵のことはできるぞ。ただし変なことをさせようってんならジッチャンに言いつけるからな。で、何をすればいいんだ?」

 頬をふくらまして彼女は尋ねた。

 僕は居住まいを正して彼女に告げた。


「そんなに変なことじゃないのでご安心を。今、ここで制服を脱いで全裸になってください」

 

 <了>

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